束の間の休息 ー 戦いを終えて ー
エリスは“境界の子”、別名――聖女。
そして同時に、元・魔族の女王。
誰も辿らなかった第三の道を、彼女は選ぶ。
戦いを終えたエリス達は、街道から少し離れた場所で休憩を取っていた。
周囲を警戒しながらも、ひとまず戦闘の緊張は解けている。
だが、空気は重かった。
先ほど倒したキメラ――。
あの異常な魔物について、四人は情報を整理していた。
「……前の個体より、明らかに厄介だったな」
ルシアンが低く呟く。
カイルも静かに頷いた。
「ああ。
再生だけじゃない。
核そのものが動いていた」
普通の魔物ではあり得ない。
以前戦った個体は、二つの核を同時に破壊しなければならなかった。
だが今回の個体は違う。
核そのものが体内を巡回し、狙いを定めさせない構造になっていた。
マリンも不安げな表情を浮かべる。
「次は、また違うのが出てくるかもしれないってことだよね……?」
その言葉に、誰もすぐには返せなかった。
エリスは静かに俯く。
(……間違いなく、私達に合わせてきてる)
あのキメラは偶然ではない。
前回の戦闘を踏まえた上で、改良されていた。
それが意味することは一つだった。
誰かが、自分達を観察している。
『しかも、まだ試作段階っぽいんだよねぇ……』
頭の中で、セラが小さく呟く。
その声にも珍しく軽さがなかった。
ルシアンは地図を広げながら息を吐く。
「予定では、今日中に分岐点へ着くはずだった」
王都方面とセントポル方面へ分かれる中継地点。
順調なら、夕方頃には到着できる距離だった。
だが――。
ルシアンは仲間達を見る。
マリンは魔力消費が激しい。
カイルも連続射撃で消耗している。
そしてエリスも、表情こそ変わらないが、確実に疲弊していた。
「この状態で進むのは危険すぎるな」
カイルが短く言う。
ルシアンも頷いた。
「多少時間がかかっても、安全を優先する」
そう言って地図を折りたたむ。
「今日はもう少しだけ進んだら野営にする」
マリンが少しだけ安堵したように息を吐いた。
「……それがいいと思う」
エリスも静かに頷く。
正直、今は誰も“次が来ない”とは思えていなかった。
森を吹き抜ける風が、不気味なほど静かに木々を揺らしていた。
エリス達は休憩を終えると、再び街道を進み始めた。
空は少しずつ赤く染まり始めている。
本来なら、今日中に分岐点へ到着する予定だった。
だが、先ほどの戦闘での消耗は大きい。
無理に進めば、次に何かあった時の対応が遅れる。
そのため、ルシアンは早めに野営を行う判断を下していた。
しばらく進んだ後。
街道から少し外れた場所に、小さく開けた平地を見つける。
近くには川もあり、周囲の見通しも悪くない。
「……ここなら野営に使えそうだな」
ルシアンの言葉に、全員が頷いた。
手慣れた様子で、それぞれ役割に分かれる。
エリスは水汲み。
マリンとカイルは食材と薪探し。
そしてルシアンは周囲の警戒。
既に自然と役割が定着していた。
⸻
川辺。
夕日に照らされた水面が静かに揺れている。
エリスは桶へ水を汲みながら、小さく息を吐いた。
(今日は、本当に色々あったな……)
移動する核を持つキメラ。
誰かに監視されている感覚。
そして、確実に強くなっていく敵。
考えがまとまりきらない。
その時だった。
――ブルッ。
腰のポーチの中で、微かな振動が走る。
エリスはすぐに気づいた。
「……通信機?」
メルキオラから渡された小型の魔導通信機。
取り出すと、中央のボタンが淡く光っている。
エリスは周囲を確認してから、静かにボタンへ触れた。
「……はい」
次の瞬間。
『――エルシア様』
通信機から、落ち着いた女性の声が響く。
レオネリアだった。
「レオネリア?」
『今、お時間よろしいでしょうか』
その声音はいつも通り冷静だった。
だが、どこか張り詰めている。
エリスの表情も自然と引き締まる。
「何かあったの?」
短い沈黙。
そしてレオネリアが低く告げた。
『……グリムヴァルが、本格的に動き始めています』
エリスの目が細くなる。
予想していた。
だが、実際に言葉として聞くと重みが違う。
『今回のキメラ。
恐らく、エルシア様が“核”を認識できているかを確認する目的だったと思われます』
エリスは静かに息を呑む。
やはり――。
『敵側は、既に核の存在が看破されたことを察知しています』
レオネリアの声が続く。
