暴走の核 ―スタンピードの正体―
スタンピードとの戦いが続くセントポル。
聖獣セラの活躍や白銀の剣姫クラリス達の奮戦により、戦況は少しずつ持ち直し始めていました。
しかし、エリスは戦場に違和感を覚えます。
果たして、その違和感の正体とは――。
それでは本編をどうぞ
正気を取り戻した兵士は、まだ混乱した様子だった。
エリスはしゃがみ込み、優しく声を掛ける。
「兵士は何人いるの?」
兵士は頭を押さえながら、苦しそうに答えた。
「わ、分からない……
記憶が曖昧なんだ……」
無理もなかった。
つい先程まで、正気ではなかったのだ。
エリスは小さく頷く。
「そうだよね」
そして立ち上がる。
「でも、正気に戻ったなら力を貸してほしいの
魔物を倒さないと、この街のみんなも危ないから」
兵士は周囲を見回した。
押し寄せる魔物。
戦う騎士達。
そして、自分の手に握られている武器。
兵士は震える息を吐いた後、力強く頷いた。
「ああ……分かった
俺も戦う」
だが、エリスは首を横に振る。
「でも、無理はしないで
まだ完全に戻ったばかりだから」
兵士は少し驚いたようにエリスを見る。
そして小さく笑った。
「……分かった」
それを確認すると、エリスは再び走り出した。
まだ助けなければならない人がいる。
人の気配は、魔物の群れの中にいくつも感じられた。
だが――
多すぎる。
「こんなに……」
エリスは思わず息を呑む。
一人ずつ助けることはできる。
だが、その間にも魔物は押し寄せ、騎士達は傷ついていく。
このままでは間に合わない。
(せめて、人だけでも一箇所に集められたら……)
そうすれば、何とかできるかもしれない。
だが、魔物と戦いながら操られた兵士達を集めるなど、現実的ではなかった。
「どうすれば……」
その時だった。
空から二つの影が舞い降りた。
ドンッ!
地面が揺れ、土煙が舞い上がる。
魔物達が一瞬たじろぐ。
現れたのは、二人の女性だった。
一人は銀髪をなびかせた騎士風の女性。
もう一人は、魔法使いのような装いをした女性。
人間の姿をしている。
顔も、エリスが知るものとは違う。
だが――
その気配には覚えがあった。
胸の奥が、懐かしさで震える。
二人はエリスの前へ進み出ると、その場で片膝をついた。
「エルシア様」
銀髪の女性が静かに頭を下げる。
その声に、エリスは目を見開いた。
「……レオネリア?」
女性は顔を上げる。
「はい。レオネリアでございます」
続いて、隣の女性も頭を下げた。
「メルキオラにございます」
エリスは息を呑んだ。
姿は違う。
だが間違えるはずがない。
かつて魔族の女王だった自分を支えてくれていた、二人の側近。
レオネリアとメルキオラだった。
「どうして、ここに……」
「説明は後ほど」
レオネリアはすぐに顔を上げ、周囲の魔物へ視線を向けた。
その目には戦場を見極める鋭さが宿っている。
「今は、この状況を収めることが先です」
メルキオラも静かに頷く。
「操られている者達の気配は、こちらでも把握できます
私達が集めましょう」
エリスは驚いて二人を見る。
「できるの?」
「お任せください」
レオネリアは迷いなく答えた。
「エルシア様は魔物の討伐を
集めた者達は、あなたの力で救ってください」
メルキオラも続ける。
「一人ずつ追うより、その方が早いはずです」
エリスは一瞬だけ二人を見つめた。
そして頷く。
「分かった」
その返事に、レオネリアとメルキオラは深く頭を下げた。
「御意」
次の瞬間、二人は立ち上がり、戦場へ駆け出した。
レオネリアは剣を抜き、魔物を斬り払いながら操られた兵士達の方へ進む。
メルキオラは魔法陣を展開し、魔物の足止めと兵士達の誘導を同時に行っていく。
その動きは、人間の冒険者とは明らかに違っていた。
洗練されている。
迷いがない。
エリスは二人の背中を見つめる。
(来てくれたんだ……)
胸の奥に、少しだけ温かいものが広がった。
だが、すぐに表情を引き締める。
今は感傷に浸っている場合ではない。
「セラ!」
『分かってる!』
セラが隣で頷く。
エリスは剣を握り直した。
操られた人達は、レオネリア達が集めてくれる。
なら、自分がやるべきことは一つ。
押し寄せる魔物を倒し、この場を守ること。
エリスは再び魔物の群れへ向かって駆け出した。
エリスと別れたレオネリアとメルキオラは、すぐに行動を開始した。
「メルキオラ、頼む」
「任せて」
二人は魔物の群れの中へ飛び込む。
レオネリアは前衛として剣を抜いた。
その剣閃は凄まじく、迫り来る魔物達を次々と斬り伏せていく。
ゴブリンも。
オークも。
彼女の前では足止めにもならなかった。
一方のメルキオラは杖を掲げる。
「――アビスチェイン」
黒い鎖が無数に伸びた。
鎖は魔物ではなく、人間達へ向かう。
操られている兵士達を正確に捉え、次々と拘束していった。
抵抗しようとしても無駄だった。
魔族の将であるメルキオラの魔法は、人間の兵士達が振りほどけるものではない。
さらにメルキオラは続けて魔法陣を展開する。
「魔縛結界」
淡い光の壁が出現する。
拘束された兵士達は、その結界の中へ次々と閉じ込められていった。
一人。
また一人。
操られた兵士達が集められていく。
その手際は見事だった。
エリスは魔物を倒しながら、その様子を横目で見る。
「すごい……」
思わずそう呟いてしまう。
自分一人では到底追いつかなかった。
