分岐点へ ー 静かな予兆 ー
エリスは“境界の子”、別名――聖女。
そして同時に、元・魔族の女王。
誰も辿らなかった第三の道を、彼女は選ぶ。
今度のキメラは、核そのものを地中へ隠していた。
以前は二重核。
その次は移動型。
そして今回は、本体の外へ核を退避させる構造。
まるで――。
こちらの戦い方に合わせるように、次々と姿を変えてくる。
「……本当に毎回違うね」
マリンが疲れたように息を吐く。
カイルも険しい表情のまま頷いた。
「ああ。
完全に対策され始めてる」
ルシアンも静かに周囲を警戒していた。
「次はもっと厄介なのが来てもおかしくないな」
その言葉に、誰も否定できなかった。
エリスも小さく視線を落とす。
(次は、どんなのが来るんだろう……)
自然と胸の奥に不安が広がる。
敵は、自分達を観察している。
そして学習している。
それが分かるからこそ、不気味だった。
⸻
戦闘を終えた後、四人は周囲の安全を確認してから少し休憩を取った。
消耗は決して軽くない。
だが、いつまでも留まるわけにもいかない。
やがて準備を整えると、再び分岐点へ向けて歩き始めた。
道中も警戒は続けている。
森の気配。
地面の揺れ。
周囲の魔力。
誰も気を抜いていない。
だが――幸い、その後は何事も起こらなかった。
静かな森道を進みながら、エリスはふと頭の中へ響いた声に意識を向ける。
『……だんだん厳しくなってきたね』
セラだった。
『そろそろ、僕を表に出してもいいんじゃない?』
以前より明らかに敵は強くなっている。
このままでは、いずれエリス達だけでは対応しきれなくなる可能性もある。
エリスは少しだけ考え込む。
だが、やがて静かに首を横へ振った。
「……まだ駄目」
『えー』
少し不満そうな声。
エリスは小さく苦笑しながら続ける。
「できるだけ、セラの存在は隠しておきたいの」
『どうして?』
「向こうは、まだセラのことを知らないから」
エリスは静かに前を見る。
監視している何者か。
キメラを改良し続けるグリムヴァル。
相手は、こちらを観察して学習している。
だからこそ――。
「いざって時の切り札は、知られてない方が有利になれる」
セラはしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
『……なるほどね』
どこか納得したような声だった。
『でも、本当に危なくなったら我慢しないからね?』
「うん。
その時は頼る」
エリスが静かに返す。
そのやり取りを終えると、再び視線を前へ向けた。
森の先。
分岐点までは、もうそれほど遠くない。
その後は、大きな襲撃もなく旅は進んでいった。
森を抜け、街道を進み続ける。
周囲への警戒は解いていない。
だが、不気味なほど何も起こらなかった。
そして――。
「見えてきたな」
前を歩いていたルシアンが小さく呟く。
エリス達も視線を前へ向けた。
遠く。
街道が左右へ分かれている場所が見える。
「……あれが分岐点?」
マリンが尋ねる。
「ああ」
ルシアンが頷いた。
「あそこから、王都方面とセントポル方面へ道が分かれる」
ようやくここまで来た。
エリスは小さく息を吐く。
だが、日もかなり傾き始めている。
ルシアンは周囲を見渡しながら言った。
「この近くに野営に使える場所がある。
今日はそこで休むぞ」
無理に夜道を進む必要はない。
特に今は、何が起きてもおかしくない状況だった。
⸻
しばらく進むと、街道から少し外れた場所に開けた空間が見えてきた。
近くに水場もあり、周囲の見通しも悪くない。
野営には丁度良い場所だった。
四人は手慣れた様子で準備を始める。
エリスは水汲み。
マリンとカイルは薪集め。
ルシアンは周囲の警戒。
いつの間にか、それが自然な役割になっていた。
やがて焚き火が灯り、簡単な夕食が出来上がる。
今日だけでも、何度も気を張り続けていた。
地中へ核を隠したキメラ。
次々と変化していく敵。
その不気味さは、まだ全員の胸に残っている。
だからこそ、こうして無事に野営へ入れたことに、僅かな安堵もあった。
食事を終えると、ルシアンが焚き火の前で地図を広げた。
「明日の予定を確認しておく」
全員の視線が集まる。
