第26話 想わない
「私は……オメガ」
目の前のその男、セルグからの質問に俺はそう答えた。
「っ! そうか、オメガちゃんか、いい名前だね。……お母さんか、お父さんが付けてくれたのかい?」
「……? ……知らない」
男は、俺を『オメガちゃん』と呼んだ。
それは、印象的に、自身と比べ相手を随分と下に……いや、幼く見ている時の感覚だ。
セルグには、俺が”少女”に見えているのだろうか……。
「……質問。……あなた、には。私がどう見えてる?」
「えっ?」
突然の質問に、男は一瞬驚いたような顔をした。
しかし、直ぐに緩い表情を取り直して……
「そうだなぁ──どこかの、良いところのお嬢さん、に見えるかな」
と答えた。
「? ……良い、ところ?」
「あぁ、そうだ。嬢ちゃんは派手で綺麗な服を着ているし、確かに全身真っ黒なんて珍しいとは思うが……ただの村娘にしては、見た目も髪も整っている。それに、君のその少々暗すぎる瞳も、まあ何というか──特徴的、ではあるが、どこか不思議な魅力のある女の子に見えるよ」
更に、男はそう続けた。
……なるほど。
つまりこの男には、俺はどこにでもいるわけでは無いが、どこかに居ても不思議では無い少女に見えている……ということらしい。
今のこの服装に関しては、森を歩くには不適切であると、違和感を持たれても仕方がないと思う。
けれど、それを加味しても少なくともセルグには俺が”警戒すべきでは無い相手”、として映っているようだ。
──それが分かれば、それで十分。
「……理解。……納得した」
「ははっ、それなら良かったよ。オメガちゃんは、少し変な話し方をするんだね。……さて、それじゃあ次の質問だ。確か君は、自分がどこから来たのかわからないって言ってたよね?」
────。
話し方が、変?
……きちんと会話が成立するように、思ったことをそのまま言ってるだけのつもりなんだが……。
「……肯定。分からない」
「それは、つまり自分の家への帰り方が分からないってことであってるかな? 君の住んでいたところがどっちにあるかも、全く分からないかい?」
「……肯定。……帰り方も、方角も、分からない」
事実である。
俺は、気付けばこの森の、あの湖に居た。
故に、ここから元々住んでいた家の方角など、分かりはしない。
「……。──! 待てよ、”これ”はもしかして……。……オメガちゃん。答えづらいのなら、それでも構わない。でも、出来ることなら正直に教えて欲しい────君は、今自分の家に帰りたいと思うかい?」
「──。」
男は少し間を置いて、そう質問してきた。
……そして、俺はそれを聞いて、僅かに回答に詰まった。
……そういえば、考えてもいなかった。
俺は元々、あの湖で意識を取り戻してから、ここがどこなのかとか、一体何が起きたのか、それらを確かめるべく……情報を得るために、ここまで川を下ってきた。
だが、その間に。
たったの一度も、ほんの一瞬すら、”家に帰りたい”などと思ったことは無かった。
──あぁ、なるほど。
俺は、こんな簡単なことに、今まで気づけないでいたのか。
それどころじゃ無かったから?
考える必要が無かったから?
意識しなかったから?
……いや、違う。
そもそも、そんな発想が無かったんだ。
その思考自体が、俺には存在していなかった。
これまでは、それを疑問に思う事さえ、想わなかったから────。
……なんだ。
もう、あの場所に────”帰らなくてもいい”のか。
「──否定。……全く、思わない」
男の質問に、俺はただ静かにそう答えた。




