第19話 生物
再び夜が明け、朝の陽ざしが差し込む森を、俺は進んでいた。
周囲には色が溢れ、これまでの景色とは文字通り一線を画していた。
否、変わったのは見た目だけではない。
ほのかな草木の匂いや、花の香り。
時々川のせせらぎに混ざって、鳥や虫たちの鳴き声が聞こえてくる。
更に、木々の隙間から見える日の光が色のある大地や葉に反射しているからか、今までより僅かに気温が上がった気さえした。
──俺は今、森の中を歩いているのだ。
相変わらず、川だけは所々黒く染まっていた。
しかし、それも長らく流れているからか、少しずつ透明な部分の割合が多くなっているような気がした。
これまで、水に混ざり切らない油分のように浮いていた穢れ。
それらが、今となっては流れの緩いところに留まって、黒い固形物のようになっている。
「……今までと、全然違う……生き物の気配も、沢山感じる」
しばらく歩いた後、俺は思わずそんなことを呟いた。
動物、植物に問わず。
生きた『生物』というものが、そこかしこで息づいているのを感じていた。
……。
……。
……!
──そんな中で、俺は一際大きな気配を放つ、”ソレ”に遭遇した。
「フゴッ、フゴッ……」
──それは……例えるなら、”大きな猪”だった。
小型の車ほどの大きさ。
口元に二本の牙を生やしており、鼻を鳴らしている。
……?
……それに、よく見るとその猪の額には、小さく艶やかな質感の石が埋まっているようだった。
どこかで転んでしまったのか。
もしくは、何かにぶつかった時にでも嵌ってしまったのか……。
ともかく、そんな大型の生物が、のっそのっそと俺の前に歩いてきたのだった。
「──フッ」
「……!」
「フゴッ……ズ、ズズズっ……」
「……?」
……しかし、その猪はどういうわけか、こちらに全く反応を示す様子が無かった。
一瞬、こちらを見た気はする。
けれども、だから何だとでも言いたげに、そのまま川の方へと歩いて行った。
そして、ズソズソと音を鳴らしながら水を飲んでいる。
うーん、おかしい……。
通常の野生動物であれば、人間を見かけたら逃げ出したり、逆に襲ってきたりなどしそうなものだが……。
もしかして、眼が悪いのだろうか。
だから、こちらの存在に気付いていないだけなのか……。
「……提案。……不思議に思うなら、試してみればいい」
これまでだって、俺はそうしてきた。
考えても分からぬことを考えるのは、時間効率の悪いこと。
だが、試して分かるかもしれないのなら、それこそ一瞬の迷いもなくそうしてみるべきなのだ。
情報の得られる相手が、何も知性のある生物だけとは限らない。
今までは、生き物に会う事さえ叶わなかった。
だからこそ、今その対象を前にして、試行しない理由など無い。
そう思考し、判断した俺は即座にその猪へと近づいた。
ヤツは、変わらず一部黒ずんだ川に鼻先を沈めていた。
そこへ一歩、また一歩と、俺は近づく。
……そして、あとはもう手を伸ばせば触れられる距離にまで、辿り着いた。
「……疑問。……こんなに近づいても気付かないの? 不思議」
そう思った俺は、ためらわず手を伸ばした。
水を啜るために下がっていた、猪の頭に向かって。
──サワッ。
……っ!
……。
──ナデ……。
……!
────。
……ナデ、ナデ……。
……ナデナデ。
……。
──その猪は、思っていたよりも撫で心地が良かった。




