旅立ちの前夜 ― 水都に残る聖女の名 ―
セントポルでの出来事も、ついに終わりを迎えようとしていた。
通信機の引き渡し。
転移魔法陣の設置。
そして王都へ向かうための準備。
短い滞在の中で、多くの出会いと戦いを経験したエリス達。
旅立ちを明日に控えた夜、水都セントポルでは最後の送別会が開かれる。
エリス達は王都への旅に向けて着々と準備を進めていた。
残るのは通信機の配布と転移魔法陣の設置のみである。
通信機は既に完成していたため、メルキオラは転移魔法陣の設置へ取り掛かることにした。
まずは設置場所を決める必要がある。
そのためメルキオラはヴァルディスの元を訪れた。
しばらく話し合った結果、設置場所は城の訓練所に決まった。
騎士達が常に利用する場所であり、緊急時にも素早く連携が取れるからだ。
「ここなら問題ありませんわ」
メルキオラは頷くと、早速作業を始めた。
複雑な魔法陣が地面へ刻まれていく。
やがて最後の魔力を流し込むと、魔法陣が淡く輝いた。
「これで完成ですわ」
そう言ってメルキオラは二つの腕輪を取り出した。
「こちらをお受け取りください」
ヴァルディスとセレフィーナが腕輪を受け取る。
「これは?」
セレフィーナが尋ねる。
「転移用の魔道具ですわ
もし敵に囲まれるなど危険な状況になりましたら、この腕輪へ魔力を流してください
そうすれば、この転移魔法陣まで瞬時に移動できます」
二人は驚いた表情を浮かべた。
「そんなことまでできるのか……」
ヴァルディスが感心する。
メルキオラは頷いた。
「実際に試してみますか?」
二人は少し離れた場所へ移動した。
そして腕輪へ魔力を流す。
次の瞬間。
二人の姿が光に包まれた。
そして――
訓練所の中央に設置された転移魔法陣の上へ現れる。
「おお……!」
ヴァルディスが目を見開いた。
セレフィーナも驚きを隠せない。
「本当に転移しました……」
二人は改めてメルキオラを見る。
「ありがとう
これは非常に価値のある物だ」
ヴァルディスは真剣な表情で言った。
「腕輪については別途代金を支払わせてほしい」
だがメルキオラは首を横に振る。
「必要ありませんわ
既に馬車と工房という十分な対価をいただいております」
そして微笑んだ。
「それに、エルシア様もそのようなことは望まれないでしょう」
その言葉にヴァルディスとセレフィーナは顔を見合わせた。
やがて二人は苦笑する。
「そうか
ならばありがたく受け取らせてもらおう」
するとセレフィーナが何かを思いついたように笑顔を浮かべた。
「それでしたら
皆様が旅立たれる前の夜に、盛大な送別会を開きましょう」
満面の笑みだった。
ヴァルディスも力強く頷く。
「うむ、それくらいはさせてくれ
セントポルを救ってくれた英雄達への感謝でもあるのだからな」
こうして王都への出発を前に、最後の宴が開かれることになったのだった。
⸻
一方その頃。
エリスとマリンは、もうすぐセントポルを旅立つことを考えていた。
そして同時に、ある重大な問題にも気付いていた。
「忘れてた」
マリンが真剣な顔で言う。
「忘れてたね」
エリスも頷く。
二人が忘れていた大切なこと。
それは――
スイーツ巡りだった。
セントポルには美味しいスイーツがたくさんある。
しかも報奨金も貰った。
懐事情にも余裕がある。
楽しまない理由がなかった。
二人はそれぞれクラリスとミリアへ許可を取り、街へ繰り出した。
「よーし!
