第28話 寝床
この森で狩猟をして暮らしているという男、セルグ。
その者の提案により、俺は暫く彼の暮らす小屋に居座ることになった。
「それじゃあ……改めてよろしくな、オメガちゃん」
「……? ……うん」
男は、笑っていた。
何故、笑っていられるのだろうか。
今から、自身の住処に、他所から来た得体の知れない者を住まわせるというのに……。
──つくづく、このセルグという男の思考回路が分からない。
自分の食事……つまりは財産を、他人に分け与えてなお普通に笑っていられる精神。
他人の為にこうして時間を割き、表情筋や会話というエネルギーを使う効率の悪さ。
そして……終始こちらを気遣ってくるようなその態度の意味が、俺には理解できなかった。
「……それじゃあまずは、小屋の中と周りを案内するよ。一緒に来てくれないかい?」
「うん」
セルグはそう言うと、席から立ち上った。
そして、こちらを手招き小屋の中を歩きだす。
「まあ……まずは、今居るここが台所と居間だ。普段は来客なんて滅多に無いもんだから少々散らかっているが……ここにあるものなら、自由に使って構わないよ。──そう言えば、オメガちゃんは料理は出来るのかい?」
「……否定。……少し、なら」
俺は、料理をすること自体あまり好きではない。
というより、自分でするならば嫌いと言って差し支えないレベルである。
食事など、会食等を除きただの栄養摂取のための作業でしかない。
しかもそれですら、主目的は食事自体では無いだろう。
そして栄養摂取が目的なのであれば、それが人体に影響が無い状態なら食べる物など何でも良いのだ。
故に、”料理に凝る”というのは俺にとって不要な行動である。
「そうかそうか。……なら、ここに居る間は簡単な食事の準備を手伝ってもらってもいいかな?」
「……? ……疑問。いいけど、何故?」
俺は料理などせずとも、必要な時に、必要なモノを食べる。
──自分で、勝手に。
そして、このセルグという男はどうやら料理が出来るようだ。
であれば、彼も自分が作る物を自分で用意すればいいのに。
……何故、俺にその手伝いを頼むというのか。
「えっ、何故って……そりゃあ、オメガちゃんも一緒にご飯を食べるからかな。一緒に食事の準備をして、一緒に同じ食卓を囲む……それが、人と人とが仲良くなるための第一歩だろう?」
「──。……疑問。また、一緒にご飯を食べるの?」
一緒に食べる、食事を?
……。
……なるほど。
どうやらこの男の主目的は、”会食”の方だったようだ。
「──っ! …………勿論だとも。君がここに居る間は、なるべく一緒にご飯を食べるようにしよう。……大丈夫、さっきみたいにお腹一杯になるまで沢山食べていいからね」
「……肯定。……わかった」
男は、まるで滑らかすぎる絹のように、穏やかな声だった。
……何故、セルグがそんなことを”望むのか”は分からない。
だが、まあ。
先程のような食事を、好きなだけ食べていいというなら……多少は、労力を割くこともやぶさかでは無い。
「……よし。それじゃあ次は、こっちの部屋だよ。──右が寝室で、左が私の作業場だ」
この小屋は、縦に長い構造であった。
入り口から入って、料理所と居間。
そして、その奥には二つの扉が並んでいた。
まず、右が──。
「……まあ、寝室と言ってもベッドが置いてあるだけだね。ここは特に面白みは無いかな……」
『寝室』、つまりは寝床である。
部屋の中には土台が木で出来た、ベッドが一つ。
その上に布団が敷かれており、掛布団がぐちゃぐちゃに乗せてある。
また壁には木の板を開閉するだけの窓が付いていて、現在は外から日の光が差し込んでいた。
──少々埃っぽくて。
そして、人間が長く居た匂いのする部屋だった。
「? ……どうしたんだい、オメガちゃん。そんなにベッドを見つめて……あっ、勿論君がここに居る間は、この部屋を使って貰って構わないからね。私は居間にあった長椅子で寝るから」
俺がベッドを見つめていると、セルグがそんなことを言ってきた。
──?
……俺が、ここで寝るのか?
……。
……あまり、気乗りはしない。
それに、セルグは長椅子で寝ると言っていたが……まさか”アレ”で、寝るつもりか?
二人か三人掛けくらいの大きさの椅子に、ただクッションを乗せただけのようなあの場所で。
……。
「……否定。……私は、ここじゃなくてもいい」
「え? そんな、遠慮することは無いよ……あっ! も、もしかして臭かったかな? 確かに、いつもは私がここで寝ているから少々気になるかもしれないけど……あ、明日には川に洗濯に行こうかね……」
「……。」
セルグは、「ははっ……」と僅かに笑っていた。
別に、そういう事では無かったんだが……まあ、いいか。
これ以上否定したり、誤解を解くのは労力の無駄かもしれない。
……。
……。
……あれ、そう言えば……。
────ここに来てから、一度も寝ていないな。