だがレオネリアとメルキオラの協力によって、状況は確実に好転し始めていた。
その頃――
クラリス達もまた奮戦していた。
クラリスの剣が閃く。
魔物が倒れる。
また一体。
さらにもう一体。
まるで舞うような剣技だった。
その姿を見たセントポルの騎士達は目を見開く。
「本当に白銀の剣姫だ……」
「伝説は本当だったのか……!」
疲労で下がりかけていた士気が一気に戻る。
「続け!」
「白銀の剣姫が戦っているぞ!」
騎士達は再び武器を握り直した。
そしてクラリスの後へ続く。
その様子を見たミリアも小さく笑った。
「ふふっ」
長年共に戦ってきた相棒の背中。
昔と何も変わっていない。
「私ものんびりしていられないわね」
ミリアは杖を掲げる。
魔法陣が展開される。
次の瞬間――
轟音と共に広範囲魔法が放たれた。
魔物達がまとめて吹き飛ばされる。
さらにマリンの魔法も続く。
炎と風が魔物の群れを切り裂き、城壁へ迫っていた魔物達を次々と薙ぎ払っていった。
「よし! 押し返してるぞ!」
城壁の上から歓声が上がる。
騎士達も士気を取り戻し、反撃を強めていく。
こうして城壁周辺の戦況は、少しずつだが人間側へ傾き始めていた。
だが――
まだ誰も気付いていなかった。
このスタンピードの本当の脅威が、まだ姿を現していないことに。
⸻
エリスとセラは、城壁から少し離れた場所で魔物達を次々と倒していた。
一体。
また一体。
どれだけ倒したか分からない。
周囲には既に大量の魔物の死骸が転がっている。
それでも――
「……おかしい」
エリスは眉をひそめた。
「どうしたの?」
『僕も同じことを考えてた』
セラが低い声で答える。
最初に押し寄せてきた魔物の数なら、もう目に見えて減り始めていてもおかしくない。
むしろ、城壁側もこちら側も順調に魔物を倒している。
それなのに――
魔物の数が減っているように見えなかった。
次から次へと新たな魔物が現れ、途切れる気配がない。
まるでどこかから補充され続けているかのようだった。
「……何かある」
エリスは剣を構え直した。
その時だった。
セラが遠くを見つめ、表情を険しくする。
『エリス……あっちだ
嫌な気配がする
魔物が湧き出してくるみたいな反応を感じる』
エリスはセラの視線の先を見た。
そこは戦場のさらに奥。
魔物達が次々と現れている方向だった。
エリスの表情が変わる。
「行こう」
『うん』
二人はすぐに走り出した。
行く手を阻む魔物達。
だが今のエリスとセラを止められる存在はいない。
剣が閃く。
魔物が倒れる。
セラの爪が振るわれる。
魔物が吹き飛ぶ。
そうして進み続けること数分。
やがて二人は異様な場所へ辿り着いた。
「これは……」
エリスは目を見開く。
そこには黒い石で造られた巨大な門があった。
高さは三メートルほど。
禍々しい紋様が刻まれている。
門の中央には、大きな魔石が埋め込まれていた。
その魔石からは見覚えのある気配がする。
『あれだ』
セラが唸る。
『キメラの核と似てる』
エリスも頷いた。
確かに同じだった。
魔物を生み出していた核。
その気配は酷似している。
そして何より――
門の周囲から次々と魔物が現れていた。
「スタンピードの原因……!」
その瞬間。
門を守るように数体の大型魔物が立ち塞がる。
オーガ。
ブラックウルフ。
そして見たことのない異形の魔物。
だが――
『邪魔』
セラが前へ出た。
次の瞬間。
巨大な身体が消えたように見えた。
オーガが吹き飛ぶ。
ブラックウルフが地面を転がる。
残る魔物も一瞬で倒された。
圧倒的だった。
エリスは迷わない。
門へ向かって駆け出す。
そして剣を振り上げた。
「これで終わり!」
剣が魔石を貫く。
パリン――
核が砕け散った。
その瞬間。
門全体に亀裂が走る。
禍々しい光が溢れ出し、門そのものが崩壊を始めた。
そして――
それまで次々と現れていた魔物達が、ぴたりと現れなくなったのだった。
エリスは大きく息を吐いた。
戦場を見渡す。
新たな魔物は現れない。
どうやら本当に終わったようだった。
その時。
『エリス』
セラが念話で呼びかける。
『もう戻っていい?』
いつもより長時間戦っていたためか、少し疲れた声だった。
エリスは小さく頷く。
「うん。ありがとう、セラ」
『えへへ』
嬉しそうに笑う。
『じゃあ、後は任せたよ』
白い光がセラの身体を包む。
やがて光は小さく収束し、エリスの腕輪へと吸い込まれていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回はスタンピードの裏に隠されていた仕掛けが明らかになりました。
また、レオネリアとメルキオラも本格的に戦闘へ参加し、エリスの負担を大きく減らしてくれています。
そして、境界の子の力によって操られていた兵士達を救うことにも成功しました。
これまで「消滅の力」として描かれていた能力ですが、今回は少し違った使い方を見せることができたのではないかと思います。
ですが、まだ終わりではありません。
スタンピードの原因が本当にそれだけなのか。
そして、その裏で糸を引いている存在は誰なのか。
次回も引き続きセントポル防衛戦となります。
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次回の更新は、6月19日18時を予定してます




