第44話 朝の時間
──ガチャ。
寝室の扉に手を掛け、俺はそれを少しだけ手前に引く。
すると、ほんのり冷えた空気が、隙間からこちら側へと入り込んだ。
扉の先は、十数時間前にも訪れた居間になっていて。
──そして、料理所には”セルグ”が立っていた。
「……おや? もう起きたのかい?」
俺の存在に気が付いたらしいその男は、ゆっくりとこちらを振り返る。
彼は相変わらず顔に髭を蓄えていて、おまけに少々年季の入った服を着ていた。
……加えて、今は何かの作業中なのか、胸から膝下くらいまでを覆う前掛けを付けている。
──。
──。
──しかし、その前掛けは何故か、所々が赤黒く染まっていた。
「おはよう、オメガちゃん。昨日はよく眠れたかな?」
「……。」
セルグは、相変わらず気の抜けた声で、そう言ってきた。
……よく眠れたか?
……いや、そんなはずがなかった。
俺はあのベッドを使わされたにも関わらず、睡眠の必要が全く無かった。
故に、よく眠れたわけがなかったが……まあ、そんな事をわざわざ口にする必要もないだろう。
この件に関しては、譲歩と保留で今は考える必要の無いものなのだから。
……それよりも──
「……疑問。……なに、してるの?」
俺は、セルグが何故そんなに汚れた状態で居るのかの方が、気になっていた。
男は、腰に巻いた前掛けの帯に、大型の刃物を差していた。
加えて、両手でまだ何も入っていない空っぽの桶を抱えており、”何か”をしようとしている最中なことは分かる、が……。
「え? ……あぁ! この格好の事か。確かに、いきなりこんな血みどろでびっくりさせてしまったかな? ──実は、今朝は運の良いことに得物が掛かっていてね。今はその解体作業をしていたんだよ」
「……?」
得物?解体?
……あぁ、そう言えば。
この男は、自身を『猟師』であると言っていた。
という事は、その得物というのは彼が仕留めた、動物やその類のことかもしれない。
──!
──なら、もしかして……小屋の表にあった、あの場所でその”解体”をしているのだろうか。
「しかし、思ったよりも早くにオメガちゃんが起きてきてしまったな……少し待っていてくれるかい? 先にある程度解体を済ませてから、その後朝食の準備をするから」
男はそう言って、そのまま小屋から出るために、出入り口の方に向かっていた。
先程、寝室で四度目に聞こえた開閉音の、正体の扉だ。
……だが、俺は。
そんな彼の後を、静かについて行った。
「────。」
「──ん? ……おや、どうしたんだい、オメガちゃん。もしかして、動物の解体に興味があるのかな?」
セルグは、後ろをついてきた俺の方を振り返り……何故か、微笑みながらそう言った。
何故、この男が今笑ったのかはわからないが、確かに解体に興味があるのは事実だった。
それに、彼はそれらのことについて、教えてくれるとも言っていたはずだ。
……であれば、俺はそれを少し見てみたいと思っていた。
「──肯定。……見たい」
「ははっ、勿論構わないとも。……ただ、初めて見るんだと少し刺激が強いかもしれないね。気分が悪くなったら直ぐに小屋の中に戻るんだよ?」
「……? ……うん」
刺激が強い……?
……どうして、生物の解体を見るだけで、気分が悪くなるのだろうか。
解体とは、即ち殺した動物を、文字通りバラバラに仕分ける行為だろう。
あくまで想像ではあるが、肉を絶ち、腹を割き、血を抜いて……多分、加工をするもののはずだ。
その行為を見て、何故刺激が強いと感じるのだろうか……。
「……。……まあ、いっか」
俺は、そんなことを疑問に思いながらも。
セルグの後について、小屋の表へと出た。




