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魔族の女王が転生したら聖女になっていた  作者: 白神 エル
第一章:静かな日々  ― そして、幼き聖女の力は目を覚ます ―

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過去の聖女の想い

————時間は少し遡って、エリス視点



「……おやすみなさい」


小さく頭を下げ、私は席を立った。


クラリスの優しい微笑み。

エノクの静かな頷き。


それを背に、階段を上る。

一段、一段。

木の軋む音が、やけに大きく感じた。


部屋に入り、扉を閉める。

外の音が、遠くなる。

ベッドに腰を下ろし、しばらく何もせずに座っていた。


——誰にも話していない。


今日、教会で起きたこと。

女神セレネの声。

光に満ちた場所。


(……夢じゃなかった)


はっきりと覚えている。


「境界の子」


その言葉が、胸の奥で静かに響く。

私はゆっくりと、自分の手を見つめた。

小さな手。

まだ子どものもの。

けれど、この手は。

命を救うことも。


——消してしまうこともできる。


指先が、わずかに震える。


その瞬間。

ふと、別の記憶が浮かんだ。

高い玉座。

赤く染まった石の床。

剣を握る、自分の姿。


(……あれは)


魔界の女王だった頃の記憶。

ぼんやりとしか思い出せない。


だが確かに——

そこに「私」はいた。


「……私は」


小さく呟く。

人なのか。

魔なのか。


それとも——


もっと別の何かなのか。

答えはまだ、見えない。

けれど。

胸の奥に、別の感情が芽生え始めていた。


——知りたい。


この力のことを。

自分のことを。


「……確かめたい」


その言葉は、ほとんど無意識にこぼれた。

静かな夜。

月の光が窓から差し込む。


私は手を握りしめた。

まだ、怖い。


それでも——


逃げるだけではいられない気がした。

ベッドに横になる。

目を閉じると、光と闇の記憶が交錯する。


やがて、意識はゆっくりと沈んでいった。


——新しい選択の始まりを、まだ知らぬまま

眠りに落ちたはずだった。


けれど、すぐに気づく。


——これは、いつもの夢ではない。


足元に、感触がない。

空も、地面も、境界が曖昧な光の世界。

そして。


「……また会いましたね」


穏やかな声が響いた。

振り向くと、そこにいたのはセレネだった。


昼間と同じ、静かな光を纏っている。


「……ここは、夢?」


「夢であり、夢ではありません」


セレネは柔らかく答えた。


「あなたの魂が触れている場所です」


言葉の意味を理解する前に

もう一つの気配に気づいた。


セレネの隣に、もう一人の女性が立っている。

挿絵(By みてみん)


