第13話 発狂
「────『ファイ=ブレイズ』っ!!」
俺と女との対話の最中、側方の茂みは熱を帯びた。
暗い森を明るく照らすように、轟々と揺れるぼやけた光。
──それが、丸く纏まった炎の塊であると気が付いたのは、自身とソレとの距離が僅か数メートルにまで縮まってからであった。
「伏せてっ! リファーア!」
「ッ!」
眼前にまで迫った、炎の揺らぎ。
冷えた空気を押しのけ、軽やかに、されど堂々とした足取りで進む。
そのまま、火の塊との距離が縮まる程に、ソレが発する熱を感じた。
焼ける、溶ける、焦がす。
その熱が、そのまま肌を舐めるように、伝わって────ボッゴォ!!
「──っ」
……直後、俺はその業火をこの身で受けた。
避ける動作すら見せず、観察途中での邂逅。
そうして着弾した猛火は、対象に触れたことを喜ぶようにこれ見よがしに勢いを増していった。──その様相は、もはや『爆炎』である。
「ッ……リーシュル! 何で、いきなり炎魔法なんて……」
「はぁ!? 何言ってるのッ! あんたも見たでしょ、この得体の知れない奴から溢れ出した異常な瘴気を!」
付着した火炎は、尚も燃え続けている。
全身を炙り、熱を放出し、留まっている。
空気を焦がし、水分が乖離し、無へと還していく……。
「あんな化け物に普通が通じるわけないでしょ!? ッ……ていうか、リファーア。よくこんなのと面と向かって……ぐ、ぅ……とに、ッかく! ここを一刻も早く離れるの、いい……!?」
ゴウゴウと、音を放つ。
メラメラと、揺らめき立つ。
パキパキと、足元を崩す。
……はぁ。────熱いし、邪魔だなぁ……。
「は、離れるって……アレはどうするのっ? このまま放っておくなんて……」
「っ、ア……えぇ、ナに? ……いや、あンなの、私たち二人だけじゃどうすることも出来ないから……それよりも、すぐに村に戻っテ森の異変の原因をみんなに伝えナ、ナ……いと……」
「? ……どうしたの、リーシェル…?」
邪魔なら、退かさないと。
眩しいなら、堕とさないと。
熱いなら、冷やさないと。
────だから、火は消える。
そう決めると決めたんだから、そう決まった。
「「っ!!?」」
直後、俺は身を翻した。
軽く、全身に纏わりついた鬱陶しい火を、払うように。
──そして、身体からより多くの靄を解き放った。
今、自分を形作るその『穢れ』を、出来るだけ多く。……この黒い霧のようなものをいっぱい出せば、周囲の温度が下がる気がしたから。
「なっ!? ……そんな、私の魔法が効いてないなんて────ダッ、ァ…」
増やし、膨らみ、及ばせる。
自分を大きくし、晒け出し、露出する。
それは、この世界に対して自分という存在を押し広げるように。
そして、同時に今ワタシはここに居るという、証明をしているのであった──。
「っ!! ……だ、大丈夫リーシェル、しっかりして……!」
──俺は、突如自身を襲った炎の塊の勢いを鎮めるため、身体から漏れ出す黒いソレをより多く放出した。
そして、その結果知らぬ間に周りの熱も一緒に奪い去ったようで、辺りは少々ひんやりとしていた。
……けれども、俺がそれらを感じていた過程で、突然女たちが叫び声を上げた。
それに気づいた俺は、その声のした方をゆっくり振り返る。
すると、そこでは先程俺に矢を放ってきたと思われる女が、もう一人の女に寄り添っていた。
──ん?
もう一人の、女……?
誰だ、こいつは。
最初に現れた女と同じように耳を尖らせた、比較的髪の短いこの者は……はて、いつからここに居たのか。
「リーシェル、リーシェル!」
「ァ……グ、ゥ……」
……それに、どういう訳かそのどこからともなく現れた女は、地面に突っ伏し苦しんでいるようであった。
下を向いたまま鼻からポタポタと血を垂らし、軽く体を痙攣させている。
膝を付き、自身の腹を抱きかかえ、声にならない喘ぎを漏らしている。
……いや、実際に漏らしているようだった。
「ゴっ……ボ。フォッ、ェエー…………!!!」
と思ったら、今度はその女が盛大に口から何かを吐き出した。
それは、薄い黄色をした異臭を放つ『液体』である。
だが同時に、その一部には黒い塊のようなものが混じっていて、所々赤く染まっていた。
……上からも下からもと、忙しいものだ。
それに、その女に添い寄るもう一人の者でさえ、彼女を見て「え、あ……」と引いている様子である。
「──ボッ、ご、ァ……アー、あ────アー! アーーッ!!」
────そうして、一通り吐き散らかしたその女は、遂に”発狂”を始めたのであった。




