表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔族の女王が転生したら聖女になっていた  作者: 白神 エル
第四章:新たな旅立ち ー 守るという覚悟 ー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/71

境を巡り、境を断つ ― 菩提樹の杯の夕食 ―

エリスは“境界の子”、別名――聖女。

そして同時に、元・魔族の女王。

誰も辿らなかった第三の道を、彼女は選ぶ。

エリスはマリンに秘密を一つ打ち明けられたことで、胸の奥にあったわだかまりが少しだけ軽くなった気がした。完全に晴れたわけではないが、それでも誰かと共有できた安心感は大きい。


「……ありがとね、マリン」


ぽつりと呟くと、マリンは首を傾げながらも柔らかく笑った。


「どうしたの急に。でも、そういうのいいよね。秘密を共有するのって」


その言葉にエリスは小さく頷き、二人は部屋を後にした。


廊下を抜けて宿の受付へと向かうと、約束していた時間通りに着いたものの、ルシアンとカイルの姿はまだなかった。


「まだ来てないみたいだね」


「うん、ちょっと早かったかな」


二人は受付の近くで並んで待つことにした。宿の中は賑やかで、冒険者たちの笑い声や食事の香りが漂っている。初めて訪れた街ということもあり、どこか落ち着かない空気にエリスは周囲を見渡した。


「この街、やっぱり人多いね」


「物流の拠点って言ってたし、色んな人が集まるんだろうね」


そんな会話をしていると、入り口の扉が開き、見慣れた二人の姿が現れた。


「待たせたな」


軽く手を上げながら歩いてくるルシアンと、その後ろで肩をすくめるカイル。


「悪い、ちょっとギルドで引き止められてな」


「大丈夫です、今来たところです」


エリスがそう答えると、ルシアンは満足げに頷いた。


「それじゃあ飯にするか。いい店はさっき聞いておいた」


「ほんと?助かるー!」


マリンが嬉しそうに声を上げる。


この街での初めての食事。どんな料理が出てくるのかという期待と、まだ知らない世界への小さな不安が混ざり合い、エリスの胸は少し高鳴っていた。


「じゃあ行くぞ」


ルシアンの一声で、四人は並んで宿を出る。


夕暮れの街は活気に満ちており、行き交う人々、軒先に並ぶ露店、香ばしい匂い。すべてが新鮮で、エリスは思わず足を止めそうになるのを堪えながら歩いた。


その背中を、マリンが軽くつつく。


「エリス、迷子になるよ?」


「な、ならないよ!」


慌てて前を向くエリスに、カイルがくすりと笑った。


「初めての街だもんな。まあ、今日はしっかり食ってゆっくりしろ」


そうして四人は、ルシアンの案内で賑やかな通りを抜け、評判の店へと向かっていった。



―――



四人は教えてもらった店――『菩提樹の杯』の前にたどり着いた。

木製の看板には見慣れない文字が刻まれており、それを見上げたマリンが首を傾げる。


「これ……なんて読むの?難しい字だね」


「ボダイジュ、って読むんだ」


カイルがあっさりと答えると、マリンは「へぇ」と感心したように頷いた。

そのやり取りを聞きながら、エリスは心の中で思う。


(リンデンを、別の言葉に置き換えた感じ……なのかな)


どこかこの街の成り立ちと繋がっていそうな名前に、小さな引っかかりを覚えつつも、ルシアンが扉に手をかけた。


「入るぞ」


重厚な扉が開かれると同時に、熱気と喧騒が流れ出てくる。


中は冒険者と思しき人々で賑わっており、酒の匂いと料理の香ばしい香りが混ざり合っていた。

あちこちから聞こえるのは、武勇伝や旅の噂話、依頼の愚痴。


「おい、その魔物ほんとに一人で倒したのかよ!」

「いや、三人だって言ってるだろ!」


そんな声が飛び交う中、四人は空いている席を見つけて腰を下ろした。

ほどなくして店員がやって来て、手際よくメニューを差し出す。


「ご注文はお決まりですか?」


ルシアンが軽くメニューに目を通しながら尋ねた。


「おすすめは?」


「そうですね……境巡りの鍋と、境断ちの焼き肉が人気ですね」


その名前を聞いた瞬間、エリスの胸がわずかにざわつく。


(……どっちも、なんだか私に関係ありそうな名前)


気のせいだろうか。だが、妙に引っかかる。


「どんな料理なんだ?」


今度はカイルが尋ねると、店員は慣れた様子で説明を続けた。


「境巡りの鍋は、各地から運ばれてきた食材――肉や根菜、豆などを一つの鍋で煮込む料理です。時期によって内容が変わるので、その日ごとに味も少しずつ違います」


「へぇ、面白いね」


マリンが興味深そうに身を乗り出す。


「境断ちの焼き肉は、魔物肉や大型獣の肉を豪快に焼き上げた料理です。香草と塩でシンプルに味付けしていますので、素材の味を楽しめますよ」


説明を聞き終え、ルシアンが頷いた。


「じゃあ、それを頼むか」


「俺は焼き肉とエールだな」


カイルも迷いなく続く。


「じゃあ私たちは鍋にしよっか」


「うん、それと……葡萄ジュースで」


エリスの言葉に、店員は一礼した。


「かしこまりました」


注文を終え、店員が去っていく。


店内の喧騒の中で、ふとエリスは自分の胸の奥に残る違和感を見つめた。


(境巡り……境断ち……)


