第3話 生理現象
……冷たい。
今度は、確実にそう言えるだけの根拠があった。
身体中が自分より温度の低い何かに覆われ、沈んで行くのが分かる。
あぁ、くそ、今度は何だ……。
……酸素が、確保できない。
空気を取り込めない、呼吸が……。
いき、が……ごっ、ふ……。
────なんだ、この感覚は。
まるで、自分の中の何かが、広がって行くような感覚。
この、今自分を覆っている液体全てを、更に呑み込んで行っているような実感。
自分が大きくなって、混ざって、含まれていく。
自己という境界が曖昧になり、馴染んでいる。
伸ばして、広げて、覆っていく。
呑み込んで、入り込んで、侵していく。
浸食、侵食、進食──。
……あぁ、なんだ────”息が出来るじゃないか”。
「──がっ、バァ……!!」
勢いよく水面から顔を出した俺は、肺の中を満たす様に、荒々しく呼吸を開始した。
「はぁ、はぁ、はぁ……いった、い、何が……」
乱れる呼吸に翻弄され、視界がぼやけるのを感じる。
同時に、脳に靄でも掛かっているかのように、思考がはっきりしない。
──まずは、このあやふやな身体状況を整えるのが先だ。
……、……。
……ようやく、少し息が落ち着いてきた。
そして、身体の急激な呼吸活動が収まりつつあると、逆に、今自分が置かれている状況を振り返り更なる混乱が襲ってくる。
──一体、何が起きたのか。
あの時、俺は確かに自身の死を受け入れ自覚した。
にも関わらず、気付けば空中に放り出され、そしてそのままこの水溜まり──否、”湖”へと落下した。
「……どこだ、ここは」
辺りを見渡し、俺は再度驚愕を得た。
そこには巨大で、何か黒い物体で濁ったような、お世辞にも綺麗とは言えない湖が広がっていた。
その湖の水面には薄っすら月が浮かび、見上げれば空には星々が散っている。
更に、その奥の湖畔の先には木々が密集した、森林地帯が見えた。
……?
しかし、それらはどういうわけか、次第に枯れて行っているようであった。
しかもそれは、通常の植物が枯れる様子や、紅葉の様に色が変化しているというのとはかなり違う気がする。
葉や木の表面はそのままに、一部が徐々にどす黒く染まりつつある。
それはまるで、木自体を覆いつくし、そのまま植物の生命力を吸い出しているかのように。
──そして、その黒い何かは、それらに触れる大地や根を通じ広がっているようであった。
「……あんなもの、見たことがない。……あれは何だ?」
これまでに見たことがない現象に、俺は困惑する。
そもそも、ここは何処なんだ。
見たことがない濁った湖に、枯れ往く森。
まさか夢でも見ているのか、と疑いたくなるような現状に、思わずため息が出た。
「……っ……一先ず、水から上がるべきだ。このままだと身体を患う」
飲み込めぬ状況下の中、それでも身体が震えたのを感じ俺はすぐさま湖から出ようとする。
いくら大きいと言っても、岸まですぐ着く距離であるし、早いとこ身体を温めなければならない。
「──え……?」
そうする過程で、俺はふと下を向いた。
水の中に魚か、何か生き物が居るかもしれないと、注意する為に。
……だがその時、濁った水面に映った”自分”を見て、俺は言葉を失った。
「────……誰だ、これは?」
本来なら、そこにはいつもの俺、自分が映っているはずだった。
……しかし、僅かな光の反射の中、そこには全く違う別人が映し出されていた。
銀色の長い髪。
光を通さぬほどの、真っ黒な瞳。
そして────何も身に纏っていない、若い女性が。
「…………」
「へくちっ」




