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異質なその者は、世界の常識を改変する。  作者: 久米鱈 鯛子


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第14話 朝焼けに照らされて


「ア˝ー、アァァアー!! ガ、んゅ……」


「は、ぁ……お、落ち着いて、リーシェる! はぁ…ダメ! そんナに、掻いたら……!!」


 どこからともなく現れた、髪の短い方の耳の尖った女が、『発狂』を始めた。


 のたうち回り、転がって。


 と思えば叫んで、ガタガタと歯を震わせ……そのまま、女は自分の身体を血が滲むまで掻き毟る。


 また、そんな奇行を繰り返す女をもう一人の女が無理矢理止めようと両手を掴んだ。

 が、既にその行為にあまり意味は無いようだった。


「りーィ、シェル……リーシェル! 気をしっかり持って! あなたは、エルフ族の戦士でしょ……」


「ウ˝……さ、ァイ……ウ、うルサイッ!!」


 羽交い締め、覆い被さり、組み伏せる。


 そして、まるで押し倒すように雪崩れた二人は、地面の上で縺れ合っていた。


「ウる、さい……ウルさイ、煩イ、うル、サ……ウザイッ!! ──オマエは、いつもそうだッ! 私のやるコ、ことに……いちいち、口を挟んデっ!!」


 深い狂気に染まりながら、女は叫ぶ。


 唾を飛ばし、暴言を吐き捨て、醜く暴れていた。


 その過程で、その者は思いっきり身を捩り、上に乗っかっていたもう一人の女を振り払った。


 結果、拘束から解放された叫ぶ女は、もう一人の女の頭と髪を掴み、それを川の底へと押し込んだ。


「シね、死ネ、ジネっ!! おまっオ前、なんガ……!!」


「なに、を……ガッ! ボッ……ぶ……」


 陸上生物であれば、呼吸器官を水中に浸されるだけで窒息状態に陥る。


 それは、この異様な行動を取る女たちも例外ではなかったようで、黒く変色した川に頭を突っ込まれたその者は酷く苦しそうであった。


 突然のことに困惑し。

 されど空気を求めて暴れる。


 身を捻って。

 手と足をバタつかせ。

 頭を押さえつける相手を掴もうとする。


 どうにか掴んだ体の一部を引っ掻いて。

 肉を抉って。

 何とか解放されようと藻掻く。



 ……バシャバシャ!



 ……バシャバシャ。



 ……バシャ、バ……シャ……。



 ────。



 …………チャポン。



 ……そうして、しばらくすると片方の女は静かになっていた。


「はぁ、ハァ、はァ……!! や、やッだ、このムカつく奴を殺してやッた──!!」



 ──それは、恐らく『歓喜』だったのだと思う。


 川から立ち上がったその者は、確かに身を震わせていた。


 そして両手を天にかざし、何やら聞き取れない言葉を呟いている。


 たった今、自ら同種と思われる女に手を掛け、その上で彼女の身体は踊るように揺れていた。


 ……だから、それはきっと喜びというものなのだろう。


 幸福を享受し、彼女は歓喜していた。


 

 ……全くもって、理解不能。




 ────。




 ──。




 ────グサッ。




 ……だから、だろうか。


 いや、寧ろ、だからこそと言うべきだろうか。


 この頭の狂った女は、今理解しがたい喜びを得ていた。


 ──だから、こそ。()()()()()()()、もう一人の川底の女に気付かない。



「ゴホッ! ……はぁ、はぁ……──おイ。良くもやってくれたな、このクソ女」



 フラフラと舞踊る女を前に、先程川に沈められた女は相手の胸を突き刺した。


 あれは確か、彼女が背中に背負っていた、矢筒の中身だったはず。


 棒の部分を片手で握りしめ、擦れる矢じりの先端に構うことなく、標的の心臓部を背後から狙っている。


「──ァ……エ?」


 刺された女は、何が起きているのか分からない様子だった。


 しかし、その者は自身の状態を認識するよりも前に、そのまま白目を向いて倒れたのだった──。


「ハァ、は、ァ……キモいんだよ、お前モ……」


 最後に、取り残された女はそう吐き捨てた。


 ……しかしその身体は、川の水に濡れ、僅かに肌が黒ずんでいた。


 もしかして、先程の溺死寸前の過程であの川の水を飲んだのだろうか。


 ──その証拠に、呼吸の絶え絶えになる彼女の口からは、黒く濁った液体が垂れていた。


「……ァ、ウ──」


 ふらつくその者を見ていると、小さく何かを囁いた。


 しかし、はっきりしない呂律が故に何と言ったのかは分からない。



 ──そうして、結局その者もその場に倒れ込んだ。



 身体が仰向けて、頭の一部が川に浸かっている。


 思いっきり倒れたからか、流れる水に触れていた部分が少し赤く染まっていた。


 しかし、それ以前に彼女は口から泡を吹いているようで、恐らくそのうち事切れるのだろう。


「────。」


 再び、静かになった森の中で俺は辺りを見渡した。


 近くには、散々騒いだ挙句倒れた女と、その女を刺した後同じように倒れた女。


 相変わらず聞こえてくるのは川のせせらぎだけで、先程の爆炎で僅かに焦げた木々の臭いと、嫌になるような金属っぽい匂いが鼻腔を擽った。



「はぁ……。──で。一体、なんだったの?」



 その場に取り残された俺は、一人そんな疑問が湧いていた。



 ……空の彼方の方が、少しずつ光を帯び始めている。


 少し前まで天を覆っていた星々は、気が付けば徐々に鳴りを潜めていった。



 ────もうすぐ、夜明けである。


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