長い髪。


強さと優しさが同居した瞳。


「……あなたは」


「アテナ」


彼女は静かに名乗った。


「かつて、この世界で聖女と呼ばれていた者です」


エリスの胸が大きく鳴る。


「あなたが……」


「ええ」


微かに笑う。


「あなたと、私はよく似ています」


アテナの声には、懐かしさがあった。


「私は、かつて別の世界で勇者でした

 戦い、守り、そして死んだ

 目を覚ました時、この世界の神殿にいたのです」


——エリスと同じように。


「どうして……選ばれたの?」


思わず問いがこぼれる。

アテナは少しだけ遠くを見る。


「平和を願ったからでしょう

 戦うことではなく、終わらせることを」


その言葉は、胸に刺さった。


「……でも」


エリスは手を見つめる。


「私の力は、怖い

 守りたいのに、消してしまうかもしれない」


アテナは頷いた。


「同じでした

 私も、何度も恐れました」


そして、静かに続ける。


「けれど気づいたのです

 力の本質は、手段にすぎない

 何を望むかが、すべてを決める」


セレネが、その言葉を見守るように微笑んでいる。


「あなたはどうしたの?」


エリスが問う。


アテナは少しだけ、悲しそうに笑った。


「……やり遂げました

 けれど、代償はありました」


それ以上は語らない。

ただ、その瞳にすべてが宿っていた。


「あなたは、違う未来を選べます」


アテナはそう言った。


「あなたは私ではない

 そして、この世界も——もう同じではない」


光が揺らぐ。

セレネが一歩前に出た。


「これは導きではありません

 ただの“可能性の共有”です

 選ぶのは、あなた」


その言葉とともに。

世界が、白く溶けていく。


エリスの意識は、ゆっくりと現実へ引き戻されていった。




————エリスの姿が消えて残された二人は


光が静かに収束し、エリスの気配が消える。

しばらくの間、空間には何の音もなかった。


「……まだ早い」


最初に口を開いたのは、アテナだった。

その声には、微かな痛みが滲んでいる。

セレネは静かに頷いた。


「ええ

 今のあの子に、すべてを背負わせるべきではありません」


アテナは遠くを見つめる。


「あの頃の私と同じ顔をしていた

 何も知らないまま、ただ守ろうとしていた頃の」


その瞳の奥に、過去の影が揺れる。


「……あの子は、私とは違う道を歩めるの?」


セレネはすぐには答えなかった。

代わりに、ゆっくりと問い返す。


「あなたは、どう思いますか」


アテナは少しだけ笑う。


「分からないわ

 だから怖い」


その言葉は、かつての勇者ではなく、ひとりの女性のものだった。


「私が選んだ道は、正しかったのか今でも分からない

 戦いを終わらせたはずなのに……」


その先の言葉は、光の中に消えた。

セレネが静かに言う。


「あなたは均衡を保ちました

 それは世界にとって必要なことでした」


「……世界にとって、ね」


アテナは目を伏せる。


「人にとってではなかった」


一瞬、空間が重くなる。

やがて、アテナは顔を上げた。


「あなたは最初から分かっていたのでしょう

 私を転生させた理由も」


セレネは否定しない。


「この世界は、周期的に歪みます

 人と魔、そして神の均衡が崩れるとき

 境界に立つ者が必要となる」


「それが私だった

 そして今は、エリス」


セレネは静かに頷く。


「あなた方は選ばれたのではありません

 適していたのです」


その言葉は、優しくも残酷だった。

アテナは小さく息を吐く。


「……あの子には

 同じ結末を迎えてほしくない」


セレネの瞳が、わずかに揺れた。


「未来は固定されていません

 だからこそ、彼女を呼んだのです」


光が、静かに脈打つ。


「今回は、観測者でいるつもりですか?」


アテナが問う。

セレネは微笑む。


「それが最善ならば」


その答えは、肯定でも否定でもなかった。

二人の視線の先には、遥か下方に広がる世界がある。

小さく、儚く、しかし確かに生きている世界。


「……どうか」


アテナが小さく呟いた。


「あの子が、笑って終われる世界でありますように」


その声は、祈りのようでもあった。

セレネは何も言わず、ただ隣に立っている。


「私の過去は……」


アテナはゆっくりと目を閉じた。


「地獄だった」


その言葉には、誇張も感傷もなかった。

ただ、事実としての重さがあった。


「勇者だった頃

 私は正しいと信じて戦っていた

 守るべきもののために、剣を振るっていた」


けれど、と続ける。


「ある時、気づいたの

 私が守ろうとしていたものと

 私が倒そうとしていたものが

 同じ“願い”を持っていたことに」


空間が、わずかに揺らぐ。


「頭では理解できた

 戦いを続ければ、世界は壊れる

 だから終わらせるしかなかった」


だが、その声は震える。


「それでも……辛かった

 大切だったものと、対立しなければならないことが」


アテナの瞳に、遠い過去の光景が映る。

炎。

崩れた城。

手の中から零れ落ちる命。


「正しさは、いつも救いにならない」


その言葉は、静かに空間へ落ちた。


「私は世界を救ったと呼ばれた

 でも、その世界に私はいられなかった」


セレネの表情が、わずかに陰る。


「だからこそ」


アテナは、再び下界を見つめる。


「あの子には、私と同じ道を歩んでほしくない

 同じ選択を、強いられてほしくない」


その願いは、強かった。

勇者としてではなく。聖女としてでもなく。

ひとりの人間としての祈りだった。


「今のあの子は優しい

 過去は魔族の女王だったとしても、過去は過去

 今のあの子は幼く弱い

 だからこそ、壊れてしまうかもしれない」


光が、静かに揺れる。


「それでも」


セレネが口を開く。


「彼女は選びます

 あなたとは違う形で」


アテナは微かに笑った。


「そう願うしかないわね」


その瞳は、どこまでも遠くを見ていた。


最後まで読んで頂きありがとうございます

次回の更新は週明けの3月30日18時を予定してます

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