「分岐点を越えて少し進んだ先に、注意しなきゃいけない場所がある」
ルシアンの声音が少し低くなる。
「地形的に待ち伏せしやすい場所だ。
魔物だけじゃない。
野盗が出ることもある」
その言葉に、マリンの表情が少し強張った。
「野盗……」
エリスも僅かに表情を曇らせる。
魔物とは違う。
人間相手の危険。
それはまた別の怖さがあった。
「とはいえ、毎回出るわけじゃない」
ルシアンは落ち着いた声で続ける。
「だが、警戒は必要だ」
カイルも静かに頷く。
「特に分岐点周辺は人の流れも多い。
狙う側からすれば都合がいい」
エリスとマリンは顔を見合わせる。
少し不安はある。
だが――。
ルシアンとカイルがいる。
それだけで、どこか安心感もあった。
漠然とではあるが、“この二人がいれば大丈夫”と思えた。
やがて話も終わり、見張りの順番を決める。
順番はいつも通り。
最初はマリン。
次がエリス。
その後にカイル、最後がルシアン。
準備を終えると、それぞれ寝袋へ入っていく。
「おやすみ」
小さく挨拶を交わし、静かな夜が始まる。
そして――。
焚き火の前には、最初の見張り役となったマリンだけが残っていた。
揺れる炎が、静かな森を淡く照らしている。
⸻
その日の夜は、特に何事もなく過ぎていった。
森を揺らす風の音。
遠くで鳴く小動物の気配。
交代で見張りを続けながら、エリス達は静かに朝を迎える。
⸻
小鳥のさえずりが、遠くから聞こえてくる。
エリスはゆっくりと目を開けた。
薄く差し込む朝日。
まだ少し冷たい空気。
隣を見ると、マリンが静かな寝息を立てていた。
昨日の戦闘――。
地中へ核を隠した新たなキメラとの戦いもあり、かなり疲れていたのだろう。
エリスは小さく微笑む。
「……まだ寝てる」
起こすのも悪い。
そう思い、なるべく音を立てないよう静かに身支度を整える。
そして、そっとテントの外へ出た。
朝靄の残る野営地。
焚き火の前では、ルシアンが一人見張りを続けていた。
エリスに気づくと、小さく視線を向ける。
「起きたか」
「おはよう」
「ああ、おはよう」
短く朝の挨拶を交わす。
エリスは周囲を見渡した。
「夜は何もなかった?」
「異常なしだ。
妙な気配もなかった」
その言葉に、エリスも小さく安堵する。
「そっか」
ルシアンは軽く頷いた。
「水か?」
「うん、汲んでくる」
エリスは桶を手に取り、川の方へ向かった。
⸻
朝の川辺は静かだった。
澄んだ水面を見つめながら、エリスは桶へ水を汲む。
その時だった。
『……エリス』
頭の中へ、セラの声が響く。
「セラ?」
『なんか、嫌な予感する』
珍しく、少し真面目な声音だった。
エリスは思わず苦笑する。
「……もうキメラはたくさんだよ」
『だよねぇ』
セラもげんなりしたように返す。
だが次の瞬間、少しだけ楽しそうな声になった。
『じゃあ今度は僕にやらせてよ』
「まだ駄目」
エリスは即答する。
『えぇー』
不満そうな声。
「セラのことは、まだ隠しておきたいの」
『分かってるけどさぁ……』
セラは露骨につまらなそうだった。
エリスは小さく笑いながら、水を汲み終える。
⸻
野営地へ戻る頃には、空もかなり明るくなっていた。
すると、ちょうどマリンとカイルが戻ってくるところだった。
マリンは両手に野草を抱えている。
「あ、エリス! おはよー!」
「おはよう」
カイルも軽く手を上げた。
「ちょうど戻るところだった」
どうやら、起きてすぐに野草を採りに行っていたらしい。
そのまま四人は朝食の準備を始める。
温かいスープの匂いが、朝の森へ静かに広がっていった。
⸻
食事を終えると、改めて今日の予定を確認する。
ルシアンが地図を広げた。
「今日中には分岐点を越える。
その先の街道は、昨日話した通り注意が必要だ」
待ち伏せしやすい地形。
魔物だけでなく、野盗が現れる可能性もある場所。
全員が真剣な表情で頷いた。
やがて後片付けも終わり、野営地の痕跡を簡単に整える。
そして――。
エリス達は再び、分岐点へ向けて歩き始めた。
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次回の更新は、6月1日18時を予定してます




