第21話 遭遇
「……空腹。……お腹、空いてきた……」
恐らくは昼下がり。
俺は、何度目になるか分からない空腹感を感じていた。
巨大猪と別れて以降、俺は引き続き川を辿っていた。
しかも、その川幅は最初に比べると数倍ほどの大きさになっていて、流れも比較的穏やかになっていた。
目測ではあるが、随分と下ってきたのだろう。
それこそ、景色や生態すら変わるほどに。
……されど、ずっと変わらないものがあった。
それは、数時間おきに訪れる圧倒的な食への渇望だ。
これまでの道中では、俺はそれを感じる度に近くの小石を食していた。
また、時には少し気分を変えようと、その辺りの大木に齧りついてみたこともあった。
ともかく、俺は幾度訪れる飢餓感に対抗するために、ひたすら希望の下それらに歯を立ててきた。
──そして、それは生きた森に入ってからも変わらなかった。
確かに、以前に比べ周囲では動植物の気配が溢れかえっている。
その気になれば、もしかしたらそれらを捕獲し食すことが出来たかもしれない。
……けれども、俺はそれらを実行しなかった。
その理由は、至極単純であり……非効率すぎる行動であるからだ。
逃げ回るであろう動物を捕らえ、或いは食べられる植物を探し、それらを調理等して食べられるようにする……論外だ。
何故、すぐそこに食べられる物があるのに、別の物を求めるのか。
今の目的は、食を楽しむことでは無い。
行動を継続する為に、活動源を確保することだ。
「……ここ、座れそう」
……だからこそ、俺は変わらずそこらで入手した岩片や木片を摂取していた。
此度の食事も、たった今拾った小石である。
「希望。……これは食べられる。美味しい」
小さく呟き、”希望”を口にした俺は、早速それを食そうとしていた。
長らくの活動で、既にかなりの空腹と疲労に似た何かを感じている。
早く、何か食べなケれば……。
そう思った俺は、軽く口を開いた。
そして、手に持っていた小石を、そのまま口内へ運ぼうとして────。
「──にッ!?」
──刹那、突然誰かの声が聞こえた。
それは、俺の座っていた岩のすぐ近くの茂みの方で。
少し野太い。けれど、野生動物よりは遥かに明確な、意味のある発声が。
「……?」
それを不思議に思った俺は、ゆっくりと後ろを振り返った。
──すると、そこには人が立っていた。
否、正確に人間かは分からない。
けれども、確かに四肢の肉がある、人の形をした生物がそこには居た。
「ッ! さっ、さいのが珍おる……」
その者は、こちらに視線を向けたまま何かを発していた。
……一見すると、それは人間の男のような見た目をしていた。
少し紐が解れてはいるが、山に適した厚手の装備。
植物を編んだ帽子を被り、首元に布をかけ、手には皮の手袋を嵌めている。
──少なからず、この森という環境に慣れているであろう、姿恰好をしていた。
「な、な嬢ずぅに……ずぽ?」
またしても、その者は何かを口にした。
しかし、その視線は……真っ黒な装束。
森の川辺で岩に座り、片手には小石。
そして、今からそれを食べようとしていた──こちらを向いて。
「うーん……誤解、されそう……?」
一先ず、状況説明をすべきだと俺は思い立った。
本来、当たり前のことだが、人は石を食べたりしない。
それに、こんな森の中で少女が一人で居るのも不自然だ。
おまけに、何となく発音は分かるが、互いに言葉が通じていない……。
「──切望。取り敢えず……”話したい”」
先程、この男は『言葉』らしきものを発していた。
それに、決して軽装では無い服を着て、こちらを警戒しつつも観察している辺り……知性の無い獣ではないだろう。
であれば、互いの言葉の意味さえ伝われば、少なくとも対話が可能なはずである。
そう考えた俺は────そうなることを、切に、望んだ。
「……な嬢ずぅに、今らく言ぁを──うや、かれよりも、こんな所で一人で何を……?」
──うん、よかった。
これで、このおじさんと『会話』が出来る。
「それに、その手に持っているのは……小石? ……もしかして、お嬢ちゃんお腹が空いているのかい?」
男は、そう言ってこちらに近づいてきた。
この者には、警戒心というものが無いのだろうか……。
しかし、一先ずこれで相手の言っていることが分かる。
それに、こちらが話す言葉も分かってもらえるはずだ。
……けれども、それはとして俺は、相手に何と返事をすれば良いのか少し悩んだ。
状況を説明するにしても、どこをどこまで、どれだけ話すべきなのか……。
「……。──微、肯定。……道にも、迷ってる」
そう思考した俺は、取り敢えず。
今、一番伝えるべきだろうことを口にした。




