第27話 拠り所
俺はセルグに『家に帰りたいか』と問われ、そしてそれを否定した。
帰りたいなどとは、全く思わない。
その意味が無い、理由が無い、義理が無い。
……それに、今の俺はもうオメガなのだから。
そう出来る道理も、もはや無いだろう。
「ッ! ──そうか、やはり……。……えーっと、それじゃあオメガちゃんは、これからどうしたいのかな?」
男は、続けて質問してきた。
これからどうしたいか?
ふむ……やはり、情報を集めるのが最優先だろう。
何事も、まずは知らなければ始めることすら出来ない。
ここが何処なのか。
この辺りに住む人間たちはどんな暮らしをしているのか。
これまで辿ってきたあの川はどこまで続いているのか。
森で会った猪は何を思って走り出したのか。
……この男の趣味だという『物作り』は、一体どんなものなのか。
────知りたい。
否、知るべきなのだ。
俺は、ありと、あらゆる、知識を得るべきなのである。
──そして、俺はこの場所で新たな拠り所を見つけるのだ。
自分の帰る場所を失ってしまった”生物”は、皆そうしている。
親元を離れた動物が、新しい巣を作るように。
川で生まれた魚が大海に出て、また元いた場所に戻ってくるように。
住処を求め、長く空を舞う鳥たちが世界を渡るように。
……或いは、『生』という旅路の果てに、全ての生き物が土に還るように。
俺は、次の自身の居場所を見つけるべきなのである。
──それこそが、俺という存在を明らかにしてくれるから。
「……選定。……一先ず、色々知りたい」
俺は、新たに掲げたその決意を胸に、そう答えた。
自身の存在証明の為に、まずは目の前のことから少しずつ知っていかなければ。
……一先ず、セルグとのこの会話が終わったら、先程話に出ていた”人間の街”とやらに行ってみようか……。
「色々知りたい、か……。なるほどね。確かに、君ぐらいの年齢ならそう思うのは普通かもしれないな」
「……? 私の年齢だと、普通?」
男は、俺を見ながらそう言った。
確か、オメガは0歳だったはずだ。
見た目はともかく、少なくともあの光る板にはそう記されていた。
────。
……そう言えば。
この男についても、知りたいと願えばあの光る板が現れるのだろうか────。
……。
……。
──いや、必要無いな。
このセルグという男、彼自身についてはもう大抵のことを知ってしまった。
というより、何故か自分からベラベラと話し出してしまうため、俺がわざわざ知ろうとする必要が無いのだ。
おかしな男だ……。
「あぁ、そうだよ。オメガちゃんは見たところ、15歳くらいだろ? その歳頃なら、何でも見たい、知りたいって思うものさ。──よし! そういう事ならわかった」
セルグは、俺の姿を見てそれくらいの年齢であると、考えたらしい。
……俺も、湖の水面に映る自分を見ただけなので、定かではないが──流石に、そこまで幼く見えた覚えはない。
この辺りの人間は、子供の発育が良いのだろうか。
「オメガちゃん! ……もし良かったらなんだけど、暫くウチで暮らさないかい?」
「──?」
唐突に、男がそんなことを言い出した。
結果、俺はその言葉の意味が理解できずに、首を傾げる。
……暮らす?
俺が、ここで?
──。
「……疑問。……なんで?」
「何でって……話を聞いた限り、君には今帰る場所がないんだろう? なら闇雲に歩き回るより、まずはここで数日落ち着いてもいいんじゃないかな? ……そして、その間にゆっくり今後のことを考えればいいさ。勿論、私から無理強いするつもりは無いよ。居たいだけ居ればいいし、出て行きたくなったら出て行けばいいから」
「────。」
男は……セルグは、変わらず柔らかい表情と声音であった。
……。
……ふむ、なるほど。
────どうやら。俺は早速、その『拠り所』というものを、見つけてしまったらしい。
「……理解、納得。……暫く、ここに居る」
「っ! あぁ、構わないとも。……それじゃあ、改めてよろしくな。オメガちゃん」
男は、そう言って椅子から立ち上がり、そしてこちらに手を差し出してきた。
あぁ、そうだ。
こういう時は、確か───。
「……うん」
……俺は、小さく頷いて。
その差し出されたセルグの手を、そっと握り返したのだった。




