白銀の剣姫の面影 ―憧れだった人―
人との出会いは、時に思いもよらない縁を繋ぎます。
セントポルの領主館で待っていたのは、クラリスの過去を知る人物でした。
かつて憧れた英雄と、憧れ続けた少女。
時を経て再び交わる二人の物語をお楽しみください。
クラリスは少し考えた。
一週間。
決して短い期間ではない。
だが、ここまで旅を続けてきたことを思えば、少し腰を落ち着ける時間があってもいいのかもしれない。
そう思いながら仲間達へ視線を向ける。
すると――
エリスとマリンが、期待に満ちた目でこちらを見ていた。
「……」
クラリスは思わず苦笑する。
クラリスは視線をルシアンへ向ける。
「どう思う?」
ルシアンは少し考えた後、肩を竦めた。
「俺は賛成だな」
「王都へ行けば、しばらく落ち着く暇もなくなるだろうし」
続いてカイルを見る。
「たまには休息も必要だろ」
短い返答だったが、十分だった。
そこまで確認して、クラリスはセレフィーナへ向き直った。
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
その返答に、セレフィーナは嬉しそうに微笑んだ。
「良かったわ」
だが、その直後。
クラリスはふと思い出したように口を開いた。
「セレフィーナ様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「なにかしら?」
「捕らえた野盗達についてです」
その言葉に、ヴァルディスとセレフィーナの表情が少しだけ真剣になる。
クラリスは続けた。
「何か情報は得られましたか?」
するとセレフィーナは小さく首を横に振った。
「それが……」
どこか苦々しい表情だった。
「連れ帰ろうとした時には、全員死んでいたの」
客間の空気が一変する。
「全員……ですか?」
ルシアンが眉をひそめる。
セレフィーナは頷いた。
「ええ」
そして静かに続けた。
「しかも全員、頭部が吹き飛んでいたそうよ」
一瞬、部屋が静まり返る。
エリスもマリンも言葉を失った。
「頭が……吹き飛んだ?」
マリンが青ざめる。
「原因は分かっていないわ」
今度はヴァルディスが口を開く。
「現場を確認した騎士達も困惑していた。魔法なのか、何らかの仕掛けなのか、それすら分からん」
クラリスは静かに考え込む。
野盗が偶然集まった集団ならば、そんなことは起きない。
口封じ。
それも徹底した。
そして証拠を残さない。
(やはり……)
クラリスの脳裏に浮かぶのは一つだけだった。
どこかの統制の取れた組織。
それも相当大きな組織が関わっている。
ルシアンも同じ結論に至ったのか、難しい顔をしていた。
だが、その重くなった空気を変えるように、セレフィーナが手を叩く。
「はい、この話はまた別の機会にしましょう」
その声に皆の視線が向く。
「今日は皆さんを労うための席を用意します」
セレフィーナは笑顔を浮かべた。
「夕食までまだ時間がありますし、それまでゆっくり休んでくださいな」
そして思い出したように付け加える。
「もちろん、お城の浴場も使っていただいて構いませんよ」
その言葉にクラリスは目を丸くした。
「いえ、それは流石に――」
貴族の城の浴場など、本来なら客人でもそう簡単に使えるものではない。
しかしセレフィーナは即座に首を横に振る。
「ダメよ」
にっこりと笑う。
「命の恩人を粗末に扱ったと知られたら、私の方が叱られてしまうわ」
「ですが……」
「ぜひ使ってください」
有無を言わせぬ笑顔だった。
クラリスは諦めたように小さく息を吐く。
「……承知いたしました」
その瞬間。
エリスとマリンの表情がぱっと明るくなった。
城の浴場。
そんなものがどんな場所なのか、想像もつかない。
二人は期待を隠しきれず、思わず顔を見合わせるのだった。
会談が終わると、エリス達はそれぞれ部屋へ案内された。
男性陣はルシアン、カイル、ガルドの三人。
女性陣はクラリス、ミリア、エリス、マリンの四人だ。
案内された客室へ入った瞬間、エリスとマリンは思わず固まった。
「ひ、広い……」
「これ、本当に部屋なの……?」
二人が住んでいた家なら、そのまま入ってしまいそうな広さだった。
大きな窓。
豪華な調度品。
ふかふかの寝台。
まるで夢の中にいるようだった。
そんな娘達の反応を見て、クラリスとミリアは顔を見合わせて微笑む。
「私も最初に王城へ行った時は同じ反応だったわ」
「ミリアでも?」
「ええ」
そんな話をしながら四人はしばらく部屋でくつろいでいた。
やがて――
コンコン。
扉を叩く音が響く。
「失礼いたします」
現れた侍女は丁寧に一礼した。
「浴場の準備が整いました」
その言葉に、マリンの目が輝く。
「お風呂!」
「こら、マリン」
ミリアにたしなめられながらも、嬉しそうなのは隠せなかった。
侍女の案内で浴場へ向かい、脱衣所で着替えを済ませる。
そして浴場へ足を踏み入れた瞬間――
「えっ……」
エリスが目を丸くした。
巨大な湯船。
