第6話 適応
湖畔に向かい、岸へと上った。
……そして、俺は両手で身を寄せ、震えを抑えている。
相変わらず、全身から得体の知れない真っ黒い闇のような何かを出し続けているこの身体。
だがそんな不思議な形をして、一人前に寒気を感じている。
くそ……なんで俺は、服を着ていないんだ。
とにかく、何か羽織るものを……いや、そんなものこんな森の中にあるわけないか。
──なら、せめて火を起こさねば。
「火、なら……まずは、木を集めるか」
幸い、ここは森の中だ。
木の枝など、幾らでもあるだろう。
全裸の若い女が、湖のほとりで枝を拾う。
言葉にすると滑稽極まりないが、一先ず乾いた木片を幾つか集めることが出来た。
……この黒い靄の影響か、所々黒く朽ち果てているが……果たして、火はつくのだろうか。
「次は、火が必要……」
数本の枝を集め、小さいが取り敢えずの焚火を拵える。
あとは、火種が必要だ。
……ただし、道具も何も無い中で火を起こすとなると、少々厄介だ。
火打石などそんな便利な物はすぐには見つからないだろうし、摩擦熱を利用するにしても……。
────ボゥ。
一瞬、音がズレたような感覚に陥った。
震える身体に鞭を打ち、俺は森の方へと火種を作れそうなものを探しに行こうとしていた。
……すると、突如背後から確かな熱気を感じた。
それを不思議に思った俺は、ふと後ろを振り返る。
「──え……?」
何故か、先程組んだ小さな焚火が”燃えていた”。
しかし、ただ燃えているのではない。
その炎は、鮮やかなオレンジ色ではなく、真っ黒な『黒炎』として燃えていた。
周りは黒く、炎の中心にいくほど僅かに紫紺に光っている。
──加えて、その黒炎はどういう訳か、周囲を全く焦がさないで静かに燃えているようだった。
「……謎。なんで、突然火が……」
……いや、今更何を動揺する必要があるだろうか。
理解出来ない現象は、既に幾つも起きている。
であれば、今憂慮すべきは何故火が灯ったのかではなく、生命活動維持の為これを絶やさぬようにすること。
そう判断した俺は、火元からあまり離れないようにしつつ、更に木を集めた。
何故かこの火は、木片を燃料として発熱していないようだが……まあ、念のため。
そして、ある程度揃ったところで、俺は焚火へと身を寄せた。
……既に、それまでの過程で身体に付いていた水滴はある程度乾いている。
「これで、身体の震えは何とかなるな……あとは、服さえあれば……」
文明社会に生きていた身としては、流石にこの格好のまま人前に出るわけにはいかないだろう。
少なからず、局部を隠せるよう羽織るものを探さねばならない。
「……!」
俺はそんなことを考えながら、何とはなしに自身の身体に触れた。
──すると、一体どういう訳か。
絶えず全身から漏れ出していた霧の一部が体を覆って行き、次第に感触を帯びるようになった。
肌の上に、薄っすら揺蕩う闇。
その薄さこそが、肌とそれとの境界を曖昧にし、初めからそこに当たり前のようにあったと錯覚させる。
……そう、それは正しく漆黒の『装束』。
纏わりつく靄が固まり、服の形を成した。
これで、先程俺が願った事がまた現実化されたわけだ。
「理解、不能。……いや、それも今更か」
次々に起きる非現実的な事象に対し、既に俺の関心は薄くなっていた。
だが一先ず、暖と服を手に入れたことは事実。
未だ身体から闇は漏れ出しているが、これならばすぐにでも森を探索できるだろう。