どちらの言葉も、今の自分をどこか映しているような気がしてならなかった。

その意味を、まだはっきりとは掴めないまま――料理が運ばれてくるのを待つのだった。


「どんな料理なのか楽しみだね」


マリンが弾んだ声で言うと、エリスも小さく頷いた。


しばらくして、香ばしい匂いとともに料理が運ばれてくる。


湯気を立てる大きな鍋と、こんがりと焼き上げられた肉の皿。テーブルに置かれた瞬間、食欲を刺激する香りが一気に広がった。


「お待たせしました」


料理を並べ終えた店員――店主らしき男が、ふと四人を見て尋ねる。


「皆さん、この街は初めてかい?」


「ええ、今日来たばかりです」


ルシアンが答えると、店主は頷き、料理を軽く指差した。


「なら、この名前の意味も知っておくといい

 “境巡りの鍋”は、色んな土地の食材を混ぜ合わせることから来てる。境を巡って、ひとつにするって意味だ

 “境断ちの焼き肉”はその逆だな。余計なものを加えず、素材を分けて味わう。境を断つ、ってわけだ」


「へぇ……」


マリンが興味深そうに呟く。


「まあ、難しく考えずに食ってみな」


そう言い残し、店主は厨房へと戻っていった。

その背中を見送りながら、エリスは鍋を見つめる。


(なんとなく選んだけど……)


様々なものを混ぜ合わせる料理。

それは、自分の在り方とどこか重なっている気がした。


そんな中、ルシアンがぽつりと呟く。


「“境”か……」


一瞬だけ、エリスの方へ視線を向ける。

だがそれ以上は言わず、言葉を切った。

その空気を感じ取ったのか、カイルが軽く肩をすくめる。


「ただの料理名だろ。深読みしすぎるなよ」


「ああ……そうだな」


ルシアンもそれ以上は触れず、話題を流した。


一方で――


「ん〜!これすっごく美味しい!」


マリンはすでに鍋を口に運び、満面の笑みを浮かべていた。


「おい、早いな」


カイルが呆れたように言うと、


「だって冷めちゃうもん!」


とマリンは笑う。


その様子に、エリスも思わず頬を緩めた。


「……いただきます」


四人はそれぞれ料理に手を伸ばす。


鍋は優しい出汁が具材に染み込み、体の芯から温まる味。

焼き肉は噛むほどに旨味が広がり、香草の香りが後を引く。


自然と会話も弾み、笑い声がこぼれる。

旅のこと、街のこと、他愛のない話。

気づけばすべて平らげており、四人は満足げに息をついた。


初めての街での食事は、どこか特別で――

エリスにとっても、それは少しだけ心が軽くなる時間だった。


食事を終えた四人は、満足げに店を後にし、そのまま宿へと戻った。


夜の街はまだ賑わっていたが、昼間とは違う落ち着いた空気が流れている。灯りに照らされた石畳を歩きながら、マリンは小さく伸びをした。


「はぁ〜、お腹いっぱい……」


「食いすぎだろ」


カイルが呆れたように言うと、マリンは笑ってごまかす。

そんなやり取りをしながら宿に戻ると、ルシアンが足を止めて振り返った。


「明日のことだが――すぐに出発はしない」


その言葉に、エリスとマリンがきょとんとする。


「「え?」」


「ここで一日休む。準備もあるしな」


「準備……?」


マリンが首を傾げると、カイルが補足するように言った。


「装備の見直し、消耗品の補充、情報収集。やることは結構あるんだよ」


ルシアンも頷く。


「それに、お前たちは初めての旅だ。無理に進むより、一度しっかり休んだ方がいい」


その言葉はどこか柔らかく、気遣いが滲んでいた。

エリスは少し驚いたように目を瞬かせる。


「……いいんですか?」


「急ぐ旅でもない。安全に進む方が大事だ」


短い言葉だったが、その重みは十分に伝わった。


「やった、じゃあゆっくりできるんだ!」


マリンは嬉しそうに笑う。


「観光もできるかもね!」


「遊びに来たわけじゃないぞ」


カイルが呆れながらも、どこか楽しそうに返す。


「少しくらいはいいだろ」


ルシアンも否定はしなかった。

そうして、明日はこの街で一日を過ごすことが決まる。


「じゃあ、朝は……」


「七時に集合だ。遅れるなよ」


「はーい」


軽く確認を終えると、四人は二手に分かれ、それぞれの部屋へと戻っていった。


部屋に入るなり、エリスとマリンはほっとしたようにベッドへと倒れ込む。


「……やっと、ちゃんとしたベッドだね」


「うん……久しぶりに安心して寝れそう」


柔らかな寝具の感触に包まれながら、二人は自然と顔を見合わせた。


「リンドルからリンデンに来るまで、色々あったよね」


「うん……特にあのキメラ……」


思い出しただけで、マリンは少し肩をすくめる。


「怖かったよね」


「うん。もう二度と会いたくないかも……」


苦笑しながらも、どこか現実味のない出来事のように語る。

それでも確かに、自分たちはそれを乗り越えてここまで来たのだ。


「でもさ」


マリンがぽつりと続ける。


「無事にここまで来れてよかったね」


その言葉に、エリスは静かに頷いた。


「……うん」


短い返事だったが、その中には色々な想いが込められていた。

安心感と、これからへの少しの不安。

それらを抱えたまま、二人はゆっくりと目を閉じていく。

久しぶりの柔らかなベッドと、静かな部屋。


心も身体も解けるように――

やがて、二人は自然と深い眠りへと落ちていった。

最後まで読んで頂きありがとうございます

次回の更新は、5月22日18時を予定してます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
https://ncode.syosetu.com/n5658ly/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