幕間 番外編 聖女のお忍びスイーツ作戦
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
今回は本編から少し離れた幕間・番外編です。
スタンピードを乗り越え、束の間の平和を迎えたセントポルで、エリスとマリンが「どうしても食べたかったスイーツ」を求めて街へお忍びで出掛けます。
果たして二人は、最後まで正体を隠し通せるのでしょうか?
本編では見られない、少しだけのんびりとした二人のやり取りをお楽しみください。
セントポルでのスタンピードから数日。
街には再び活気が戻り、人々の笑顔も少しずつ増えていた。
そんな昼下がり。
領主館の庭で、エリスはため息をついていた。
「どうしたの?」
マリンが尋ねる。
「この前食べられなかったスイーツ……やっぱり気になる。」
その一言で、マリンの目が輝いた。
「あっ! ドルチア!」
「うん。」
「王都へ行く前に絶対食べよう!」
「でも、そのままじゃ無理だよね。」
スタンピードの一件以来、エリスの顔は街中に知れ渡っている。
普通に歩けば、すぐ人だかりができてしまう。
「変装しよう。」
「賛成!」
二人は早速メルキオラの部屋へ向かった。
事情を聞いたメルキオラは呆れたように微笑む。
「……そのためだけに私を?」
「お願いします!」
「どうしても食べたいの!」
根負けしたメルキオラは収納魔法から魔道具を取り出した。
「こちらで髪色と瞳の色を変えられます。」
「ありがとう!」
「ですが一つだけ。」
メルキオラは真顔になる。
「能力だけは使わないでください。」
「もちろん!」
「絶対使わない!」
元気よく返事をする二人。
その背中を見送りながらメルキオラは小さく呟いた。
「……嫌な予感しかしません。」
⸻
変装した二人は無事ドルチアへ到着した。
誰にも気付かれることなく空いている席へ腰を下ろす。
店員が注文を取りに来ると、マリンは迷わず笑顔で口を開いた。
「ガトー・オ・フリュイを二つお願いします!」
ガトー・オ・フリュイは、ふわふわのスポンジ生地に口どけの良い生クリームを重ね、イチゴやキウイ、マンゴー、ブルーベリーなど、色鮮やかな季節のフルーツを中にも上にも贅沢にあしらった、この店自慢の人気ケーキである。
リンデンで初めてその美味しさを知った二人は、再び味わえると聞いて迷わず注文したのだった。
しばらくして店員がケーキを運んでくる。
皿の上には、宝石のように輝く色とりどりのフルーツが美しく飾られたガトー・オ・フリュイ。
思わず二人は目を奪われた。
「わぁ……」
「すごく綺麗!」
一口食べる。
「……美味しい!」
「これだよ!」
「王都でも絶対食べよう!」
二人は幸せそうな笑顔で夢中になっていた。
⸻
その時だった。
若い店員が紅茶を運びながら通路を歩いていた。
しかし、走ってきた子どもに気付いて足を止めようとした瞬間、体勢を崩す。
「しまっ――」
カップが宙へ舞う。
熱い紅茶が一直線に飛んでいく。
その先には、小さな女の子。
「きゃっ!」
母親が手を伸ばく。
だが間に合わない。
その瞬間――
エリスが立ち上がった。
「危ない!」
無意識に右手をかざす。
「──消えて。」
次の瞬間。
少女へ降り注ごうとしていた紅茶は、空中で跡形もなく消え去った。
残った空のカップだけが床へ落ちる。
ガシャン!
店内が静まり返る。
少女は無事だった。
「え……?」
店員は目を見開く。
「紅茶が……消えた?」
周囲の客も言葉を失っていた。
「そんな魔法……。」
「見たことがない。」
「空中から消えたぞ。」
一人の老人が小さく呟く。
「……まさか。」
その視線がエリスへ向く。
「聖女様では……。」
その一言で店内がざわつく。
「え?」
「聖女様?」
「確かスタンピードで……。」
「間違いない!」
マリンは固まる。
「エリス。」
「……うん。」
「やっちゃった。」
「やっちゃったね。」
二人は同時に立ち上がった。
「ご、ごちそうさまでした!」
代金だけ置くと、そのまま店を飛び出す。
「待ってください!」
「聖女様!」
「やっぱり聖女様だ!」
街中に声が響く。
「ばれたー!」
「だから能力は使わないって言ったのに!」
「でも、あの子が!」
「それはそうだけど!」
二人は笑いながら街を駆け抜けていく。
⸻
領主館へ戻ると、裏口にはクラリス達全員が待っていた。
「それで?」
クラリスが優しく尋ねる。
エリスは苦笑いを浮かべる。
「……ちょっと、ばれちゃった。」
「ちょっと?」
ルシアンが肩を震わせる。
「街中で聖女様って追いかけられて帰ってきたらしいぞ。」
ガルドは豪快に笑う。
「街の騎士から連絡が来ていた。」
メルキオラは額に手を当てる。
「ですから申し上げたではありませんか、
能力は使わないでください、と。」
エリスは肩をすくめる。
「ごめんなさい……。」
するとクラリスは優しく微笑んだ。
「でも、その子を助けたのでしょう?」
「……うん。」
「なら、それでいいわ。」
その言葉にエリスも笑顔になる。
マリンもほっと胸を撫で下ろした。
⸻
翌日。
ドルチアの前には長蛇の列ができていた。
店の入口には、新しい看板が掲げられている。
『聖女様も召し上がった ガトー・オ・フリュイ』
店主は嬉しそうに忙しく働いていた。
少し離れた場所からその様子を見ていたエリスとマリン。
「もう来れないね……。」
「うん。」
二人は顔を見合わせる。
「王都では絶対に正体を隠そう。」
「今度こそ!」
そう誓い合う二人だった。
――しかし、その誓いもまた、長くは続かないのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回はシリアスな本編の合間に、エリスとマリンのほのぼのとした一日を書いてみました。
……とはいえ、やっぱりエリスは困っている人を見過ごせませんでしたね。変装までしていたのに、思わず能力を使ってしまうあたりが、いかにもエリスらしいところです。
そして、セントポル一番のスイーツ店『ドルチア』は、思わぬ形でさらに有名店になってしまいました。
次回からはいよいよ第六章「王都への道」が本格的に始まります。
新たな街、新たな出会い、そして魔族の思惑が再び動き始めます。エリスたちの旅がどのような展開を迎えるのか、引き続き見守っていただけると嬉しいです。
これからも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。




