第7話 枯渇
焚火による熱と、靄から生成された服により『暖』を確保することが出来た。
何故そうなったのか、どうしてこうなるのか、そんなことを考える必要は今は無い。
──これにより、俺はこの場を離れ行動が出来るようになった。
その事実だけがあれば良いのだ。
見知らぬ場所に突然放り出された。
であれば、俺がまずすべきことは『一体ここは何処なのか』、それを突き止める事だ。
人に会えるならそれでよし。
もし仮に人に出会えなかったとしても、ある程度進めば植生か何かから情報を得られるかもしれない。
少なくとも、この場に留まり続けるのは得策ではないだろ。
……一度は受け入れた、死という事実。
しかし、現状まだ俺が生きているのだとしたら、今更自ら命を絶つようなことをするはずがない。
それこそ、非合理的というものだろう。
血が通い、呼吸をし、脈が波打っている。
そう身体が反応している限り、生きるための努力をし続けることこそが、生物が守るべき矜持というものらしいのだから。
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……あれから俺は、湖を離れ数時間程森を彷徨った。
夜の森は危険、そんなことは誰に言われずとも理解していた。
けれど、だからと言ってあの得体の知れない湖や枯れ往く森の中に長時間居座る事の方が、よっぽど危険だと判断してのことだった。
幸い、今日は月明かりが強かった。
更に近くの森には動物、どころか生物の気配すらなかった。
また、俺が落ちた湖からは幾つか水の線が出来ていた。
川だ。山から流れる上流と、そこから流れ出る下流がある。
人里を探すなら下流だ。
より太くなっている下向きの川に沿って進めば、比較的それを必要とする者達に出会える可能性がある。
……もっとも、その存在がこちらに”友好的である”とは限らないが。
「──……。」
俺はそれらの判断の下、月明かりと川のせせらぎだけを頼りに森を進んだ。
変わらず、その森は黒い変色を続け、どんどんと枯れて行っている。
それはすぐ脇を流れる川にも影響を及ぼしていて、あの湖同様の黒いヘドロの様なものが、混じって流れていた。
────しかし俺は、森を進み続ける過程で、あろうことかこの川の水を何度か口にしていた。
本来なら、こんな得体の知れないものを飲むなど発想だにしない事。
人は二日ほどであれば水無しでも生きられるというのだから、尚更だ。
……けれど、俺にはどうしても、この見るからに害がありそうな水を飲まずにはいられなかったのだ。それは──。
「────疲労、を……感じる。……疲れた……」
それは、身体に襲い掛かる圧倒的な疲労感故であった。
元々、俺は父に言われるがままにそれなりのスポーツ経験がある。
仮に、今の俺がそれに該当しなかったとしても、僅か数時間森を歩いただけでこれまで疲労を感じるものだろうか。
──否、正確には疲労とは少し違っていた。
例えるなら、そう。意識が遠のいていくような感覚だ。
自分が、広がり、伸びて……薄くなっているような。
夢と現実との境が曖昧になり、同時に自分という存在があやふやになる──。
俺は、その感覚を自覚したとき、これは一種の『脱水症状』なのかもしれないと判断した。
それ故に、生命活動維持の為にこの川の水を嫌でも飲むしかなかったのだ。
無論、出来るだけ黒いナニカが入るのを避けた。
けれど、それでも多少はそれを体内に取り込んでしまったかもしれない。
……しかし、そうすると何故か、ほんの僅かに身体が楽になったように感じた。
息を吹き返す、という表現が正しいのかは分からない。
けれど、とにかくこの川の水を飲めば少しだけ身体の調子を取り戻すことが出来るのだ。
────ただし、代わりに全身から漏れる黒い闇が、その濃さを増したようであったが。
やはり、水分不足だったのかもしれない……それに、今のところ身体に何かしらの害が出ているような気配も無かった。
であれば、これもまた理解できない謎現象として処理すべきだ。
そして、このまま何も起きないことを信じ、ひたすら突き進むしかない。
…………あとは、そう……。
──”コレ”さえ、我慢が出来れば……。
「────空腹。……お腹、空いたぁ…」
水だけでは満たされない。自分の中の何かが、頻りにそう訴えかけていた。
……ナニカが、足りない。




