第22話 会話
「……微、肯定。……道にも迷ってる」
俺は、手に持った石ころをそのままに、男にそう言った。
……その者は、突然現れた。
空腹感に堪え切れなくなった俺が、岩に座り食事をしようとしていた際に。
唐突に森の茂みから声を掛けられ、「こんなところで何をしているのか」とこちらに近づいてきたのだ。
「道に迷ったって……そんな派手な格好で、か……?」
「──うん」
……男は、恐らく訝しんでいた。
俺を見て、こちらの身なりや姿を、軽く凝視している。
頭のてっぺんから、足のつま先までを、ゆっくり──ゆっくりと、眺める。
その視線は終始不思議がっていて、それでいて僅かに警戒心を孕んでいた。
────?
……いや、しかし。
たった今、その考えは揺らいでいるようであった。
「うんって……じゃあ、自分がどこから来たのか分からないのかい?」
「うん」
「……なら、他に人は? 誰か一緒に居なかったの?」
「……うん」
「そ、そうかい……」
つい、ほんの数秒前まで、男は俺を怪しんでいた。
森の中で、その場にそぐわぬ恰好。
しかも飢餓に呑まれ、石を食べようとしていた女だ。
警戒して当然、怪しんで当然、疑って当然……。
──しかし、男は何故か、その当たり前の思考を早々に放棄してしまったようだった。
どうしてか、理屈は分からない。
分からないけれど……たった今、その者から向けられる視線は、疑心に満ちたものではない気がする。
むしろ、それは──”慈愛”に近いような気さえした。
俺の姿を見て、侮ったのか。
或いは、こちらの境遇を知り、哀れんだのか。
はたまた、会話が成立すると分かって、安堵したのか。
……その理由は、分からない。
だが、一先ずその男がこちらに対する『警戒』を緩めたことだけは、事実であった。
「はぁ……とにかく、女の子がこんなところに一人で居たら危険だ」
男は、再度こちらに近づいた。
その距離は、手を伸ばせば互いに触れられる位置で。
そして、岩に腰かける俺に目線の高さを合わせるように、その場にしゃがみ込んだ。
「……危険……?」
「そうだとも。……この森には、凶暴な野生動物も多い」
男の発声は、至極柔らかいものだった。
声質の太さ、音の高さに似合わない、まるで子供に語り掛けるかのようなもの。
……だが、その話している内容については、少々思うところがあった。
危険な、動物?
確かに、野生に生息する生き物というだけで、少なからず危険はあるだろうが……。
──ここでは、比較的大人しい生物しか見かけなかった。
「……否定。……危ない動物は、居なかった」
「……あぁ、それはきっと運が良かったんだね。しかし、森の生き物を甘く見てはいけないよ」
「……。」
「──それに、もっと奥の方では大型の”魔獣”も出る。……どちらにせよ、早めにここを離れた方が良い」
男はそう言うと、屈みを解消し立ち上がった。
そして──
「……ついてきなさい。私が住んでいる小屋まで案内しよう」
と、こちらに軽く手を差し出した。
……その手には、手袋が嵌められていた。
しかも、それには少しばかり汚れが付いている。
湿った土、赤黒い染み、くたびれた皮……。
「……ん? どうかしたのか?」
「……疑問。……手、汚れてる」
「え? ……あぁ! そうかそうか、そうだね確かに……すまない、私はこの森で狩猟をしながら暮らしているから。どうしても、こうやって手が汚れてしまうんだ……」
慌てたように言葉を並べる男は、僅かに赤面していた。
恥ずかしがっている……の、だろうか?
……けれども男は、そそくさと引っ込めてしまったその手に嵌っていた手袋を外し、再度こちらに差し出してきた。
「……ほ、ほらっ、これなら大丈夫かな? この森を君のような子一人で歩かせるわけにはいかないからね」
「……。」
突き出されたその手を見て、俺は考えた。
これは……握れ、という意味だろうか。
この森に、自分を一人にしておけない……だから手を差し伸べ、俺を助けたいと……?
「……希望。ちょっと待って」
「え?」
「……私、お腹が空いてるの。──だから、食べたい」
仮に、男がそれを望んでいたのだとしても。
どちらにせよ、ここから動くのであれば私には動力源となる『摂取』が必要だった。
だからこそ、俺は再び自分で持っていた小石に視線を落として──。
「……あぁ、勿論何か食べさせてあげるとも。その様子だと長らく森を彷徨っていたようだし、凄くお腹が空いているだろう?」
……男はそう言って、その小石ごとこちらの手を掴んだ。
そして、引っ張り上げられ、半ば強制的に立たされる。
────あぁ……オ腹、空イテタノニ……。




