第23話 飢エル
先程、出会ったばかりの男に手を引かれ、俺は森の中を歩いていた。
……しかし、その足取りは、かなり危なげなものだった。
俺は大きくなり続ける空腹感から、思わずフラついていた。
地が天に、天が地に。
ぐらぐらと、視界が揺らぐような感覚。
はぁ、はぁ、と息を切らし、心からナニカを渇望している。
口内には”黒く濁った”唾液が溜まり続け、溢れたそれが口元から滴り落ちた。
……疼く。
……空ける。
……欲してる。
乾く。
減る。
薄くなる。
遠のク。
ぼヤける。
散る。
飢エル。
無くなル。
キえる……。
……食べたい。
食べたい食べたい、食べる食べタ食ベたイ食ベテ食べタベた、食べる食べッて食べヨウただ食べテ──。
────オナカ、スイタ。
「──ほら、着いたよ。ここが私の住んでいる山小屋だ」
……声ガ、シタ。
シャベッタ、ソレガ。
何、デモ……何デモ、イイ……。
早ク、早ク────食ベナキャ。
……メノマエノ、コノ肉ヲ。
「待っていなさい、直ぐに食べられる物を持ってくるからな……ッ!? だ、大丈夫か、お嬢ちゃんっ!?」
ソノ、動ク肉ガ。
ワタシヲ、見タ。
太クテ、丸クテ……大キイ。
──美味シソウ、美味シソウ美味シソウ。
「そ、そんなに涎を垂らすほどお腹が空いてたのか……そうだ、一先ずこれを食べなさい!」
……何カ、出サレタ。
柔ラカイ。
乾イテ。
良イ匂イガスル。
──コレ、食ベテ、イイノ?
「ハァ……──ングッ!」
噛ミ付イタ。
齧ッテ、食ンデ、飲ミ込ンダ。
噛ム。
噛ム。
飲ミ込ム。
噛ミ付ク。
噛ム。
噛む。
飲み込ム。
噛む、食ム、食ベ、る────もぐ、もぐ……。
「──! ……これ、美味しい……」
……気付けば、俺の手には乾いた肉のようなものが握られていた。
これは……干し肉、というやつだろうか。
思っていたより臭みがなく、噛めば噛む程に肉の旨味を感じる気がする。
……悪くは、無い。
食べられないことは無い。
少なくとも、栄養摂取には十分な味だった。
「おぉ、そいつはよかった。お嬢ちゃん、本当にお腹が空いていたんだな」
俺は、何だかんだ思いつつ、夢中でそれを喰らっていた。
すると、いきなり誰かが声を掛けてきた。
……あぁ、さっき森で会った男か。
どうやら、この乾いた肉の塊は、この男がくれた物らしい。
「……? うん」
「そうかそうか。そりゃあ、空腹のあまりこんな小石を食べようとしてたくらいだからなぁ……」
「……肯定。……凄く、お腹空いてた」
「ははっ、そうみたいだな」
そう言って笑いながら、男は先程まで俺が持っていた小石を適当に投げ捨てた。
あぁ……なんて勿体ないことを。
まだまだ、腹の疼きが収まらないというのに。
「……要望。……もっと食べたい」
「おっと、もう食い終わったのかい? しかし生憎だが、干し肉はそれしか残ってなくてな……悪いが少し待っててくれ、直ぐに食べ物を作ってくるからな」
「? ……わかった?」
男はそう言って、そそくさと小屋の中へ入って行った。
食べ物を作るから、待ってろって……何故だ?
……。
──っ!
──家だ。家がある。
木造の、そこそこに大きめな人工建造物。
その中に、男は当たり前のように入っていた。
木々が生い茂る森の中にポツンと立つ、自然界では異物なそれ。
……そう言えば、男が先程『自分は小屋に住んでいる』みたいなことを言っていたっけ。
という事は、ここがあの男の住処なのだろうか。
「……疑問。……あの人、誰?」
干し肉を食べたことで、俺はほんの僅かに腹空きが解消された。
しかしその結果、脳が正常に動き始め、事態の変化を呑み込み始めた。
……あの男は、この場所に長いこと住んでいるようだ。
それはこの周囲を見れば、何となく分かった。
本人は小屋と表現しつつも、中に二、三部屋はありそうな家屋。
煙突があり、建物の入り口の前には薪を割った形跡がある。
近くには何かを乾燥させるための板や、焚火の跡、木で出来た椅子や机などが散乱している。
そして、俺が立っていた場所を含め、その付近の地面にだけ草が生えていなかった。
……そこそこの期間、人がここで生活していた証拠だ。
……だが、では仮にあの男の言っていたことが事実だとして──何故、向こうから声を掛けてきたのだろうか。
しかも、敵意や害意のようなものは感じなかった。
その上、俺を大事な住処まで連れてきて……先程は、食事までくれたらしい。
──どうして、見ず知らずの相手に、そんなことをするのだろうか?
……。
……。
「──っ! ……スン、スン……いい匂い……」
そんな事を思考しながら、俺は小屋の周りをうろついていた。
……すると次第に、どこからともなく良い匂いが漂い始める。
これは、食事の匂いだ。
何かが焼けるような、香ばしい香り……。
「……思考。一旦……終わりっ! また、お腹空イて、来タ…………じゅるっ」
──まるで、蜂が花の蜜の香りに誘われるように。
俺は、またしても訪れた耐え難い空腹の末に、その木の家の中へと吸い込まれていったのだった。




