第9話 定義
……何が、起きているんだ。
適当に手に取った岩片を食し……否。摂取した結果、俺は僅かな冷静さを取り戻していた。
……だが、それに伴って冷静になればなるほど、先程の自身の行動の異常さが際立った。
俺は、何故か異様なまでの空腹を感じた。
いや、腹空きなどという軽度なものではない。
満たされない器、枯渇する魂、切望する心──。
耐え難い苦痛と疲労感の中、俺はとにかく何かを欲したのだ。……結果が、食石ということである。
「……異常。……どうして?」
そこまでの境地に陥って、俺はようやく『非現実的なことを理解する』というあまりに非効率な行為と向き合う決心がついた。
「……確かめない、と……何が起きたのか」
今、自身を取り巻く環境は不可思議なことばかりが起きている。
それについて、思考することは『考えても分からない事』に抵触するとして、問題を先送りにしていた。
だが、ここまでくれば流石に多少の考察をしなければ、それこそ合理性に欠けるというものだろう。
……よって、まずは”もう一度石を食す”。
先程、俺は確かにただの石の欠片を口にした。
だが、その異常性は俺がそれを食べようとしただけには留まらない。
──普通に食んで、食べられること自体もまた異様なのだ。
「石、石……コレ、でいいかな……?」
そう思い立ち、俺は再び岩片を探す。
出来るだけ先程と似たような形状、触感、そして黒い何かに侵食されたものを。
幸い川の近くであるからか、その条件に該当する石ころはその辺でいくらでも入手できた。
……であれば、後はこれを口に含んでみるまでである。
「……? ……疑問。なんか、さっきより……美味しく、無さそう……」
けれども、それを口元の直前までは込んだ挙句、さっきとは違った点に気が付いた。
感触が、いつまでも硬く冷たいそれのまま。
見た目も変わらず、匂いも只々土臭い。
……これは、どう見たって普通の石だ。
よくもまあ、先程はこれを美味しそうなどと認識できたものだ。
「……いただき、ます……」
けれど、結局食べてみない事には始まらない。
そう思った俺は、再び躊躇せずそれを口に運んだ。
──ガッ。
前歯が硬い何かに当たって、嫌な感覚を味わった。
そこから僅かに土が零れて、口内に入り込んだそれがジャリジャリとした食感を残す。
「……不味い」
わざわざ言葉にしなくとも、そんなことは分かり切っていた。
当たり前だ。
では、何が違うというのだ。
この石と、あの石。その違いとは。
「食べられる……食べられない……不味い……美味しい……」
自身が体験した事象を、反復する。
考察する。これまで、何が起きたのか。
思い返す。俺は何を考え、何を想い、どう行動したのか。
湖に落ちた、苦しかった。
水に濡れた、寒かった。
火が欲しかった、服も欲しかった。
お腹が空いた、だから────食べた。
望んで、応える。
想って、現れる。
求めて、得られる。
「あぁ、なるほど──食べられないなら、食べられるようにすればいいのか」
そう思いながら、俺はもう一度先程の石を手に持った。
……これは、甘くて、ふわふわで、香ばしい、小麦を使ったパンの様なモノ。
食べられる物で、吸収できる物で、美味しい物。
「……この石は、美味しい……食べられる──そう決めた」
そうして、俺は再び石を食んだ。
歯を当て、差し込み、押して、切る。
……。
……。
……あぁ。
────やっぱり、おいしいね。