今日は食べるよ!」
マリンはやる気満々だった。
二人は街の中心部へ向かう。
しばらく歩いていると、甘い香りが漂ってきた。
「いい匂い……」
マリンが鼻をひくひくさせる。
香りに誘われるように歩いていく。
すると一軒のカフェが見えてきた。
看板には、
『三匹の猫亭』
と書かれている。
「入ってみようか」
「うん!」
二人は店の中へ入った。
席につくと早速メニューを開く。
だが思っていたより飲み物が中心の店らしい。
「さっきの匂いって何だったんだろう?」
マリンが不思議そうに首を傾げる。
そこで店員へ尋ねてみると、
「ホットチョコレートですよ」
と教えてくれた。
二人は顔を見合わせる。
「それください」
即決だった。
しばらくして運ばれてくる。
湯気の立つホットチョコレート。
一口飲む。
「美味しい……」
エリスが目を細める。
「甘くて温かい!」
マリンも幸せそうだった。
だがその時。
店の中が少しざわつき始める。
「ねえ……」
「あの子……」
「もしかして……」
ちらちらと視線を感じる。
エリスは首を傾げた。
するとカウンターの方から店主が近付いてきた。
「失礼ですが……
間違っていたら申し訳ありません」
店主は少し緊張した様子だった。
「あなたは、聖女様ではありませんか?」
エリスは思わず苦笑した。
どう答えようか迷う。
その時だった。
店主の後ろから一人の少年が顔を覗かせた。
その顔を見た瞬間。
エリスは思い出した。
「あっ……」
大聖堂で助けた少年だった。
失った右腕を取り戻したあの子である。
少年は少し照れくさそうに笑った。
「ありがとう」
短い言葉だった。
だが真っ直ぐな感謝だった。
エリスは少し困ったように笑う。
「私は助けられる人を助けただけだよ」
だが少年は首を横に振った。
「それでもありがとう」
そのやり取りを見た客達がざわつく。
「やっぱり聖女様だ!」
「本当にいたんだ!」
「お会いできるなんて!」
店主は慌てて頭を下げた。
「申し訳ありません!
ただ、一言お礼が言いたかっただけなんです」
そして続ける。
「本日のお代は結構です
大したことはできませんが、せめてもの感謝です」
エリスは慌てて断ろうとした。
だが店主も譲らない。
結局、二人はお礼を言って店を後にした。
しかし――
それが良くなかった。
街を歩くたびに声を掛けられる。
「聖女様!」
「ありがとうございます!」
「あの時は助かりました!」
次から次へと人が集まってくる。
マリンは苦笑した。
「これ、もう観光無理じゃない?」
エリスも苦笑する。
「そうみたい」
気付けば街の散策どころではなくなっていた。
結局二人は予定を切り上げることにする。
「また今度だね」
「王都では変装しようか」
そんな話をしながら城へ戻っていった。
こうしてエリスとマリンの密かなスイーツ巡りは、思わぬ形で終わりを迎えるのだった。
⸻
セントポルでの用事も全て終わりを迎えていた。
通信機の引き渡し。
転移魔法陣の設置。
王都へ向かうための馬車の完成。
準備は着々と整っている。
エリス達がセントポルを旅立つのは明日となっていた。
もっとも――
エリスとマリンには少しだけ心残りがあった。
スイーツ巡りである。
結局、聖女騒ぎで思うように楽しめなかった。
だが二人は密かに決意していた。
王都へ着いたらリベンジしようと。
そして夜。
ヴァルディス辺境伯主催の送別会が開かれることになった。
エリス達は部屋で待機していたが、やがて扉をノックする音が聞こえる。
「皆様、準備が整いました」
侍女が一礼する。
エリス達は頷き、案内に従って会場へ向かった。
到着した場所を見て、一同は少し驚く。
祝勝会が開かれた大広間だった。
だが中へ入ると、さらに驚くことになる。
人が多い。
祝勝会の時以上だった。
貴族。
商人。
騎士。
街の有力者達。
あの日は復興作業や負傷者対応で参加できなかった者も多かったらしい。
それでも――
たかが冒険者の送別会に、これほど多くの人が集まるとは誰も思っていなかった。
侍女はそのまま一行を広間の奥へ案内する。
そこにはヴァルディスとセレフィーナが待っていた。
ヴァルディスはクラリスを見ると笑顔で歩み寄る。
そして固く握手を交わした。
「クラリス殿
いや、皆さんには本当に世話になった
セントポルの住民は決して皆さんのことを忘れないだろう」
そう言うと、広間の奥へ視線を向けた。
