第50話 何で笑うの?
小屋に入ると、セルグは料理所に立っていた。
炉の中に薪をくべ、ゆっくりと熱を作っている。
確か、あそこには赤く染まった炭が、入っていた筈だ。
そこに細木を足して、空気を送ることで、それらは再び炎としての役割を取り戻していた。
……静かに、火力を増していく炉。
その上には、穴が空いていて。
男は、そこに薄い鉄の器を置いた。
「~♪~♪」
セルグは、その鉄の器の取っ手を握りながら、いきなり鼻を鳴らし始めた。
いや、鼻というよりは……もっと内側を、空気の振動によって震わせ、音を発している。
しかも、それには一定の音程と、旋律があって。
──何となく、男の機嫌が良いように、感じた。
……。
……でも、その行為に、一体何の意味があるのだろう。
呼吸の為……というわけでは、無いだろうし。
料理をするのに必要な行為、とも思えない。
そんな鼻を鳴らしたところで、作業の効率は変わらないのだから。
……。
……あ、そう言えば。
前に森で見た大きな猪も、水を飲む前に、同じように鼻を鳴らしていたっけ。
あの時は、今みたいに規則性のある音では無かったが。
もしかして、普通の人間は食事の前に、そういう事をするものなのだろうか。
……。
……。
……俺はそんな事、今までに一度でもしたこと、あったかな。
────ジュゥゥー。
「……!」
俺は、料理所に立つセルグを見て、そんなことを考える。
すると、突然視界の先で、大きな音が鳴った。
それは、まるで小さな粒子を、勢いよく弾いているかのようなものだった。
……それを聞いた俺は、何事かと思い、直ぐに音のした方に身を寄せる。
すると、そこでは男が、先程の臓器の一部の一部を、鉄の器に入れていた。
炉の上の、穴の上に置かれた、平たい鉄板。
そこに内臓を入れて、弾けるような音の中で、熱を通す。
……その器の上は、微かに揺れていた。
下から突き上がる、火の熱によって、空気が揺らぐ。
そして、そこから更に、セルグが軽く器を振って。
ジュゥー、シュゥー、と。
心地良い音を鳴らしていた。
「……。」
……おまけに、肉の焼ける香ばしい匂いが、漂ってきた。
相応の煙を上げ、状態を変化させる肉片。
赤黒っぽい色だったのが、徐々にくすんできて。
より一層、食欲をそそる見た目となっていた。
……。
……。
……お腹、空いた。
「──オメガちゃん。悪いんだけど、そこの棚から食器を出してくれないかな?」
男が、こちらに背を向けたまま、そう言ってきた。
しかし、その手は、料理所の二つ隣の棚を指差している。
「……疑問。……食器、どれ?」
「うーんと、そうだな……今朝は昨日のスープの残りと、パンと、今焼いてるのだから……平たい器を三枚と、そこの深い器を二つ、取ってくれるかい?」
セルグは、そう答えた。
「ん……」
それに対し、俺は軽い反応だけを残して、棚の方に向かう。
すると、そこにはここで何度か見かけた、幾つかの木の器が並んでいた。
おまけに、スープを掬うための匙や、先端の分かれた棒。
……確か、ここから平らなものと、深いものを、五枚取ればいいんだっけ……。
……。
……?
──!
そう思った矢先、俺はふと、すぐ横の棚に目が行った。
そこには、革袋に入った小さな粉や、ガラス瓶、蔓で編まれた籠などが置かれている。
────そして、その一番上には、例の『パン』が置いてあった。
「──。」
……それを見た俺は、瞬時に理解した。
いや、正確には、より強く思い出した。
自身の体調、状態と、今の最優先目標。
それは行動の基準であって。
その解消のために、俺は今行動していたのだと。
……おまけに、セルグも、先程そう言っていた。
──であれば、何の問題も無いだろう。
「……さて、そろそろいいかな。後はスープを温め直してっと……」
……男の声が聞こえた。
何かを言っていた。
……しかし、今の俺には、大した意味を持たなかった。
「オメガちゃん、平たい方の器貸してくれるかい? 直ぐにスープも装うから、先に座って待ってて……」
男は、また何かを言いながら、こちらに手を伸ばしてきた。
……?
なんだ、その手は?
もしかして、彼も”欲しかった”のだろうか。
……だが、生憎今の俺は、両手が塞がっている。
だから、もしセルグも欲しいというのなら、それは自分で取って欲しい。
────モサ……モサッ……。
「……? オメガちゃん、聞こえたかい……──え?」
セルグが、こちらを振り返った。
──だが、その瞬間。
何故か、気の抜けた声を漏らした。
……なんだ?
「────ぷっ。……あっ、はははっ!」
そして、直後男は、いきなり大声を上げた。
吹き出して、声を漏らし……盛大に、笑い出す。
俺を見ながら、俺を見つめて、今の俺の状況を見ながら──。
「あははっ! ……はぁー、そうかそうか。すまないね、オメガちゃん──そんなに我慢させていたとは、気付かなかったよ」
我慢?
……我慢とは、一体何のことだ。
それに、何故セルグはそんなに笑っている?
何か、面白いことでもあったのだろうか。
……。
……ただ、俺は。
────目の前にあったパンを、食べていただけなのに。
「……ぎほん。……なんふぇ、わはうの?」
「えぇ……? あぁ、いや、なんでも無いんだよ。……ただ、オメガちゃんが”つまみ食い”をするほどお腹が空いていたなんて、思わなかったから」
……つまみ食い……?
よくわからないが、俺はそんなことはしていない。
確かに、食器棚の横にあったパンを、両手で持って食べてはいるが。
……さっき、セルグは朝にパンを食べると言っていた。
だから俺は、それに沿った行動をしていただけに過ぎないのだ。
……。
……。
……。
「────あむっ。」




