旅の夜 ― 森の恵みと動く我が家 ―
盗賊騒動を無事に乗り越えたエリス達は、再び王都への旅を続けます。
旅には危険だけでなく、仲間達と過ごす穏やかな時間も欠かせません。
今回は、メルキオラが手掛けた魔導馬車の秘密と、旅の中での何気ない日常をお届けします。
それでは、第六章のひとときの休息をお楽しみください。
エリス達は再び王都へ向けて街道を進んでいた。
本来であれば、次に立ち寄る予定だったのは王都への途中にある交易都市アルフェリアだった。
だが、予定は少し変わった。
先ほど捕らえた盗賊達を、異空間に拘束したままいつまでも連れ歩くわけにはいかない。
そのため、一行は予定を変更し、この近くにある小さな町ベルハイムへ向かうことにした。
今いる場所からなら、翌日の昼頃には到着できる距離である。
「ベルハイムにもスイーツのお店あるかな?」
御者台でマリンが期待に満ちた声を上げる。
「小さな町だからどうだろう……」
エリスは苦笑する。
「でも、一軒くらいはありそうだよね」
「うん! きっとあるよ!」
二人はそんな他愛もない話をしながら街道を進んでいった。
途中、一時間ごとに休憩を取りながら御者を交代し、順調に旅は続く。
やがて日が傾き始める。
「そろそろ野営にしましょう」
クラリスの提案に全員が頷いた。
街道から少し外れた開けた場所へ馬車を停める。
するとメルキオラが馬車から降りた。
「では、野営の準備をします」
そう言うと魔道具を起動させる。
次の瞬間――
馬車と馬を包み込むように半球状の魔法障壁が展開された。
さらに障壁の外側は周囲の景色と同化し、まるで巨大な岩が突然現れたかのような姿へ変化する。
「すごい……」
マリンが思わず感嘆の声を漏らした。
「これなら見つかりにくいですね」
エリスも周囲を見回す。
「はい」
メルキオラは頷いた。
「外部からは大岩にしか見えません。それに防御結界も兼ねていますので、簡単には破られません」
「見張りは?」
ガルドが尋ねる。
「必要ありません」
メルキオラは穏やかに答えた。
「万が一、誰かが障壁へ攻撃を加えた場合は警報が鳴りますので、すぐに皆様へ知らせます」
「それは助かるわね」
クラリスが微笑む。
これなら交代で見張りを立てる必要もない。
全員が十分な休息を取ることができる。
「それじゃあ今日はゆっくり休めそうだね」
マリンが嬉しそうに言った。
その言葉に皆も笑みを浮かべる。
宿に泊まる時と変わらない快適な異空間。
そして外からは決して見つからない堅牢なシェルター。
メルキオラが作り上げた馬車は、もはや単なる移動手段ではなく、旅を支える「動く拠点」となっていた。
その為、野営地の準備そのものは必要なくなった。
メルキオラが作ったシェルターのおかげで、馬車を停めるだけで安全な寝床が完成する。
だが、食事だけは別だった。
保存食だけで済ませることもできるが、せっかく森の近くで野営をするのなら、新鮮な食材も加えたい。
水の心配はない。
メルキオラが作った魔道具からは澄んだ水が絶え間なく流れ出る。
馬車の異空間にはキッチンもあり、コンロやオーブンまで備えられていた。
リビングには温度を一定に保つ空調の魔道具も設置されている。
まるで宿のような快適さだった。
「それじゃあ食材を集めてきます」
カイルは弓を手に森へ向かう。
狙うのは野鳥や野ウサギなどだ。
「私達はキノコと山菜を探そうか」
エリスが言うと、マリンも笑顔で頷いた。
「うん!」
二人が外へ出ようとした時だった。
「お待ちください、エルシア様」
レオネリアとメルキオラが慌ててやって来た。
「そのようなことは私達が採ってきます」
「エルシア様に危険な場所へ行っていただくわけにはまいりません」
二人は真剣な表情だった。
エリスは少し困ったように笑う。
「二人とも、食べられるキノコと毒キノコの見分けはつくの?」
「…………」
二人は顔を見合わせる。
そして同時に首を横へ振った。
「申し訳ありません……」
メルキオラが肩を落とす。
「その知識はありません」
レオネリアも悔しそうだった。
「やっぱり」
エリスは苦笑した。
「それじゃあ一緒に行こう。荷物持ちお願いできる?」
二人の表情が一気に明るくなる。
「もちろんです、エルシア様」
「お任せください」
こうして四人は森へ向かっていった。
一方その頃――
異空間ではクラリスとミリアが夕食の準備を始めていた。
魔道具から澄んだ水を鍋へ注ぎ、乾燥肉を入れて火に掛ける。
乾燥肉は煮込むことで旨味が溶け出し、固い肉も柔らかくなる。
