第29話 自己完結
「次は作業場だね。こっちは主に部屋の中でやる作業……まあ、趣味用の部屋かな。工芸品を作ったり、裁縫をしたりしているよ」
寝室を一度出て、今度はその隣にあった扉をくぐる。
すると、中には壁に向かった大きな机と、椅子が置かれていた。
机の上には作業途中の編み物、床には組み立て途中の……なにか。
部屋の端には棚と、小物を入れる収納箱。
そして、辺り一面には形の不揃いな木片が散らばっていた。
「ここが……まあ、一番散らかっているね。基本的に、この部屋には一人で入らないようにしてくれるかな。刃物が置いてあって危ないし、作り掛けの家具とかがそのままだからね」
セルグは部屋の中までは入らず、入口付近でそう言っていた。
それに倣い、俺も奥へは踏み込まなかったが……もしかして、この男は家中の家具を全部自分で作ったのだろうか。
あの、先程食事をしていた、ささくれ立った机や椅子も。
寝室で見た、左右が不揃いで荒削りだったベッドも。
不格好で、ところどころ綿の少なそうな、数人掛けの長椅子も。
――――。
……なるほど。
どうやら、男の言う物作りとは、ただの『趣味』というより……ここでの生活に必須な、『技術』であるようだ。
……もし、機会があれば……実際に作っているところを、見てみたいかもしれない。
「さて……まあ、小屋の中はこんなものだね。何か気になるところはあったかい?」
「……希望。趣味、物作り……見て、みたい」
ただ生きていく上で、それらは必須なことではない。
故に、より豊かに生きる為……という発想自体が、俺の中では希薄だった。
――だが、知るためであれば。
或いは、この男がどのようにして生活を充実させようとしているのか。
それを見ること自体は、完全な『無駄な事』とは言えないような気がする。
それこそが、人間と動物との差異と言われれば尚更だ。
……まあ、どちらにせよ。優先度が低いことに変わりはないが。
「おや、物作りに興味があるのかな? ……なら、そのうち見せてあげるよ。ここでの生活に慣れてきたらね」
セルグは、そう言って踵を返した。
「――さっ、今度は小屋の周りを案内するよ。ついて来なさい」
******
外に出ると、僅かに風が吹いていた。
木の隙間を抜ける空気が葉っぱを揺らし、ザワザワと森を鳴らしている。
気付けば太陽は少し傾いていて、あと数時間もすれば日没であった。
「……この辺りでは、主に外で行う作業をしている。獲ってきた獲物の解体や、大型の動物の皮引き……あとは、薪割りとかだね」
次にセルグが案内してきたのは、小屋の前の広い空間。
地面が踏み固められ、草木が殆ど生えていない場所だ。
……そこには、色々なものが置かれていた。
中央に焚火。それを囲むように置かれている、二本の丸太。
四本の足で立つ、横長でがっしりとした作りの木製机。
その横には、斜めに立て掛けられた板と、動物の皮を紐で張った……木枠?
そして、最後は大きな木の幹と、そこに刺さった金属製の斧。
近くには、男の言っていた”薪”が多く積み上げられていた。
「────。」
それらを見た、俺は──正直、興味深いと思っていた。
そう思った理由の大部分は、『見慣れない環境』であったから。
……俺は今まで、ここまで根本的に”自分の力で生きる”を体現している人間に出会ったことがない。
勿論、その時代に合った生き方という物はあるのだろう。
それに適応し、順応することこそが、『人間社会で生きていく』という意味なのだと……今でも思っている。
──だが、ここに社会など無い。
否、人間社会は無い。
このセルグという男は、動物を狩り、自身で必要な物を作り、全てを自己で完結させこの森で生きている。
……言うなれば、ここは”自然社会”なのだ。
それに対し、俺は──不都合が多いとは思っても、非合理的であるとは思わない。
自分の力で生きていく、それは当たり前だ。
誰もがすべき事。生物皆が、出来て当たり前の事。
……そう思う中で、俺が興味を引かれたのはその手段だった。
俺自身とは全く違った、自己完結生存のための……創意、工夫。
────知りたい。
「動物の解体……は、流石にちょっと厳しいかもしれないが、簡単な薪割りくらいならオメガちゃんにも出来るかな。後で教えてあげるから、少しやってみようか」
「……。」
「さて、それじゃあ次は……ん? どうしたんだい、オメガちゃん」
セルグが、何かを言っていた。
……しかし、俺の興味はある一点に集中していて──。
──ただ、大きく張られた『動物の皮』にだけ、目が行っていた。