湯気に包まれた広い空間。
下手をすれば、自分達の家よりも広い。
「すご……」
マリンも呆然としていた。
身体を洗い終え、四人が湯船でくつろいでいると――
浴場の扉が再び開いた。
「お邪魔するわね」
聞き覚えのある声。
現れたのはセレフィーナだった。
「セ、セレフィーナ様!?」
マリンが慌てる。
エリスも思わず背筋を伸ばした。
だが当の本人は楽しそうに笑っている。
「そんなに緊張しないで」
そして湯船へ近づきながら言う。
「私も混ぜてもらおうと思って」
クラリスが困ったような顔をする。
「セレフィーナ様、そのようなことをされては……」
するとセレフィーナは頬を膨らませた。
「ほら、そういうところよ」
そしてクラリスを見つめる。
「ここには他の人はいないんだから」
少し懐かしそうに微笑みながら続けた。
「昔みたいに話してくれてもいいじゃない」
クラリスは困ったように息を吐く。
「昔と今では立場が違いますので」
「またそういうこと言う」
セレフィーナは苦笑した。
エリスとマリンは顔を見合わせる。
二人にとっては意外な光景だった。
いつも堂々としているクラリスが、どこか押されているように見える。
そんな二人の様子に気付いたのか、セレフィーナは楽しそうに笑った。
「不思議そうな顔をしているわね」
「え、えっと……」
マリンが言葉を濁す。
するとセレフィーナは懐かしそうに湯船へ身を沈めた。
「私がまだ小さかった頃のお話よ」
「小さい頃?」
エリスが首を傾げる。
「ええ。当時のクラリスは今よりもっと砕けた話し方をしていたの」
「え?」
エリスとマリンの声が重なった。
全く想像がつかない。
今のクラリスからは考えられなかった。
「信じられないって顔ね」
セレフィーナが笑う。
「私も若かったですから」
クラリスが少しだけ苦笑した。
セレフィーナは続ける。
「当時のクラリスは“白銀の剣姫”として有名だったの」
「王都で知らない人はいないくらいだったわ」
エリスとマリンは思わずクラリスを見る。
改めて聞かされると、その凄さを実感する。
「私はずっと憧れていたの」
セレフィーナは少し照れくさそうに笑った。
「だから騎士団へ行く度にクラリスを探していたわ」
「……よく来ていましたね」
クラリスが懐かしそうに呟く。
「だって会いたかったんだもの」
セレフィーナは当然のように言った。
「今思えば随分迷惑を掛けたわね」
「いえ」
クラリスは小さく首を横に振る。
「私も妹のように思っていましたから」
その言葉にセレフィーナは嬉しそうに微笑んだ。
エリスとマリンは少し驚く。
今まで知らなかった二人の関係が見えてきたからだ。
しばらく昔話に花が咲いた後――
クラリスがふと真面目な表情になった。
「そういえば、王都はどうなっていますか?」
その問いに、セレフィーナも少し表情を引き締める。
「王都?」
「はい。私が離れてから随分経ちますので」
セレフィーナは少し考えてから答えた。
「大きくは変わっていないわ」
「街も人も、あなたがいた頃とそれほど変わらない」
クラリスは静かに頷く。
だが、セレフィーナはそこで少し悪戯っぽく笑った。
「ただ一つだけ違うことがあるわね」
「?」
「白銀の剣姫がいなくなった騎士団は、昔に比べると華がなくなったわ」
その言葉に、クラリスは思わず額を押さえた。
「セレフィーナ……」
「やっと昔みたいに呼んでくれたわね」
セレフィーナは嬉しそうに笑った。
クラリスは呆れたようにため息を吐く。
「あなたがそんなことを言うからでしょう」
その言葉に、セレフィーナはさらに嬉しそうな顔になった。
「そうそう、それよ」
「?」
「やっと昔のクラリスに戻ったわ」
クラリスは少し居心地が悪そうな顔をする。
セレフィーナは懐かしそうに天井を見上げた。
「昔は私が悪戯をしたり、勝手に城を抜け出したりすると、いつも優しく叱ってくれたわよね」
「優しくではなかったと思うが」
「十分優しかったわ」
即答だった。
エリスとマリンは目を丸くする。
今まで知らなかった母親の一面が次々と出てくる。
「お母さんが叱る側だったんだ……」
「なんだか想像できるかも」
マリンが小声で言うと、ミリアが苦笑した。
「当時から面倒見は良かったもの」
「ミリアまで……」
クラリスが少しだけ困ったような顔になる。
そんな様子を見ながら、浴場には穏やかな笑い声が響いた。
そうして昔話に花を咲かせているうちに、あっという間に時間は過ぎていった。
お読みいただきありがとうございます。
今回はセレフィーナとクラリスの再会を中心に描かせていただきました。
エリス達にとっては頼れる母親であるクラリスですが、かつては「白銀の剣姫」と呼ばれ、多くの人々の憧れの存在でした。
英雄だった頃を知る人との再会は、旅の途中だからこそ描けるひと時だったように思います。
次回はセントポルでの滞在がさらに進み、エリス達も新たな出会いと出来事に向き合っていきます。
次回の更新は、6月11日18時を予定してます