その間にクラリスは小麦粉を手際よくこね始めた。
生地を丸め、一つ一つ丁寧に形を整えていく。
「相変わらず手際がいいわね」
ミリアが微笑む。
「昔から作っていたもの」
クラリスも笑顔で答えた。
生地をオーブンへ入れると、しばらくして香ばしい焼き立てパンの香りが異空間いっぱいに広がっていく。
「いい匂い!」
その香りに誘われたように、マリンが勢いよく戻ってきた。
「まだ焼けてないわよ」
クラリスが苦笑すると、
「えへへ、匂いにつられちゃった」
マリンは照れ笑いを浮かべた。
駆ける足音が聞こえて来た
マリンを追うようにエリスも戻って来た。
「もう、マリンったら。パンのいい匂いがした途端、急に走り出すんだから」
少し呆れたように言うエリス。
その言葉にクラリスとミリアは思わず笑みを浮かべた。
「もうっ、恥ずかしいこと言わないでよ!」
マリンは顔を赤くしながら抗議する。
「だって本当のことでしょ?」
エリスがくすりと笑うと、マリンは頬を膨らませるしかなかった。
そんな和やかな空気の中、カイルが森から戻って来た。
肩には野ウサギを提げている。
「今日はこいつが夕飯だ」
そう言うと、慣れた手つきで野ウサギを捌き始めた。
しばらくすると、今度はルシアンとガルドも戻って来る。
二人の手には釣り上げた魚があった。
「思ったより釣れたな」
ルシアンが笑う。
カイルは捌き終えた野ウサギの肉をクラリスへ渡す。
ルシアンも魚を手際よく捌き、その身をミリアへ渡した。
クラリスとミリアは並べられた食材を見つめる。
「さて、何を作ろうかしら」
クラリスが微笑んだ。
「焼き立てのパンもあるし……」
ミリアも食材を眺めながら考える。
やがてクラリスは野ウサギの肉を細かく刻き、包丁で叩いてミンチ状にしていく。
魚の身も丁寧にほぐし、エリス達が採ってきたキノコを細かく刻む。
それらを獣脂でじっくり炒め始めた。
一方、ミリアは手際よくパイ生地を作っていく。
生地が完成すると、クラリスは炒めた具材を包み、一つずつ丁寧に形を整えた。
「これでよし」
オーブンへ入れると、しばらくして香ばしい匂いが異空間いっぱいに広がる。
「わぁ……!」
その香りに誘われるように、マリンがキッチンを覗き込んだ。
「まだかな?」
「まだよ」
ミリアが苦笑する。
「それよりマリン、食器を出して配膳の準備をお願い」
「はーい」
「私も手伝うね」
エリスも一緒に食器を並べ始めた。
やがて焼き上がったパイをクラリスが大皿へ盛り付ける。
「今日は『森の恵みの包み焼きパイ』よ」
テーブルへ運ばれたそれは、焼き色も美しく、香ばしい香りを漂わせていた。
「いただきます!」
全員で手を合わせる。
一口頬張ると、サクサクのパイ生地の中から、野ウサギの旨味と魚の風味、そしてキノコの香りが口いっぱいに広がった。
「美味しい!」
マリンが思わず声を上げる。
「本当だ……」
エリスも自然と笑みがこぼれた。
「旅の途中でこんな料理が食べられるなんて思わなかったな」
ガルドが感心する。
「全部この馬車のおかげね」
ルシアンも笑った。
レオネリアとメルキオラも満足そうに料理を味わっている。
「とても美味しいです」
「やはりクラリス様のお料理は素晴らしいですね」
二人の言葉にクラリスは少し照れくさそうに笑った。
食事を終えると、全員で後片付けを済ませる。
シェルターが展開されているため、夜通し見張りを立てる必要もない。
安心して休める夜は久しぶりだった。
「それじゃあ、おやすみなさい」
互いに挨拶を交わし、それぞれ割り当てられた部屋へ向かう。
王都までの旅はまだ始まったばかり。
静かな夜が、一行を優しく包み込んでいた。
最後まで読んで頂きありがとうございます
今回は戦闘から少し離れ、旅ならではの日常を描いてみました。
異空間やシェルターなど、メルキオラの魔道具によって旅の環境は大きく変わりましたが、それでも食材を集め、皆で料理を作り、食卓を囲む時間は変わりません。
エリスやマリンのやり取り、クラリスとミリアの料理、そしてレオネリアとメルキオラの少し過保護な一面など、それぞれの個性も描けた回になったと思います。
こうした穏やかな時間があるからこそ、その先に待つ試練や戦いもより印象深くなるのではないでしょうか。
次回は再び街道を進み、次の目的地ベルハイムへ向かいます。
引き続き、新たなる星座の旅路をお楽しみください。
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次回の更新は、7月9日18時を予定してます