そこには白い布で覆われた何かが置かれている。
ヴァルディスはその前へ歩いていった。
「そこでだ」
「我々から感謝の印を用意させてもらった」
そう言うと、白い布を勢いよく引き剥がした。
その瞬間。
会場から驚きの声が上がる。
そこにあったのは巨大な絵画だった。
新たなる星座のメンバー全員が描かれている。
中央にはエリス。
その隣にはマリン。
クラリス、ミリア、ルシアン、カイル、ガルド。
そしてレオネリアとメルキオラ。
九人全員が並ぶ姿が見事に描かれていた。
「すごい……」
マリンが目を丸くする。
クラリス達も思わず見入っていた。
さらにヴァルディスは続ける。
「そしてもう一つだ」
再び視線を向ける。
今度は別の布が掛けられていた。
それを取り払う。
現れたのは、一体の白い石像だった。
聖なる光を纏うように立つ少女。
誰が見ても分かる。
エリスだった。
台座には文字が刻まれている。
『聖女エリス』
会場がどよめいた。
「おおっ!」
「素晴らしい……!」
「聖女様だ!」
エリス本人だけが固まる。
「え? えぇっ!?」
ヴァルディスは満足そうに頷いた。
「この像は街の中心部へ設置する予定だ
セントポルを救った聖女を、後世まで語り継ぐためにな」
流石にクラリスも慌てた。
「ヴァルディス様、それは少々大袈裟では……」
だがヴァルディスは首を横に振る。
「いや、これくらいはさせていただきたい」
セレフィーナも微笑む。
「私も賛成です
皆様が残してくださったものは、それほど大きいのですから」
周囲の人々も賛同していた。
結局、一行は受け入れるしかなかった。
その後。
ヴァルディスの乾杯の音頭で送別会が始まる。
「明日旅立つ英雄達へ!」
「乾杯!」
「乾杯!!」
会場が大きな歓声に包まれた。
一方その頃。
エリスとマリンは真剣な表情で料理を見つめていた。
「どうする?」
「やっぱり最初はスイーツだよね」
「だよね」
意見は一致した。
二人は迷わずデザートコーナーへ向かう。
しかし――
そう簡単にはいかなかった。
「聖女様!」
「先日はありがとうございました!」
「娘を助けていただき感謝しております!」
次々と声を掛けられる。
エリスの元には人が途切れない。
さらにクラリスの元にも貴族達が挨拶に訪れていた。
「うぅ……」
エリスはケーキを見つめる。
遠い。
とても遠い。
今思えば短い滞在だった。
野盗との戦い。
セレフィーナとの出会い。
スタンピード。
レオネリアとメルキオラとの再会。
聖女と呼ばれるようになった出来事。
セントポルでは本当に多くのことがあった。
明日になれば、この街ともお別れである。
少しだけ寂しさを感じながらも――
エリスはようやく目の前のケーキへ手を伸ばした。
「これだけは食べておかないと」
すると隣から呆れた声が聞こえる。
「エリス
それ、三個目だよ?」
マリンだった。
だがその皿にはエリス以上の量のケーキが載っている。
エリスは思わず指差した。
「マリンの方が食べてるよね?」
「あっ」
一瞬で言い返せなくなる。
その様子を見たミリアやクラリスが苦笑した。
会場には笑い声が広がる。
こうして送別会は和やかな雰囲気のまま続いていく。
明日から始まる新たな旅路へ思いを馳せながら――。
最後まで読んで頂きありがとうございます
第五章 迫り来る影 ― 魔族の策謀と水都の試練 ―
完結です。
セントポルでは、野盗との戦いから始まり、スタンピード、キメラとの戦い、そしてレオネリアとメルキオラとの再会など、多くの出来事がありました。
また、エリスは人々から聖女として認められ、セントポルの栄誉市民となりました。
短い滞在でしたが、エリス達にとっても、セントポルの人々にとっても忘れられない日々になったのではないかと思います。
そして次章では、いよいよ王都を目指す旅が始まります。
新たな仲間達と共に進む道中。
各地で待つ出会いと出来事。
そして、その裏で動き続ける魔族達。
エリス達の旅は、まだ始まったばかりです。
引き続き見守っていただければ幸いです。
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第六章もよろしくお願いいたします。
次回の更新は、7月6日18時を予定してます
また、第五章のまとめをこの後、19時から公開を予定しています
それと、今回初めて試みですが、番外編を明日の7月4日18時に公開します




