旅路を支える魔導馬車 ― メルキオラ渾身のサプライズ ―
スタンピードを乗り越え、平穏を取り戻したセントポル。
王都へ向かう準備も少しずつ進む中、メルキオラは一人、工房へ籠もっていた。
何を作っているのかは誰にも教えない。
ただ一言。
「完成を楽しみにしていてくださいませ」
そう言い残して――。
朝食も終わりに近づき、一同が席を立とうとした時だった。
メルキオラがふと思い出したように口を開く。
「そういえば、エルシア様達はこの後、王都へ向かわれるのですよね?」
エリスは頷いた。
「うん、その予定だよ」
するとメルキオラは少し考えながら言った。
「それでしたら馬車を用意した方が良いのではありませんか?」
その言葉にルシアンが反応する。
「馬車か」
確かに今までは徒歩での移動が中心だった。
だが今は違う。
クラリス達が加わり、さらにレオネリアとメルキオラもいる。
総勢九人になっていた。
「確かに悪くないな」
ルシアンは頷く。
「人数も増えた
荷物も増えていくことを考えれば必要になるだろう」
クラリスも賛成した。
「そうね
王都まではまだ距離もあるもの」
ガルドも腕を組む。
「荷車代わりにもなるしな」
皆が納得したところで、メルキオラはヴァルディスへ向き直った。
「辺境伯様
先程の報酬の件ですが、一つお願いがあります」
ヴァルディスは頷く。
「何だ?」
「商人達が使うような大型の馬車を譲っていただけないでしょうか」
その言葉にヴァルディスは少し驚いた。
「そんなもので良いのか?
その程度ならいくらでも用意できるぞ」
そして冗談交じりに言う。
「どうせなら貴族用の豪華な馬車でも構わんぞ」
だがメルキオラは首を横に振った。
「いえ」
「一般的な馬車で十分です
それに豪華な馬車は盗賊に狙われやすいですから」
ヴァルディスも納得したように頷く。
確かにその通りだった。
するとメルキオラは続けた。
「それに少し改造したいことがありますので」
「改造?」
セレフィーナが興味深そうに首を傾げる。
メルキオラは微笑んだ。
「移動中でも快適に過ごせるようにしたいだけです」
本当はそれだけではない。
防御結界。
収納魔法。
各種魔法陣。
色々と組み込むつもりだった。
だが説明すると長くなるので黙っておく。
「なるほど」
ヴァルディスは苦笑した。
「好きにするといい
馬車はこちらで手配しよう」
「ありがとうございます」
メルキオラは一礼する。
そしてもう一つ付け加えた。
「それと、できれば城の工房をお借りしたいのですが」
今度はヴァルディスが即答した。
「ああ、構わん
自由に使ってくれ」
「助かります」
メルキオラは満足そうに頷いた。
こうして王都へ向けた準備も少しずつ整い始める。
一同は席を立つと、それぞれの客室へ戻っていった。
これから始まる新たな旅路へ向けて――
⸻
部屋へ戻ると、マリンが早速メルキオラの話を始めた。
「ねえねえ
馬車ってどんな風にするんだろうね?」
エリスも少し考える。
前世の記憶を辿ってみる。
「うーん……
メルキオラだから、防御結界とか乗り心地を良くするとかは考えてそうだけど
詳しくは本人に聞かないと分からないかな」
するとマリンが目を輝かせた。
「じゃあ聞きに行こう!」
エリスは苦笑する。
「え?」
「だって私、まだ二人のことよく知らないし
エリスも一緒に来てよ」
結局押し切られ、エリスも付き合うことになった。
二人はレオネリアとメルキオラの部屋へ向かう。
コンコン。
扉をノックする。
「はい」
返事が聞こえた。
「エリスです」
エリスが声を掛ける。
するとすぐに扉が開いた。
そこにはレオネリアが立っていた。
「エルシア様」
レオネリアは少し申し訳なさそうな顔をする。
「ご用があれば私達がお伺いしましたのに」
エリスは笑って首を振った。
「今日はちょっと聞ききたいことがあって来ただけだから
気にしないで」
レオネリアも微笑みながら二人を中へ招き入れた。
部屋の中はエリス達の客室より少し狭い程度だった。
調度品も整えられており、十分に豪華である。
マリンは部屋を見回しながら感心していた。
そして早速本題へ入る。
「メルキオラ!
