【三章:サッカー編】勝利の女神と、西への啓示
「——いやぁ、見事なもんだな!」
北の領地に特設された木製コートでの練習試合を観ながら、カイトは腕を組み、満面の笑みを浮かべていた。
巨人族のバスケットボール決闘から3ヶ月、厳しい冬は過ぎ、暖かな日差しが草花を元気づける季節になった。あれからバスケットボールは一過性のイベントで終わるどころか、東西の巨人族の間にはすっかりバスケットボールが娯楽として根付いていた。
今や東の山沿いと西の海沿いでそれぞれ5チームずつ、計10チームものバスケットボールチームが結成されている。各チームのヘッドコーチには人生経験豊富な年長の巨人族が就き、練習試合では対戦する両チームから1人ずつ審判を出すという自立した運営システムまで定着していた。
(俺がいなくても、自分たちでルールを守り、戦術を考え、試合を楽しんでいる……。すげぇよ、これこそが最高の「体育」だ……!)
カイトが我が子の成長を見守る親のような感慨に浸っていると、その夜、お馴染みのまばゆい光とともに頭の中にあの金切り声が響き渡った。
「——起きなさいカイトぉぉぉ!! この数か月……いや、巨人族の一件も、本当によくご苦労だったわね!!」
「おっ、久しぶりだな女神。相変わらず元気そうじゃねぇか!!」
夢の中の神聖な空間で、勝利の女神ニケが腰に手を当ててぷりぷりとお怒りの表情を浮かべていた。
「元気って何よ元気って! 私はね、下界の映像見て何度もひっくり返ってたのよ! 絶叫しすぎてアテナ様に怒られちゃったんだから! また勝手に戦わずに解決しちゃってさぁ!」
「平和的解決の何が不満なんだよ。70年の抗争が嘘みたいに消えて、今はみんなで仲良くバスケやってるぜ?」
「そこは別にいいのよ!そこは!!」
「ヒスはモテないぞ?」
「キーーーーーーー!!」
ニケはパタパタと純白の翼を羽ばたかせ、地団駄を踏みながら叫んだ。
「私があなたに求めているのは『戦の勝利』、つまり戦争による圧倒的な武功なの! なんで巨人族同士が、球を籠に投げ入れ合ってキャッキャウフフしなきゃいけないわけ!? ベーブ・ルースに続いて『チェンバレン』とか『ビル・ラッセル』たちの像まで建っちゃってるじゃないのよ!! 神界の私への風当たりが強くなって困ってるのよ! 偶像ノルマ未達なのよ!!」
「いやぁ、エセ神話の定着率と地域への貢献は我ながら見事だと思うけどな……」
「誇らしげに言うんじゃないわよ! ……はぁ、もういいわ。元々私がポカしてあなたをそこに送っちゃったワケだし……」
ニケはガクリと肩を落とし、ため息をついた。
「何を間違えたんだ? それと初めて会った時から言ってたがアキレスとか何とかってどういうことだ? まだ充分な説明を貰えていないぞ!!」
カイトが至極真っ当な疑問を投げかける。
「うーーーーん……今の所上手く事が進んじゃってるし、教えちゃってもいいのかなぁ……」
「なんだよ、歯切れが悪いなぁ……」
ニケはチラチラと辺りを見渡す。
「もう少し時間があるからちょっとだけ説明するわ…… あなたの魂が地球界で一番最初に着けられた名前は「द्वेषचक्रं भङ्गयति यः」。これまでに十七回の生を経験しているの。その五番目の人生で、「Λιγύρων」……まぁアキレスとして生き、『戦神アレス』様から得た『Διαγραφήの加護』を持ってトロイア戦争を戦ったの。」
「……!?」
カイトは驚愕と混乱から言葉を失った。
「本来なら、トロイア戦争当時のアキレスを異世界に移す予定だったんだけど、私は魂の時間指定を間違えて、そのまま最新版のあなただとちゃんと確認せずにここに呼び出したってこと。……ごめんね?」
申し訳なさそうにするニケだったが、時間が無いのかすぐに気を取り直したようにビシッと西の半島を指差した。
「ま、今のところはアテナ様の危惧していた事は回避されてるワケだし!! とにかく! 次よ次! あなたに次なる『勝利』の導きを与えるわ!」
「あ、あぁ……今度は西か?」
「そうよ! そこにはね、海に面した美しい半島があるんだけど……今、そこの住民たちが『どの競技を自分たちの街の伝統にするか』で大揉めしているのよ! あんたのせいよ!! だから『ちゃんと!』『今度こそ!』、私の名のもとに正しい戦の勝利を……って、聞いてるの!?」
「西の半島か……! 新たな選手たちと、新しいスポーツの予感がするな!」
「だから戦争をさせなさいよぉぉぉ!!……巻き込んですまな——……」
目を覚ましたカイトは、しばらく天井を見つめていた。
十七回の記憶の無い人生。アキレスとして生きていた自分。自分でも知らなかった神の加護。あまりに現実離れした話だ。夢だと笑い飛ばせれば、楽であろう。しかし、ニケの言葉は妙に生々しく、完全に嘘だと切り捨てることもできなかった。
カイトはゆっくりと上体を起こした。
考えたところで、今すぐ答えが見つかるわけではない。どちらにしろこの世界で自分ができることは一つだ。
「西へ向かおう……」
そこにいる人々が、どんな問題を抱え、何を望んでいるのか。自分に何ができるのか。それを確かめることくらいは、今の自分にもできるはずだ。
自分が何者なのか、今はまだ分からない。それでも、目の前の人々を助けたいと思う気持ちだけは、確かに自分のものだと信じられた。
——カイトは西の半島へ向かうため、旅立ちの準備を始めた。
(第18話へ続く)




