第42話 就寝
……寝室に踏み入って。
セルグが棚の上に置かれた明かりに、火を灯す。
すると、ボゥと室内が照らされて、薄暗かった空間が鮮明になった。
──そこは、中央に不格好な木製のベッドが置かれた、部屋。
綿の薄い枕と、灰色のシーツ。
その上に、乱れたままの布団が掛けられていた。
……相変わらず、少々埃っぽい。
それに、この部屋はやけに、彼の──セルグの匂いが強く感じられる場所だった。
「オメガちゃん、寝る時は明かりを消して寝てね。ランプはここを回せば火が消えるから。それと……ふむ、布団が乱れたままだね。少し待っていて……」
男は、ベッド横の棚の上に置かれた明かりを指差し、その使い方を教えてくれた。
そして、それと同時に無造作に置かれていた布団を軽く持ち上げ、その位置を正していく。
布団の端を持って、ベッドの縁に沿って伸ばし、上部を二回折り込む。
こうすることでベッドに入り込みやすく、横になった時に布団を掛けやすくなるのだろう。
……しかし……。
「──疑問。……本当に、私がここで寝るの?」
数刻前、セルグは俺に寝る時はこのベッドを使うように言っていた。
しかも、肝心の彼の方は居間に置かれていた、恐らく大変寝づらいであろうあの椅子で寝るとも言っていた。
……それは、何となくではあるが、少々申し訳なく感じる。
恐らく、俺には──寝床が必要では無い。
にも関わらず、必要としない俺がベッドを使用するのは、あまりに非合理的だろう。
「え? うん、勿論だよ。さっきも言ったけど気にせず使って大丈夫だからね。オメガちゃんは今日は色々あって疲れているだろうし、ゆっくり休みなさい」
……だが、セルグは強情であった。
俺がベッドを譲ると、口にすることすら阻むように、こちらがここで寝ることを促してくる。
……。
……やはり、この事で彼と言い合うのは、あまり合理的ではないか……。
「……否定。でも……えっと、汚したりしたら……いけないし?」
──?
……何を言っているんだ、俺は。
たった今、これ以上の交渉は不要だと思った筈なのに。
何故、こんなことに食い下がってしまったのか……。
「え、オメガちゃん……? ……あぁ! もしかして、さっきその恰好のまま寝たら汚してしまうと言ったのを勘違いしたのかな? いや、違うんだよ。それは君のその服を汚してしまうという意味で……別に、ベッドは多少汚してしまっても問題無いとも。どちらにせよ、明日川にまとめて洗濯に行くつもりだからね」
「……。」
……どうやら、男には全く俺の意思が伝わっていなかったらしい。
何故セルグは、そうまでして自分が不利を被る行動を取りたがるのだろうか。
睡眠とは、身体の休息を取る為の行為のはず。
……なのに、わざわざこの場所を俺に譲ってまで、余計に疲れそうな選択を取らなくてもいいのに。
──。
「……微、肯定。……分かった。ここで寝る」
「あぁ、そうしなさい。……あ、それと明日は朝起こしに来ないから、好きな時間まで寝ているといい」
俺は、そう言ったセルグに軽く相槌を返し、布団に入った。
掛け布団とシーツの間に足を忍ばせ、ゆっくりと伸ばす。
そして、俺はベッドのちょうど真ん中辺りに座って、先程折りたたまれた布団に手を掛けた。
──思えば、どこかで横になるなど、久しぶりの感覚だった。
「それじゃあ……あ、今日は私が明かりを消しておくね。いいかい?」
「……肯定。……うん」
掛け布団を自分の身体に被せつつ、俺は枕の上に頭を置く。
すると、すぐ横に立つセルグが、明かりを消そうとしていた。
「──それじゃあ……おやすみ、オメガちゃん」
「……うん」
”おやすみ”……とは?
……あぁ。確か、寝る前に言う挨拶のようなものだったか。
そんなもの、これまで誰かに言う機会も、言われる機会も無かったな。
「──。」
俺は、そんな下らない事を考えつつ、ゆっくりと目を閉じた。
……すると、直ぐに瞼の向こうが暗くなり、明かりが消えたのが分かった。
トン、トン……っと、セルグの歩く音が聞こえる。
────。
──そして、ギィィ……バタンという音と共に、部屋の中は静かになったのだった。