どんな馬車にするの?」
メルキオラは少し困ったように笑った。
「それは完成するまで秘密ですわ」
「えー!」
マリンが不満そうな声を上げる。
「だって商人用の馬車がどんなものか、まだ見ていないもの
現物を見てからじゃないと考えられないし」
それでもエリスは尋ねる。
「何か考えてることはあるの?」
メルキオラは少しだけ考えた。
「そうですわね
乗り心地は快適にしたいですわ
それと防御障壁くらいは付けるつもりです」
マリンが目を丸くする。
「それだけでも十分凄いよ!?」
メルキオラは小さく笑った。
「まあ期待していてね」
結局それ以上は聞き出せなかった。
エリスとマリンは諦める。
「分かった
完成を楽しみにしてるね」
そう言い残し、自分達の部屋へ戻っていった。
扉が閉まる。
しばらくしてレオネリアがメルキオラを見る。
「エルシア様にも内緒にするつもりなのですか?」
少し困ったような声だった。
メルキオラは悪戯っぽく笑う。
「だって、その方が面白いだろう?
エルシア様にも驚いていただきたいんだ」
レオネリアは小さくため息を吐いた。
「全く……」
半ば呆れながらも、口元には僅かな笑みが浮かんでいた。
どうやらメルキオラは本気でエリスを驚かせるつもりらしかった。
⸻
その日の午後。
早速、大型の商人用馬車が領主城へ運び込まれた。
流石は辺境伯家である。
手配の早さにエリス達も驚いた。
むしろ馬車を用意した商人の方が心配になるほどだった。
後でセレフィーナから聞いた話によると、
「白銀の剣姫が使う馬車」
と伝えた瞬間、馬車商人は二つ返事で了承したらしい。
どうやらクラリスの知名度は想像以上だったようだ。
メルキオラはそんな事情など知らぬまま、目の前の馬車をじっと観察していた。
大型の幌馬車。
商人達が荷物を運ぶために使う、ごく一般的な馬車だ。
「うん
これなら十分だな」
目立たない。
それが何より重要だった。
貴族用の豪華な馬車では目立ち過ぎる。
盗賊や不審者に狙われる可能性も高くなる。
だが、この馬車ならどこにでもいる商人にしか見えない。
まずメルキオラは幌全体へ防御結界を組み込んだ。
強度はそれほど高くない。
だが矢や魔物程度なら十分防げる。
続いて車輪へ手を加える。
通常なら車軸と車体は直接繋がっている。
だがメルキオラは魔道具を使い、わずかな空間を作り出した。
車体が僅かに浮いているような状態だ。
これによって振動が大幅に軽減される。
「長旅になるからな
乗り心地は大事だ」
さらに馬車内部へ偽装用の荷物を積み込む。
そしてその奥へ小さな扉を設置した。
一見すると荷物置き場にしか見えない。
だがその扉は異空間へ繋がっている。
「問題はここか……」
メルキオラは少し考え込んだ。
異空間へ入るための認証が必要だった。
本人以外が勝手に入れないようにしなければならない。
本来なら今すぐ設定したい。
だが利用者本人の魔力登録が必要になる。
「これは後だな」
そう判断すると作業を進めた。
異空間内部には広いリビングを設置する。
キッチン。
食料保管庫。
寝室は四部屋。
合計九つのベッド。
さらに浴室まで用意した。
「これくらいあれば十分だろう」
最後に重量軽減の魔道具を組み込む。
外見上は大型の幌馬車。
だが実際の重量は大幅に軽減される。
これなら馬への負担も少ない。
作業を終えたメルキオラは満足そうに頷いた。
「よし
こんなものだろう」
改めて完成した馬車を見る。
見た目はどこにでもある商人用馬車。
だが中身は全く別物だった。
そしてふと口元を緩める。
「ふふっ
エルシア様はどんな顔をするかな」
きっと驚く。
間違いなく驚く。
それを想像すると少し楽しみだった。
レオネリアはそんな様子を見ながら、小さくため息を吐く。
「本当に好きですね……」
だが、その表情はどこか楽しそうだった。
⸻
馬車が完成したその日の夕方。
メルキオラは通信機を使ってエリスへ連絡を入れた。
『エルシア様、馬車の準備が整いました』
エリスが目を瞬かせる。
『もう!?』
予想以上に早かった。
するとメルキオラは少し楽しそうな声で続けた。
『できれば皆様も一緒に来ていただけますか?
