第46話 腹を割く
首を吊られ、喉元を掻っ切られて。
血を流し、意識を失い、薄れていって──それは、その存在を消されていた。
動かず、静かに、その時を待っていて。
ただ無力に、呑まれながら、それは絶えていった。
「……うん。そろそろいいね」
男はそう言うと、再び腰に差していた大型の刃物を取り出した。
「オメガちゃんは、そこで見ていてね。……まずは、内臓から取り出すんだ」
セルグは、吊るされたままの得物に、刃を立てる。
しかし、それは大雑把にでは無く、極浅く。
……だが、確かにはっきりと突き刺して。
大きな刃物の、ほんの刃先だけを腹に入れ、そしてそれをゆっくり下へと動かした。
すると、ぽっこり膨らんでいた腹部が、いとも簡単に開かれていく。
……その中は、赤かった。
ただし、澄んで綺麗な、赤では無い。
何に例えたらいいのかわからない。
ただ、そうだ────それは、濃い、赤だった。
……その腹の中には、袋のようなものが詰まっていた。
似たような袋が、幾つかと。
他に、管のような、肉の線。
それから、小さく実った……つぶつぶ。
「……。」
──そして、それらは総じて、柔らかそうであった。
ぶよぶよしてて、ふにふにしてて……少しだけ、触ってみたくなった。
それに、得物の中は……まだ、温かかった。
湯気が出る程ではないが、温もりが見えて。
既に消え入りそうなのに、それでも僅かに熱を感じた。
「──。」
……何となく、どんな匂いがするのか気になった。
だから俺は、それに顔を近づけて、数度鼻を鳴らした。
すん、すん……。
すると、顔を顰めたくなるような匂いを感じた。
これは、血の匂いなのか。
或いは、この生物の体表を覆う、獣特有の臭気なのか。
それとも──これが、”内の臓”の匂いというものなのか。
「────。」
俺は、それが気になった。
何故、この死んだ生物からはこんな匂いがするのか。
何故、腹を割くと中からこんなにも、柔らかそうな肉塊が出てくるのか。
何故、それらは全て湿っていて、多くの水分を含んでいるのか。
……。
……。
「……疑問。……不思議」
俺はそんなことを考えながら、ただただじーっと、得物が解体されるところを見ていた。
「……。……あー……えっと、オメガちゃん? さっきの私の話聞いていたかな? 少し、離れたところで見て居てって言ったんだけど……」
……しかし、セルグは得物の腹を割いて以降、特に何の行動を起こすことも無かった。
それに疑問に思った俺が男の方を振り返ると、何故か彼は少し困ったような顔をしていた。
どうして、そんな表情をしながら、こちらを見ているのだろうか。
──俺は今、確かに触れてはいない距離の中で、ただ解体の行程を見ていただけなのに。
「? ……疑問。離れてる。……続けていいよ」
「え、いや、そういうことじゃなくてだね……。……オメガちゃんはこういうのを見て、怖いとか、気持ち悪いとか、思わないのかい?」
変わらず、男は眉をひそめていた。
……だが、俺にはセルグの言った言葉の意味が、質問の意図が分からなかった。
確か彼は、先程も解体というものは、刺激が強いものかもしれないと言っていた。
そして今度は、『怖い』だの、『気持ち悪い』だのと、比較的否定的な言葉を口にしている。
……もしかして、『解体』という行為は、本来そう感じるものなのだろうか。
人が嫌悪する、或いは気分を害する、そういう行為だというのか?
……。
「──疑問。……セルグは、そう思うの?」
「えっ? あーいや、流石に私はそんなことは思わないよ。もう何十年もこの暮らしをしているから、見慣れてしまった……。ただ、普通君ぐらいの年頃の女の子なら、こういうのを見てそう感じる子が多いと思うんだけどね……」
「? ……なら、否定。私は、そう思わない」
なんだ、やはりそうなんじゃないか。
セルグもまた、この死んだ動物の身体を分けるという行為に対し、恐怖やその他の感情を抱いてはいない。
なら、きっと俺自身もそうなのだ。
人は生き物を食べる為に、または利用する為に、その命を奪う。
そして、奪った命を使って、取り分けて、より利用しやすく加工する。
解体とは、その行為の過程にあたるもので、それらは決して恐れ慄かれるような代物ではない。
……だから俺は、そうは思わない。
寧ろ俺には、大変興味深いものとして、この光景は映っている。
──なるほど、そうやるのか、と。
ただ、そうとしか、思えないのだ。
※筆者の多忙により、数日投稿が空いてしまい申し訳ありませんでした。
次回からは、これまで通りの投稿になるよう、頑張ります。




