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異質なその者は、世界の常識を改変する。  作者: 久米鱈 鯛子


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第8話 摂取


 ……おかしい。



 全身から、何かが抜け落ちて行くような感覚を、俺は覚えていた。


 おかしい。


 多少を川の水で誤魔化し、気にしないふりをしていた疲労が、耐えきれず一気に噴き出してくるのを感じる。


 こんな、はずではない。

 こんなに弱く、脆いはずがない。


 足りない、乾く、満たされない。


 歩き続けた身体が、今なお大地を踏みしめるその足が、まるで自分のモノでは無いような感覚だ。


 今にも、崩れそう。

 溶けて、解けて、消え入りそう。


 ───オ腹ガ、空イタ。



 ……湖を離れ、俺は変わらず森を歩いていた。


 どちらかの方向に傾いていた月は、今や頭上を通り越しまたどこかへと向かおうとしている。


 その間、俺は異様なまでの喉の渇き、そして空腹に見舞われ摂取できそうなものを探し続けた。


 途中、どうしても我慢が出来なくなって、黒く染まった川に構うことなく水中へと顔を突っ込んだりもしてしまった。

 けれど、結局多少改善されるだけで、根本的な解決には至らなかった。


 これは、この感覚は、そう……間違いなく、空腹だ。


 歩き、歩いて、歩き疲れ、俺は疲労と活動源の枯渇を感じていた。


 対して動いたわけでも無いのに、元々大食でも無いくせに、こういう時に限って命の危機を感じる程の渇望を抱いていた。



 ……だが、そこで一つ大きな問題があった。


 それは、この森には動物はおろか、木の実や茸の類すらまともに存在していなかったこと。


 現在進行形で、枯れている森が原因なのかは分からない。


 分からないが、恐らくそれが元々ここに居たであろう生物を害し、彼らを排除してしまった可能性は高い。

 ……或いは、追い出してしまったのだろう。


 つまり、俺の進行がこの森の腐食速度を越えられぬ以上、一生動植物にはあり付けないということだ。


「……空腹。限界。……倒れ、そう……」


 ふらふらとした足取り。

 天地がひっくり返ったような浮遊感。

 そして、身の中が膨れ上がるような、不快な吐き気。


 自身の生命が揺らぐのを感じ、俺は遂にその場に膝を崩した。


 ……。


 ……。


 ……。


 ──これは……石、ころ?


 両膝を地面に差し、そして両手すら落ちてしまった時。ふと、そこにあった”黒い石”が目に入った。


 それは、表面が流動的に蠢いている状態で、固まっているようだった。


 赤子の握り拳ほどのサイズで、その森と同様黒い何かに侵食されている。本来は、恐らくどこにでもあるような普通の岩片だったのだろう。


「……意外。……思ったより、ツルツルしてる……」


 どうしてか、そう問われても答えは無かった。


 ただ、強いて言えば何となく目に留まったから、それを手に持って拾い上げてみた。


 触ると表面が思っていたよりも滑らかで、裏側には土が付いているのか少しザラザラとした触感があった。


 ……って、俺は一体何をやっているんだ。


 こんな石ころを前に、そんな現実逃避をしている場合ではない。


 そんな暇があるなら、今すぐにでも食べられる物を探さなくては。


 ────あぁ、これが()()()()()()()()()なぁ……。



 ……。



 ……。



 …………?



 ……。



 ……?……。




「────……じゅるり……」




 ──なぜ……何故、なのだろう。


 何故、どうして、一体何が……。


 なんで、こんな何の変哲もない、ただのどこにでもあるような岩の欠片が────凄く、”美味しそうなものに見える”のだろうか。



 ……きっと、疲労と空腹のあまり俺の頭はどうかしてしまっていた。


 でなければ、こんな得体の知れない有機物ですらない石ころを、美味しそうなどと錯覚する理由が無い。


 こんな……こんな、良い香りで、ふわふわで、食欲をそそる、高級なパンのような物に……見紛う、はずが……。



「…………はむ……」



 思わず、俺はやってしまった。


 越えてしまった。人として、越えてはならない一線を。


 とても、健常な人間の発想とは思えない。

 石を食べようとするなんて、そんなことを。


「……摂取、可能? …………おいしい」


 ──だが、何故か不思議と、俺の心に後悔は無かった。


 それどころか、黒く染まったその石を食べることで、自分の中の何かが息を吹き返したような感覚にさえ陥った。


 硬くは無く、柔い。

 不味くは無く、美味い。

 無機物であるのに、生命にエネルギーをもたらすそれ。


 気付けば、俺はその石をあっという間に完食し────同時に、僅かに”空腹”が満たされたのを感じたのであった。


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