お披露目をしたいのです』
その言葉にエリスも笑った。
『分かった
みんなにも声を掛けるね』
やがて新たなる星座のメンバー全員が工房へ集まった。
そこには一台の大型幌馬車が置かれている。
しかし――
見た目は普通だった。
どこにでもいる商人が使っていそうな大型馬車である。
マリンが首を傾げる。
「……普通だね?」
メルキオラは微笑んだ。
「まずは見た目から説明いたしますわ」
そう言って幌へ触れる。
「この幌には防御結界を組み込んであります」
その言葉にルシアンとクラリスが反応した。
「なるほど」
ルシアンは感心したように頷く。
「移動中の襲撃対策か」
クラリスも同意する。
「矢や魔法への備えになるわね」
だがマリンは少し不満そうだった。
「それだけ?」
期待していたほどではない。
するとメルキオラが口元を緩める。
まるで、
ここからが本番ですわ
と言わんばかりだった。
「その前に」
メルキオラは一枚の石板を取り出した。
「皆様、この石板に手をかざしてくださいませ」
全員が顔を見合わせる。
理由は分からない。
だが言われた通り順番に手をかざした。
石板が淡く光る。
全員の登録が終わると、メルキオラは満足そうに頷いた。
そして石板を馬車へ取り付ける。
「これで認証は完了ですわ」
エリスが首を傾げる。
「認証?」
メルキオラは微笑んだ。
「今からご説明いたします」
そう言うと何もない空間へ手をかざした。
次の瞬間――
何もなかった場所に扉が現れた。
「え?」
エリスが固まる。
マリンも目を丸くした。
メルキオラはそのまま扉を開く。
「エルシア様、どうぞ中をご覧ください」
だが待ちきれなかったマリンが真っ先に飛び込んだ。
「うわぁぁぁぁ!?」
大声が響く。
慌てて全員も中へ入る。
そして――
言葉を失った。
広い。
とにかく広い。
そこは馬車の内部とは思えない空間だった。
大きなリビング。
立派なキッチン。
食料保管庫。
四つの寝室。
ベッドは全部で九つ。
さらに浴室まで備わっている。
エリスも思わず呟く。
「なにこれ……」
前世の記憶を持つエリスですら驚いていた。
ルシアンは周囲を見回しながら感心する。
「凄いな、これなら移動中でも普通に生活できる」
ガルドも頷いた。
「宿が要らなくなるな」
クラリスとミリアも驚きを隠せない。
一方マリンは大はしゃぎだった。
「すごい!
すごいよ!
本当に馬車の中なの!?」
部屋から部屋へ走り回っている。
メルキオラは満足そうに説明した。
「この空間は後から拡張することも可能ですわ」
その言葉に全員が顔を見合わせた。
だが誰もが思った。
もう十分だ。
むしろ広過ぎるくらいである。
するとレオネリアが前へ出た。
「まだ説明は終わっておりません」
全員の視線が集まる。
レオネリアは入口の方を指差した。
「先ほど石板へ手をかざしていただいたでしょう?」
エリスが頷く。
「うん、あれは何だったの?」
レオネリアは静かに答えた。
「あれは利用者登録です
登録された者以外には、この扉は見えません」
その場が静まり返った。
「……え?」
マリンが固まる。
レオネリアは続けた。
「仮に馬車を調べられても、登録されていない者にはただの荷台にしか見えません
もちろん扉も開けられません」
ルシアンが思わず感心する。
「なるほどな……
盗賊対策としても完璧か」
クラリスも驚いた表情を浮かべた。
「そこまで考えていたのね」
メルキオラは少し得意そうに微笑んだ。
「エルシア様をお乗せする馬車ですもの
これくらいは当然ですわ」
エリスは苦笑した。
「相変わらずだね」
メルキオラは嬉しそうに頭を下げる。
「ありがとうございます
私とレオネリアはエルシア様の側近なのですから」
その言葉にレオネリアも静かに頷いた。
どうやら二人にとっては当然のことらしい。
こうして新たなる星座は、とんでもない移動拠点を手に入れたのだった。
そしてエリスとマリンは、これから始まる王都への旅がますます楽しみになるのであった。
最後まで読んで頂きありがとうございます
今回はメルキオラの本領発揮回でした。
ただの移動手段ではなく、異空間付きの魔導馬車という形にしてみました。
見た目は普通の商人用幌馬車ですが、中身は完全に別物です。
防御結界や乗り心地の改善だけでなく、認証機能まで搭載されており、メルキオラらしいこだわりが詰め込まれています。
そして何より、エルシア様――エリスを驚かせることに成功したメルキオラは大満足だったことでしょう。
一方で、セントポルでやるべきことはまだ残っています。
通信機の引き渡し。
転移魔法陣の設置。
そして王都へ向けた最終準備。
新たなる星座の旅立ちはもう少し先になりそうです。
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次回の更新は、7月3日18時を予定してます




