白銀の剣姫 ー 街道の襲撃と再会の馬車 ー
エリスは“境界の子”、別名――聖女。
そして同時に、元・魔族の女王。
誰も辿らなかった第三の道を、彼女は選ぶ。
セントポルへ続く街道を、エリス達はゆっくりと進んでいた。
天気は良い。
空は高く、街道には商人の荷馬車の姿も時折見える。
「もう少しでセントポルかぁ」
マリンが少し楽しそうに言う。
「大きい街なんだよね?」
「ああ。この辺りじゃ最大級だ」
ルシアンが周囲を警戒しながら答える。
そんな穏やかな空気の中――
不意に。
『……エリス』
腕輪の中から、セラの声が低く響いた。
いつもの軽さがない。
エリスの表情が僅かに変わる。
(どうしたの?)
『前の方。嫌な気配がする』
エリスは自然に視線を前方へ向けた。
『多分、人』
『隠れてる』
その言葉を聞き、エリスも意識を集中する。
風の流れ。
木々の揺れ。
街道脇の森。
すると――
(……いる)
確かに感じる。
息を潜めている複数の気配。
待ち伏せ。
その瞬間だった。
クラリスが足を止める。
「……待って」
同時に、ガルドも周囲へ視線を向けていた。
「気づいたか」
低い声。
クラリスは小さく頷く。
「ええ。おそらく盗賊か、それに類する連中ね」
その言葉に、一気に空気が引き締まった。
マリンも杖を握り直す。
「盗賊……」
カイルは既に周囲の射線を確認している。
ルシアンも静かに前方を見据えた。
「数は不明か」
『……ん?』
その時だった。
セラが再び声を上げる。
『後ろから何か来る』
(え?)
エリスが振り返る。
すると――
街道の奥から、一台の豪華な馬車が近づいてきていた。
深い紺と金で装飾された車体。
護衛らしき騎士達も同行している。
一目で分かる。
ただの商人ではない。
「かなり身分の高い相手みたいね……」
ミリアが静かに呟く。
ガルドも眉を寄せた。
「タイミングが悪いな」
このまま進めば。
あの馬車は、盗賊達の待ち伏せ地点へ入る。
ルシアンが短く言う。
「一旦端へ寄るぞ」
エリス達は街道の脇へ避け、馬車へ道を譲った。
馬車は速度を落とさない。
そのまま、待ち伏せが潜む前方へと進んでいく。
クラリスの表情が険しくなる。
「……気づいてない?」
「いや」
カイルが低く言った。
「気づいてても止まれない可能性がある」
貴族か、それに近い立場。
護衛への自信もあるのだろう。
『来るよ』
セラの声が鋭くなる。
その直後――
――バンッ!!
前方の森から何かが炸裂した。
同時に、武器を持った人影達が一斉に街道へ飛び出してくる。
「止まれぇぇ!!」
怒号が響き、馬車の前方へ丸太が倒された。
護衛騎士達が即座に馬を止める。
「襲撃だ!」
「馬車を守れ!」
金属音が響き、戦闘が始まった。
森の中から次々と現れる武装集団。
その数は異常だった。
エリス達も思わず表情を引き締める。
だが、その瞬間――
クラリスは、馬車の側面に刻まれた紋章を見ていた。
(……レインハルト辺境伯家?)
