第41話 寝る支度
小屋に入ると、中は真っ暗であった。
外が夜故に明るさが足らず、ぼんやり光る月光だけでは少々心許なく感じられた。
「暗いから、足元気を付けてね。えーっと、ランプランプ……」
男に言われ、俺は自分の足元を注視していた。
両手には、先程セルグが作った鍋を持っている。
それを、万が一にも落としてしまわないように。
そして同時に、両手が塞がっている自分が転んでしまわないように、気を付けていた。
──すると、ほんの数秒後。突然、視界の上部で光が灯った。
「これでよし、っと……あぁ、オメガちゃん。スープ運んでくれてありがとうね。……悪いけど、ここに置いておいてくれるかな?」
セルグはそう言うと、料理所の一角を指差した。
それは、炉の上部に設置された穴の上。
……そして、そのまま彼は部屋の奥の方へと行ってしまった。
「……肯定。分かった」
男に言われた通りに、俺は持っていた鍋を炉の上に置く。
すると、置いた時に中身が少し揺れて、ポチャンという音が鳴った。
……まだ、中身が半分程残っている。
という事は……また、このスープが飲めるのだろうか……。
「──よし、お待たせ……って、どうしたんだいオメガちゃん? そんなに鍋を見つめて」
俺がそんなことを考えながら、鍋を凝視していると。
部屋の隅から戻って来たセルグが、そう言った。
「……質問。……これ、また飲んでいいの?」
「え? あ、スープの残りかい? それなら、明日の朝にまた食べようと思ってるから……うん、また飲んで良いんだよ」
「……そう」
明日の朝に、か。
……そっか。
「さっ、それよりもオメガちゃん? これ以上遅くなる前に、早く寝てしまおうか。ほら、これで《《歯を磨いて》》ね」
男はそう言うと、二枚の布と、小さな小瓶を持ち出した。
歯を磨く……というのは分かるが……。
この布や瓶は、一体……?
「……質問。……これで、磨くの?」
「え? あー、もしかしてオメガちゃんは普段こういうのでは磨かないのかな? ……しかし、生憎ここにはこれぐらいしか無いんだよ。すまないが、我慢してくれるかい?」
男はそう言うと、料理所に置かれていた桶から水を掬い、片方の布を濡らした。
そして、小瓶の中から、白い……粉?を摘まんで、軽く塗す。
「……疑問。……これは?」
「ん? これは塩だよ。これを軽く付けた布で擦って、歯を磨くんだ」
セルグは「真似してみて」と言って、軽く口を開いた。
そして、そのまま指に巻き付けた布を口内へと運び、ゴシゴシと歯を磨いていく。
……ふむ。
「……肯定。……やってみる」
俺は言われた通り、先程セルグがやっていたのと、同じ行動をなぞった。
布を水で濡らし。
その上に塩を塗して。
それを口に入れて、指越しに歯を磨く。
ゴシゴシ……。
ゴシゴシ……。
ゴシゴシ……キュッキュ。
「そうしたら……最後に、水で口をすすぐんだよ」
セルグは、桶に入っていた水を再び両手で掬って、口に含んだ。
そして、数回口内で水を揺らすと、そのまま台の凹みへと吐き捨てた。
「……うん。わはった」
俺もそれに倣って、両手で桶の水を掬う。
……が、案の定それは上手くいかず、結果男から渡されたコップを使い同じことをした。
水を口に含んで、何度か揺らす。
ブクブク、ブクブク……。
ブクブク…………ペッ。
「……よし、いいね」
セルグに言われた通り、俺は『歯を磨いた』。
……確かに、少ししょっぱかったが、これは悪くないかもしれない。
何というか……口の中が、軽くなったような気がする。
「さて、それじゃあ寝ようか──あ、いや。ちょっと待って……オメガちゃん、そのままの格好で寝るのかい?」
「……?」
セルグは、自分が歯磨きに使用した布を、桶の水を使って洗っていた。
俺もそれに倣って、コップで数度水を掬い、布を洗う。
……すると、彼はこちらの姿を凝視しつつ、そう言ってきた。
その格好って……あぁ、これのことか。
「……肯定。……服、これしか持ってない」
俺は今、”希望”の下どこからともなく現れた、黒い装束を着ていた。
それは森を歩くにはあまりにも適していなかったが、少なくとも体温調節や文化的な生活には役立っていた。
……だが、セルグはこの格好を見て、寝るには適さないと考えているらしい。
「あぁ……確かに、そうだよね。森で迷っていたんだし……うーん、私の服を貸してあげたいところだけど、恐らく大きさが全く合わないだろう。……いやしかし、だからってそんな綺麗な服を汚してしまうのもな……」
男は、何やら悩んでいる様子だった。
……何を、そんなに気にする必要があるのだろうか。
服など、ただ身に纏うための布に過ぎないというのに。
きちんと着れてさえいれば、食事中だろうと睡眠中だろうと、何だって構わないだろう。
「……否定。……別に、汚れてもいい」
「……え?」
どちらにせよ、俺にとっては突然降って湧いたような代物だ。
いくら汚れようと、ビリビリに破けてしまおうとも、大して困るものでもない。
「──。……はぁ、そうかい? なら、一先ず今夜はそのまま寝るとしようか。さ、こっちに来なさい」
セルグは、まだ何かを考えている様子だった。
けれども、結局は現状に納得し、このまま寝ることにしたらしい。
──そうして彼は、俺をベッドの置かれた寝室へと手招いた。