『そのため、次は何らかの対策を施してくる可能性が高い、と』
エリスは黙って耳を傾ける。
川の水音だけが静かに響いていた。
『先ほど、グリムヴァル本人の発言も確認しました』
レオネリアの声が、わずかに低くなる。
『“核そのものを変質させる”
あるいは、“消滅”への耐性を持たせる可能性があります』
その瞬間。
エリスの表情が僅かに曇った。
(……やっぱり、来る)
ただ強い敵ではない。
こちらの戦い方を観察し、学習し、改良してくる相手。
それは今までの敵とは明らかに違っていた。
『こちらでも引き続き情報収集を行います』
レオネリアは静かに続ける。
『ですが、これまで以上に警戒してください。
グリムヴァルは、確実にエルシア様を研究対象として見始めています』
その言葉だけ、妙に冷たく響いた。
エリスはしばらく黙ったまま、水面を見つめる。
やがて、小さく頷いた。
「……分かった。
知らせてくれてありがとう」
『はい。
どうか、お気をつけて』
通信が途切れる。
淡い光が消え、再び静寂が戻った。
エリスは通信機を静かに握りしめる。
夕暮れの風が、川辺を静かに吹き抜けていた。
エリスは通信を終えると、静かに息を吐いた。
まだ胸の奥に重い感覚は残っている。
だが、今は考え込みすぎても仕方がない。
エリスは桶へ改めて水を汲むと、そのまま野営地へ戻っていった。
⸻
しばらくして。
茂みをかき分ける音と共に、マリンとカイルが戻ってくる。
「ただいまー!」
マリンは両手いっぱいに薪を抱えていた。
カイルの方も、採取した野草やキノコを袋へ詰めている。
「結構採れたな」
「キノコいっぱいあったよ!」
嬉しそうに見せてくるマリンに、ルシアンが少し目を細めた。
「毒は?」
「ちゃんとカイルが確認した!」
「当たり前だ」
カイルが呆れたように返す。
そんなやり取りをしながら、四人は夕食の準備を始めた。
簡素ではあるが、温かいスープの匂いが広がっていく。
⸻
夜。
焚き火を囲みながら、四人は夕食を取っていた。
採ってきた野草とキノコを使ったスープは悪くない。
だが――。
「……やっぱりリンデンのご飯、美味しかったよね」
マリンがぽつりと呟く。
エリスも小さく頷いた。
「分かる。
あのお肉料理、また食べたい……」
「あと甘いのも!」
「ケーキ美味しかったなぁ……」
二人して少し遠い目になる。
すると、向かい側でカイルが小さく鼻で笑った。
「お前ら、完全に食べ物の話ばっかりだな」
「だって美味しかったんだもん」
マリンが即座に返す。
エリスも真面目な顔で頷いた。
「旅の楽しみは大事」
「はいはい」
カイルは肩を竦める。
「子供か」
その一言に、エリスとマリンが同時に反応した。
「子供じゃない!」
「失礼だよね!?」
二人揃って口を尖らせる。
その様子を見て、カイルがさらに笑った。
「ほら、そういうところが子供なんだよ」
「むぅ……!」
「カイルさんひどい!」
ますます不満そうになる二人を見て、ルシアンが呆れ半分に溜息を吐く。
だが、その表情は少しだけ柔らかかった。
先ほどまでの重苦しい空気が、少しだけ和らいでいた。
⸻
食事を終えると、焚き火の傍で温かい茶を飲みながら今後の予定を確認する。
ルシアンが地図を広げた。
「順調なら、明日には分岐点へ着く」
王都方面とセントポル方面へ分かれる中継地。
そこまで行けば、ひとまず大きな街道から外れることはない。
「ただ、今日みたいな襲撃がまたある可能性は高い」
ルシアンの声に、全員の表情が引き締まる。
「警戒は今まで以上に必要だな」
カイルも頷いた。
その後、見張りの順番を決める。
「前回と同じでいくか」
ルシアンの言葉に、全員が頷く。
最初はマリン。
次がエリス。
その後にカイル、最後がルシアン。
順番が決まると、四人は手早く後片付けを済ませていく。
やがて準備が終わり、それぞれ寝袋へ入っていった。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
小さく挨拶を交わす。
そして――。
最初の見張りとして、マリンが焚き火の傍へ腰を下ろした。
静かな夜風が、森をゆっくりと揺らしていた。
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次回の更新は、5月28日18時を予定してます