見覚えのある家紋。
見間違えるはずがない。
中までは見えなかった。
だが――
(まさか……)
一瞬、ある人物の顔が脳裏を過る。
すると前方では、既に激しい戦闘が始まっていた。
護衛達もかなりの実力者らしく応戦している。
しかし――数が多い。
「くっ、数が多すぎる!」
「馬車へ近づけるな!」
護衛の怒声が飛ぶ。
クラリスは即座に決断した。
「皆、手を貸して!」
そう叫ぶと同時に駆け出す。
迷いは一切なかった。
「クラリス!?」
ミリアが驚きながらも後を追う。
ガルドも大剣を担ぎ直した。
「仕方ねぇな!」
ルシアンも小さく息を吐く。
「全員、援護するぞ!」
エリス達も当然のように駆け出した。
⸻
戦場へ近づくにつれ、その異様さがはっきりと見えてくる。
「多っ……!」
マリンが思わず声を上げた。
百はいる。
しかも。
「……装備がおかしい」
カイルが鋭く呟く。
野盗にしては統一感がありすぎる。
粗雑ではあるが、どこか騎士団を思わせる装備。
ルシアンも眉を寄せた。
「崩れた騎士団か……あるいは私兵上がりか」
完全な素人集団ではない。
だからこそ厄介だった。
一方で、馬車側の護衛達もかなりの手練れらしい。
数で押されながらも、まだ崩れてはいない。
「馬車を守れ!」
「突破させるな!」
どう見ても、ただの貴族ではない。
中にいる人物が相当重要なのだと分かる。
だが――
エリスとマリンは僅かに動きを止めていた。
目の前にいるのは、人間。
今まで戦ってきた魔物とは違う。
「……人」
マリンが小さく呟く。
エリスも剣を握る手に力が入った。
その時。
クラリスが振り返る。
「無理して殺す必要はないわ!」
鋭い声だった。
「戦闘不能にすればいい!」
その言葉に、二人の表情が少しだけ変わる。
「……っ、うん!」
マリンが頷く。
エリスも静かに息を吸った。
完全に迷いが消えたわけではない。
それでも。
守るために動かなければならない。
「行くよ!」
エリスが地面を蹴った。
一瞬で間合いを詰め、野盗の剣を弾き飛ばした。
「なっ!?」
そのまま足払い。
体勢を崩した相手を柄で打ち抜き、気絶させる。
マリンも風魔法を放つ。
「エアブラスト!」
突風が数人まとめて吹き飛ばした。
ルシアンは魔法で敵陣を分断。
カイルの矢が正確に武器だけを射抜く。
そして――
「どけぇぇぇ!!」
ガルドの大剣が地面ごと敵を薙ぎ払った。
圧倒的だった。
数では負けている。
だが、質が違いすぎる。
元Sランク冒険者達。
さらにエリスとマリン。
少人数とは思えない戦闘力に、野盗側は一気に崩れ始めた。
「くっ……!」
「なんだこいつら!?」
「増援じゃねぇのか!?」
動揺が広がる。
クラリスが鋭く叫ぶ。
「押し切るわよ!」
その声を合図に、一行は一気に制圧へ動いた。
戦況は完全に覆っていた。
数では勝っていても、実力差が違いすぎる。
やがて野盗達は完全に崩れ始め、武器を落とす者も増えていった。
戦況が落ち着き始めると、馬車側の護衛騎士達が素早く動き出す。
「拘束しろ!」
「逃がすな!」
騎士達は拘束具を使い、倒れた野盗達を次々と捕縛していった。
だが――
「数が多すぎるな……」
途中から拘束具が足りなくなり、後半は縄で縛るしかなくなっていた。
街道のあちこちに転がる野盗達。
ようやく周囲の空気が落ち着き始める。
すると、護衛騎士の一人がエリス達の方へ歩み寄ってきた。
年配の騎士だった。
鎧にはレインハルト辺境伯家の紋章が刻まれている。
「助太刀、感謝する」
深く頭を下げる。
「貴殿らが来なければ、かなり危険だった」
ルシアンが軽く頷いた。
「たまたま居合わせただけだ」
だが騎士は首を横に振る。
「それでもだ」
「この御恩、レインハルト辺境伯家は忘れない」
その時だった。
馬車の扉が静かに開く。
中から、一人の女性が姿を現した。
思わず、その場の空気が変わる。
淡い金色の髪。
落ち着いた気品ある佇まい。
纏う衣服も一目で上質と分かる。
そして何より――
護衛騎士達が即座にその女性の周囲へ位置取ったことで、その立場が明白だった。
高貴な人物。
誰の目にもそう分かる。
女性は静かに周囲を見渡し――
やがて、クラリスの姿を見つけた。
その瞬間。
女性の表情が大きく揺れる。
驚き。
そして、懐かしさ。
「……まさか」
思わず漏れた声。
女性は目を見開いたまま、一歩前へ出る。
「白銀の剣姫のクラリスでは……?」
その場の空気が、一瞬止まった。
護衛騎士達も驚いたようにクラリスを見る。
「白銀の剣姫……?」
「まさか、あの白銀の聖剣団の……?」
ざわめきが広がる。
クラリスは静かに一礼した。
「お久しぶりでございます、セレフィーナ様」
丁寧な口調。
だが、その表情にはどこか柔らかな懐かしさも浮かんでいる。
「まさか、このような場所でお会いするとは思いませんでした」
セレフィーナも小さく微笑む。
「こちらこそです」
「貴女が旅に出てから、随分経ちましたものね」
その言葉には、昔を知る者同士の空気があった。
エリスとマリンは思わず顔を見合わせる。
(王族関係の人っぽい……)
(お母さん、本当にどんな人だったの……?)
改めて、クラリス達の過去の大きさを実感する二人だった。
最後まで読んで頂きありがとうございます
次回の更新は、6月5日18時を予定してます




