第35話 食事の用意
小屋を覗くと、中は少し暗くなっていた。
数時間前とは違って、陽が傾いた影響だ。
……外はもう、だいぶ薄暗くなっている。
「えーっと、煮込み系なら……基本は鹿肉が良いかな。さっきオメガちゃんも食べられたみたいだし……」
室内に入ると、セルグは真っ先に料理所へと向かった。
そこには、台の一部が凹んだ窪みと、隣に水の入った桶。
並列して、鍋の置かれた火の点いていない炉と、後は恐らく食材が保管されているであろう……木の箱が置いてあった。
そして、その箱の蓋を開き、セルグは頭を悩ませている。
「ただ、それだけだと味気ないだろうから、山菜に茸に……塩、香辛料……」
料理台の隣の右角、そこには棚が置かれていた。
その中には、くすんだ色のガラス瓶や、皮の袋。
他には、木の蔓で編まれた籠に、見慣れぬ植物等が少々。
──そして、その一番上の段には、先程口にした例の”パン”が並んでいた。
「……まあ、こんな所だろう。思ったより残っている食材が少ないし、ある物は全部入れてしまおうか。──おっと、肝心のパンを忘れちゃいけないな」
セルグは、料理台の上に軽い木箱を置いた。
その中に、あちこちから集めてきた肉、茸、植物、その他調味料を詰めていく。
……それはもう、小さな箱いっぱいに。
「……オメガちゃん、悪いけどこの箱を外に持って行ってくれるかな? 君は力持ちみたいだし、そこまで重くは無いとは思うけど……転ばないように気を付けてね」
セルグは、そう言って食べ物の入ったそれを持ち上げた。
まだ、パンは入っていないが……一先ず、これを外に運べばいいらしい。
「……理解。……わかった」
俺は男から木箱を受け取り、両手で端をしっかりと支える。
先程運んだ水の入っていた桶よりは軽いが、それよりも幅が広いので少々持ちにくい。
……しかし、これも食事の準備の手伝いなのであれば、大人しく全うするしかないだろう。
足元に気を付けながら、俺は小屋の外に出た。
……空は既に、ほとんど陽の光が見えなくなっている。
代わりに、暗い空と、星々の輝きが目立つようになっていた。
──同時に、”灰紫色”の丸い月が、遥か彼方に薄っすら浮かんでいる。
「──不思議。……ずっと、変な色の月」
この森に来てから、これまで何度か目にしていた、空の月。
それを見るたびに、俺は思っていた──果たして、月はあんな色をしていただろうかと。
俺の知っている月は、もう少し違う色をしていた気がするのだが……。
「……オメガちゃん……? ……どうしたんだい、空なんか眺めて」
運べと言われた木箱を持ったまま、俺は上を見上げていた。
すると、背後から。
同じく小屋から出てきたらしいセルグが、こちらに声を掛けてきた。
その手には、大量のパンの入った籠を持っている。
……それと、他に木の板や刃物。後は金属の鍋と……。
「……返答。……月、と星……見てた」
「え? ……あぁ、確かに。今日は天気が良いから、星空がよく見えるかもね。もう少し時間が経ったら、もっと綺麗に見えると思うよ」
彼は、そう言いながらこちらに近づいてきた。
……いや、そのままこちらを通り越して、焚火跡の方へと向かって行く。
「さて、それじゃあさっさと作ってしまおうか。……オメガちゃん、手伝ってくれるかい?」
セルグは、小屋から持ち出したそれらを焚火跡の近く、ただ地面に置かれただけの丸太の上に並べた。
そして、大きな木の幹の傍に積まれた『薪』を持ってきて、中央に並べ始める。
……それは、恐らく慣れた手付きであったと思う。
細く、不揃いに割られた薪を上手く使って、平たい三角形に組み上げる。
その下には、ちょっとした隙間を作って。
そこに紐のような……綿?の塊のようなものを、置いていた。
「……おや? オメガちゃん、焚火が珍しいのかな? ……もしかして、こういうのやった事無いのかい?」
……俺は男の、そんな一連の動作を観察していた。
すると、セルグが自分をずっと凝視されていたことに気が付いたのか、そう尋ねてくる。
「……微、肯定。……一回だけ、やったことある」
それは、俺がこの森で目覚めた後、湖に落ちた時のことだ。
水に濡れた身体を温めるために、初めてながらに枝を組み、火を灯そうとした。
……しかし、あの時作った焚火は、セルグのようにこんな綺麗なものでは無かった。
「……でも、下手だった」
「ははっ、そうかそうか。……なら、よく見ているといいよ。こうして少し高めに木を組んで、その下に火種を入れるんだ。あっ、火種はね、こういう綿とか、後はよく乾燥した木屑とかの燃えやすいものを使って────」
一つずつ、セルグは焚火の作り方を語る。
俺は、それを静かに聞いていた。
──火の使い方。
それは、生物が利口に生きて行く上では、必要な知識である。




