野球か、バスケか。それが問題だ
「—— 今までお世話になりました!」
カイトは近いうちに屋敷を出ること、神からの啓示で西に向かう事を朝食の席でオリオン卿とその二人の娘に説明した。
「「いかないでぇぇぇ!!!」」
メイサとアルニタは、カイトの腕にしがみついた。
「ごめんな、二人とも。俺はこれから巨人族にも挨拶してくるから、ちょっと待っててくれ」
「「私達もいくぅぅぅ!!!!」」
「お二人とも、なりません」
ゴードンが二人を引き離す。
「本日から魔法使いの家庭教師による授業が予定されております。お忘れですかな?」
「そんな予定、明日にすればいいじゃない!」
「そうです! 私たちはもう充分立派です!!」
「では、立派であるならば、ご自身の学びも怠ってはなりませんな」
ゴードンの正論に、二人はぐうの音も出なかった。
村に降りて巨人族たちへの挨拶回りも済み、屋敷に戻ってくるやいなやオリオン卿がこう言った。
「カイト殿、本当にありがとうございました。西というと恐らく『タウルス領』ですな。あの広大な半島を治めているのは非常に豪快な領主ですぞ! そこまでは私の船をお使いください。恐らく3日もあれば到着するでしょう。」
「なにからなにまでありがとうございます!」
翌朝、カイトは巨人族たちと領民に盛大に見送られながら、オリオン卿が用意してくれた船に乗り込んだ。
西の部族の男たちがオールを握り、船は穏やかな海を西へと進んでいった。
◇
穏やかな潮風と柑橘類の香る美しい半島に足を踏み入れた。繁華街でカイトを待っていたのは、想像以上にピリついた空気だった。
「だから! 我らタウルス領は『ベースボール』だ! 棒一本で球を遠くへ飛ばすあの爽快感こそ至高のスポーツだろう!」
「何を言ってやがる! これからの時代は空間を支配する『バスケットボール』だ! 身体を躍動させ、リングに球を叩き込むダイナミックさこそが人類のロマンではないか!」
街の中心にある広場では、いくつもの町から集まった住民たちが、真っ赤な顔をして言い争いを繰り広げていた。
どうやらこの半島では、カイトが伝えた「野球」と「バスケットボール」の両方の噂が伝播していた。それぞれの町が「うちの街で普及させるならどちらの競技にするべきか」を巡って激しい議論になり、意見が全くまとまっていなかったのだ。
「なぁなぁ、これ何やってんだお前ら」
カイトは住民の一人に声をかけた。
「あなたは…!レプス領の小さな町でベースボールの親善試合にいたカイト殿では……!?」
広場の喧騒がピタリと止まった。
「お、おぉう、そうだけど…… で、なんだって? ベースボールにするかバスケットボールにするかで揉めてるのか?」
住民の代表格である男が、苦渋の表情でうなずいた。
「そうなのです……! ベースボールのルールブックと道具作りの知見を譲り受けた町もあれば、オリオン領での噂を聞きつけて、うちにもバスケットボールのコートを作りたいと言い出す若者もいて……。どちらか一方を選べば、もう一方が不満を持つ。かといって両方やろうにも、競技として、タウルス卿から支援を受けられるのは一つだけなのです ……」
住民たちはそれぞれ野球やバスケに強い魅力を感じていながらも、自分たちの街のアイデンティティをどちらに絞るべきか決めかねていた。
カイトは腕を組み、深く唸った。
(なるほどな……。野球は投手と打者の対決や個々の役割が明確で面白いし、バスケは狭い空間でのスピーディーな連携とダイナミックさがウリだ。だが、この半島みたいに広々とした土地と、多様な人々が混ざり合う環境なら……どちらか一つに決める必要なんてないんじゃねぇか?)
カイトの脳裏に、現代日本で仲間たちと熱狂した、もう一つの「究極の球技」の姿が浮かび上がった。
野球のように、一球一打で試合の流れが変わる面白さ。バスケのように、仲間と連携して相手の守りを崩す面白さ。そして、広大なフィールドを走り、ボールを持たない仲間まで含めて全員で戦う面白さ——そのすべてを味わえる競技がある!
カイトはニヤリと笑い、広場の中央に進み出て大声で宣言した。
「おーーい、お前ら! ベースボールかバスケットボールかで言い争うのはそこまでだ!」
「カイト殿、ここでどちらかに決めていただけるのですか!?」
「いや、どっちでもない。お前たちが選んでいない、全く新しい選択肢を教えてやる!!」
ざわめく住民たちを前に、カイトは言い放った。
「その名も、サッカーだ!!」
「さっかー……?」
聞いたこともない響きに、住民たちは首をかしげた。
野球かバスケかという不毛な対立に悩む半島の人々に、今、まったく新しい「ボールひとつ」の物語が幕を開けようとしていた。
(第19話へ続く)




