第37話 火の番
俺は、男に言われたことを守り、火を見ていた。
……火は、自分の目の前で燃えていた。
ゆらゆらと揺らめき、光を放つ。
風に揺られ、空気に触れて、熱を帯びる。
ほんのり漂ってくる熱気が、日が沈み少し冷え始めた肌を、優しくなぞった。
……更に、その焚火は色々な音を発していた。
パキッ、パチッと、何かが弾ける様な音。
恐らくは、火の燃え移った木が──いや、木の中にある何かが、弾けている。
空気か、水か、それは分からない。
けれど、それが熱によって形を変え、膨らんだ結果……パキリと外に押し出されていた。
────フッ。
今、小さな、小さな……火の子供が、飛んだ気がする。
何かが弾けた衝撃に混じって、或いはミシッとひび割れた木に沿って、火の粉が散った。
……なるほど。
だから今、自分の足に熱を感じたのか。
自分の足の、ある一点が、一瞬だけ熱を感じた気がした。
それが、この焚火から離れた火によるものなら……なるほど納得だ。
────。
────。
……それにしても、知らなかった。
火とは、焚火とは──こんなにも多くの、情報を孕んでいるものだったとは。
「…………。──あー、えっと……オメガちゃん? いくら火の番と言っても、そんなにずーっと見つめていなくていいんだよ。時々、確認するくらいで……」
言われた通り、俺は火を見ていた。
……すると、隣に座るセルグが、そんなことを言い出した。
──なんだ、そうなのか。
てっきり、焚火の火はずっと見ていないといけないのかと思っていた。
「……理解。わかった」
「うん。まあ、本当に火が消えてしまいそうな時は私が何とかするから、オメガちゃんはただ眺めているだけでいいよ。それに、あまり焚火に近いと火の粉が散って危ないから、ちゃんと丸太に座っていなさい。──それと、”瞬き”もちゃんとしてね?」
「……?」
男は、火の番に関する注意事項?……を言っているようだった。
確かに、セルグの言う通り先程火の欠片が少し、自分の方に飛んできた気がする。
それに、火をずっと見つめ続けていたせいで──若干、目が乾いたような気もした。
焚火には近づきすぎない。
そして、瞬きも忘れない。
……ただ、何となく眺めていればいいと。
なるほど。
「──。」
俺は、『火の番』とは意外にも難しいものだと思った。
これは、安易に引き受けない方がよかったかもしれない、とも──。
────ザバァ。
「……?」
突然、隣から水の音がした。
まるで何かから、改めて何かに、水を入れるような音……。
「……」
それが気になって、俺は隣の、セルグの方を見た。
すると、彼は小屋から持ってきた鍋に、先程汲みに行った水を注いでいた。
……その中には、一緒に動物の骨のようなものが入っている。
「……質問。……それを、食べるの?」
男は、鍋に水を注いだ後、焚火の周りに幾つかの石を並べた。
それは上面が平たくて、安定している。
そして、その上に水と、動物の骨の入った鍋を置いていた。
「え?……あぁ、コレのことかい? これは鹿の骨で……”出汁”に使うんだよ。後で取り出すから食べはしないけど、この骨に少し残った肉や油が旨味になるからね」
「……。」
……なるほど。
どうやら、料理の過程における下準備のようなものらしい。
俺はあまり料理をしないが……やはり、自分でやるのは時間効率が悪いな。
それに──それも食べないなんて、勿体無い。
────ガッ。
……?
再び、隣で音がした。
……しかし今回の音は、何をしているのかは見ればすぐに分かった。
────トン、トン……。
セルグは、同じく小屋から持ち出した木の板の上で、『食材』を切っていた。
小さな刃物一つで、肉を切り。
見たことがない茸を、解体し。
野草を、一定の大きさに分ける。
それらの処理が終わった後は、一度元々食材が入っていた木箱へと戻す。
そして彼は、先程焚火の端に置いた鍋の方に視線を移した。
「……さて、後はお湯が沸くのを待つだけだね」
特に誰に言った風でも無く、セルグは静かにそう呟いた。
……お湯が沸くのを待つ。
という事は、つまりまだご飯は食べられないと……?
……。
「……疑問。ご飯、まだ?」
「ははっ、まだ少しかかるかな。……この後スープを煮込まないといけないから、それまで待っていてね」
「……」
セルグはそう言うと、鍋を軽くかきまぜた。
……その水の中では、ほんの小さな泡が生まれている。
しかし、それらはまだ本調子では無いようだった。
故に、今は大人しく待つしかないようだ。
「……わかった……」
そう思った俺は、ただ静かに座っていた。
……焚火の、炎の勢いが少し弱まり。
その結果、真っ赤に染まった炭が、安定した熱を放ち始めた。
ゆっくり、ゆっくりと。鍋と水が、焚火から伝わる力を受ける。
……。
……。
────お腹、空いてキた……。




