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異質なその者は、世界の常識を改変する。  作者: 久米鱈 鯛子


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第25話 満腹


 パンを食み。

 肉を齧り。

 スープを啜る。


 俺は、食事を続けていた。


「────いっぱい、食べた。……満腹」


 そうして俺は、パンを計四個。肉を二枚半。スープを三杯、摂取した。


 結果訪れていた飢餓は完全に鳴りを潜め、久しぶりに満腹感を味わっていた。



 ──そして、同時に。やけに思考がクリアになったように感じた。


 視界が開け、より色彩がハッキリして見える気がする。


 否、眼だけではない。


 視覚、嗅覚、触覚、味覚、聴覚……あらゆる感覚が研ぎ澄まされ、一瞬毎に膨大な情報が頭の中に入ってくるようになった。


 視野、匂い、音、感触、味。

 この空間に存在するそれら全てにおいて、その一切を俺は認識できていた。


 加えて、全身から活力が漲っている、実感があった。


 今なら、あの川をどれだけ長い距離でも辿って行けそうだ──。


「おぉ……嬢ちゃん、本当にいっぱい食べたな……満足出来たなら良かったよ」


 俺がそんなことを考えていると、いつの間にか目の前の椅子に座っていた男が、そう言った。



 ……?



 ……よく見ると、彼の前には俺と同じように、空になった皿と器が置かれていた。


 どうやら、男もまた一緒に食事をしていたらしい。


 食べるのに夢中で、全く気が付かなかった。


「肯定。……満足した」


「そうかそうか。……さて、じゃあお嬢ちゃん。お腹がいっぱいになったところで早速なんだが──色々、おじさんに聞かせてくれないかい?」


 男は、柔らかい声音を変えぬまま、そう言った。


「……? 聞かせる? 何を?」


「そりゃあ勿論、君のことについてだよ」



 ──俺に、ついて?



 ……。


 ……はて、この男は何を言っているのか。


 先程、俺は聞かれた通りに、自身の現状について明かしたはずだ。


 森で迷い、そして腹を空かせていたと。


 それ以外に、一体俺の何を知りたいというのか……。


「……疑問。もう言った。……私は道に迷ってて、お腹が空いてた」


「え? そりゃあまあ、それはさっき聞いたけど……んー、そうだな……。──よし! 分かった。まずは私のことから話そうか」


 男はそう言うと、指を絡ませた両手を机の上に置き、軽く身を乗り出した。


「──私は、名前をセルグという。歳は42。この()()()()()()()に、かれこれ……二十年以上は暮らしている男だ。普段は猟師をしていて、森で捕った得物を偶に街まで売りに行ったりして生計を立てている」


 男は、【ヴェルデグ深林】という言葉を口にした。


 ……もしかして。それが、この広大な森の名なのだろうか……。



 それに、”近くの街”とも言っていた。


 ということは、やはりあの川を下ってきたのは正解だったということだ。



 ────近くに、人間の居る街がある。



「趣味は家具作りと裁縫だ。こんな場所だからね、基本的に必要なものは自分で作って用意するんだよ。好物は兎の肉と赤い果実で作った酒、どっちもあまり手に入らないがな……まあ、こんな所だ」


 男は、ベラベラと自身の個人情報を話していた。


 ……やはり、この者は危機感というものが欠如しているらしい。


 いや、そもそもそういう発想が無いのだろうか。


 今の俺を見て、そこまでの警戒をするに値しないと思っているのか……。



 ────?



 ──そう言えば、この男には、俺が”どう見えている”のだろう。


「さて、次は嬢ちゃんの番だ。話せることからでいいから、ゆっくりおじさんに話してみてくれないかい?」


 男はそう言って、私についての情報を再度要求してきた。


 本来であれば、素性の知れない相手に自身のことをベラベラと話すべきでは無いのだろうが……。


 ……いや、たった今素性は知った男になったか。


 名前を、確か……セルグ、と言ったな。


 それに、このセルグは自分の食事を俺に分けてくれたらしい。


 であれば、それに似合っただけの回答は用意すべきなのかもしれない。


 うーん、とは言ったものの……。


「……回答、困難。……なんて言えばいいのか、分からない」


「……自分からは話しづらいかな? ……なら、私から質問をしてそれに答えるのはどうかな。まず、君の名前は?」


「────。……私は、オメガ」


 男に名を聞かれ、俺は一瞬戸惑った。


 それは純粋に、何と答えればいいのか迷ってしまったからだ。


 ……だが、少し迷った末に、俺はそう答えた。



 ────今の俺は、ただの【オメガ】なのだから。


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