第45話 締める
小屋の外に出ると、日の光が優しく顔を撫でた。
吹かれて心地良く感じる風に、ほのかな温かさ。
草木の香りに誘われて周囲を見渡せば、小鳥や虫が鳴いていた。
──完全なる朝。
外の世界は、いつの間にかそう表現して差し支えない、時間となっていた。
「……朝。……明るい」
俺は寝室に入ってから、数時間の間ずっと目を瞑り続けていた。
故に目は暗闇に慣れ、逆に光に弱くなっていた。
……しかし、こうして光に当てられていると、正しい意味では無いかもしれないが……何となく、”目覚める”という感覚が理解できる気がした。
「あぁ、今日はいい天気だね。良く晴れてくれてよかったよ……あ、そうだ。オメガちゃん、少し伸びをしてごらん?」
「……?」
セルグはそう言うと、持っていた桶を地面に置いた。
そして両手を合わし、自分の指を絡ませると、そのまま手を開いて表側を天に向けた。
それは、「うぅー……」という情けない声と共に、腕や背すじ、腰を引っ張る行為。
──正しく、『伸び』と言って差し支えない運動であった。
「……疑問。こう? ──うぅーん……!」
俺は、男の行動を完全に真似て、同じ動きを行う。
指を絡ませた両手を天に掲げるように、ぐーっと伸ばした。
すると、腕だけに留まらず肩や首、背骨に、腰や足に至るまで。
それら全部の、筋肉や骨が伸ばされる感覚を味わった。
……なるほど。
確かに、この行動は睡眠という静止運動を行った後には、かなり効果的な動きであると思った。
狭まった関節や、凝り固まった筋が解されて、心地良い……。
「肯定……! これ、良い感じ」
「ははっ、そうかい? でも、あんまり伸ばし過ぎると逆に体を痛めたりするから、気を付けるんだよ? ……さて、それじゃあ早速解体をして見せようか」
セルグはそう言うと、小屋の前に置かれていた、木製の机の方へと向かった。
隣には、動物の生皮を乾かすための張り台。
その反対側には、太木を地面に突き刺して紐を吊るしただけの……首吊り台?のようなものが置かれている。
──そして、紐の先を輪っかにしたその吊り台には、一匹の中型生物が括られていた。
「……疑問。……この子が、得物……?」
俺は、首を吊られたソレを指差しながら、そう言った。
……その生き物は、体表が黒い灰色の毛皮に覆われていた。
三角形の耳が生えており、鼻先が尖っている。
四本の手足、ふさふさの尻尾、目元だけが少し濃さの変わった色の毛。
──そして、その生き物の身体は僅かに揺れていた。
「あぁ、そうだよ。私は普段から森の中に幾つか罠を仕掛けてあるんだ。こいつは、その内の一つに掛かっていたものだね」
「……疑問。……まだ、”動いてる”よ?」
吊り台にその身を晒され、本来の大きさよりも幾分か縦に伸びている、得物。
……だがそれは、そんな状態にあってもまだ息があるようであった。
生き物の胸が僅かに伸縮を繰り返し、重力に従った手足がピクッ、ピクッと動いている。
「うん、そうだね。まだ締めていないから、今はただ気絶させているだけで生きているよ。──これから、実際に締めてみるから、少し離れて見ていてね」
男はそう言うと、先程伸びの為に地面に置いた桶を、吊るし台の下に移動させた。
そして、腰に差していた大型の刃物を持ち出し、それを得物の首元に添える。
────ザクッ。
……実際に、そう聞こえたわけでは無い。
しかし、本当にそう聞こえたのではないかと錯覚させるぐらいには、男は見事に首元を掻っ切ってみせた。
「──!」
──それは、黒く濁ったように、”赤かった”。
生き物の裂けた首からは、どびゅっと液体が噴出した。
それは赤く、綺麗で、そのままぴょろぴょろと流れ始める。
垂れて。
溢れて。
滴り落ちて。
得物から溢れ出たその”鮮血”たちは、首から体を伝って、下の桶へと流れ落ちて行った。
「……疑問。……全然、動かない」
俺がその光景を見て、一番疑問に思った事。
それは、息のあるまま首を切られ、血を抜かれるその子が……あまりにも、静かであったことだった。
確かに、多少身動ぎのような、僅かな抵抗にもならない抵抗を、していたとは思う。
けれども、その全てはあまりにも力なく、大した意味をなさなかった。
「ああ、ここに持ってくる前に仮締めを済ませてあるからね。この状態になればもう、いきなり暴れだしたりすることも無いよ。……それじゃあ、ある程度血が抜けるまで待とうか」
男はそう言うと、ついでに得物の両足の先にも傷をつけた。
それは恐らく、首以外の、下側に溜まっていく血を抜く為であると思う。
──そして、俺は。
目の前でゆっくりと存在が消えゆく、その子の最後を見届けていた。




