初めての街 ー リンデン ー
エリスは“境界の子”、別名――聖女。
そして同時に、元・魔族の女王。
誰も辿らなかった第三の道を、彼女は選ぶ。
エリスの剣がコアを砕いた瞬間——
地面の奥から、何かが崩れるような感覚が伝わってきた。
そして。
黒く濁った魔石が、地面の上へと現れる。
「……やっぱり」
カイルが低く呟く。
「改造個体か」
ルシアンも静かに頷いた。
エリスはそれを拾い上げる。
重く、どこか不気味な感触。
(……間違いない)
昨日のキメラと同じ。
⸻
「ここで一度休む」
ルシアンが判断を下す。
「連戦は危険だ」
「リンデンへの到着は少し遅れるが、安全を優先する」
三人は迷わず頷いた。
異論はない。
⸻
しばらく休憩を取りながら、先ほどの戦闘を振り返る。
その中で——
マリンがふと口を開いた。
「ねえ、エリス」
少しだけ首を傾げる。
「なんで、コアの位置わかったの?」
「……っ」
エリスの動きが一瞬止まる。
鋭い指摘。
(まずい……)
一拍。
ほんのわずかな間のあと、すぐに考えをまとめる。
「……なんとなく」
軽く笑いながら答える。
「気配、感じるっていうか
そこにあるって、わかるの」
マリンがじっと見つめる。
エリスは続けた。
「最近になって、できるようになったの
たぶん……境界の子の力、かも」
少し惚けるように言う。
短い沈黙。
マリンは少し考えたあと——
「……そっか」
納得したように頷いた。
カイルも肩をすくめる。
「まあ、普通じゃねぇのは確かだしな」
ルシアンも特に追及はしない。
「未知の力があっても不思議ではない」
それで話は終わった。
(……助かった)
エリスは内心で小さく息を吐く。
だが——
完全に誤魔化せたかどうかは、わからなかった。
エリスは小さく息を吐いた。
(……いずれは話さないと)
セラのこと。
隠し続けるつもりはない。
だが——今はまだ、その時ではない。
そんな思いを胸に抱えたまま、顔を上げる。
他の三人は、その内心を知ることもなく——
「そろそろ行くぞ」
ルシアンの一言で、休憩は終わった。
四人は荷物を背負い直し、再び歩き出す。
⸻
しばらく進むと——
「あ……!」
マリンが声を上げる。
その視線の先。
遠くに、街並みが見え始めていた。
「……リンデン?」
エリスも目を凝らす。
石造りの建物が並び、その中心には——
ひときわ高い塔がそびえている。
「うわぁ……!」
思わず声が漏れる。
「すごい……あの塔、高いね!」
マリンも興奮気味に言う。
「あれ、リンドルの教会の塔とどっちが高いかな?」
「どうだろう……こっちの方が高く見えるかも」
そんな会話を交わしながら、自然と足取りも軽くなる。
「でも、街並みはちょっと似てるね」
「うん、なんか安心する」
初めて訪れる街。
不安もあるが、それ以上に期待が大きかった。
⸻
やがて——
四人はリンデンの門へとたどり着いた。
衛兵に呼び止められ、それぞれギルドカードを提示する。
エリスがカードを差し出した時——
衛兵の視線が止まった。
「……君が、このランクか?」
明らかに、見た目との違いに疑いを持っている。
エリスは少しだけ困ったように笑う。
「はい……」
衛兵は頷く。
「確認を取る」
取り出されたのは、小さな水晶。
その瞬間——
『エリス』
セラの声が念話で響く。
『そのまま触ると、また光るよ』
「……!」
一瞬、背筋が冷える。
『魔力、抑えて
できるでしょ?』
エリスは小さく息を整える。
(……集中して)
意識を内側へ向け、魔力の流れを抑える。
「……大丈夫」
小さく呟き、水晶へ手をかざす。
淡い光が、静かに灯る。
前回のような異常な発光はない。
衛兵はそれを確認すると頷いた。
「……問題なし」
カードを返す。
「通っていい」
エリスはほっと胸を撫で下ろした。
(……助かった)
セラの助言がなければ、また目立っていたかもしれない。
こうして、四人は無事にリンデンへ入ることができた。
門をくぐると、街の空気が一気に広がる。
人の気配。
行き交う声。
活気。
だが——
ルシアンはすぐに言った。
「まずはギルドだ
情報を集める」
三人も頷く。
・途中で遭遇した魔物の報告
・現在の状況の確認
・そして宿の情報
やるべきことは明確だった。
衛兵に場所を尋ねると、すぐに教えてくれる。
それを頼りに、街の中を進んでいく。
⸻
やがて見えてきたのは、冒険者ギルド。
「……リンドルと同じくらいだね」
マリンが呟く。
外観は似ているが、周囲の人の多さが違う。
ルシアンが扉に手をかける。
「入るぞ」
ドアを開けると——
中は、冒険者たちでごった返していた。
ざわめき。
怒号。
笑い声。
一気に、空気が変わる。
ここが——
リンデンの冒険者ギルドだった。
冒険者ギルドに入ると、四人は迷わず受付へと向かった。
周囲は騒がしかったが、ルシアンは構わず口を開く。
「報告がある」
受付の女性が顔を上げる。
「はい、どのような——」
その言葉を遮るように、ルシアンは続けた。
「この周辺で、異常な魔物が出ている」
一瞬で、女性の表情が変わる。
「……詳しく」
ルシアンは簡潔に伝えていく。
「まず、ゴブリンなどの魔物の魔石が黒く濁っていた」
「……っ」
「さらに、トレントが襲ってきた」
「え……?」
予想外の報告に、女性の顔色が変わる。
そして——
「キメラも出た」
その一言で、空気が凍りついた。
女性の顔がみるみる青ざめていく。
「……そ、それは……」
言葉が続かない。
ルシアンは淡々と告げる。
「事実だ
討伐済みだが、個体は明らかに通常とは違う」
短い沈黙。
そして女性は、はっとしたように立ち上がった。
「……少々お待ちください」
声がわずかに震えている。
「詳しくお話を伺いたいので、こちらへ」
四人はそのまま、別室へと案内された。
⸻
静かな部屋。
外の喧騒とは切り離された空間。
しばらく待つと——
扉が開く。
一人の男が入ってきた。
落ち着いた足取り。
鋭い視線。
「……話は聞いた」
低く、重みのある声。
「私はこのギルドの責任者——アルバインだ」
リンデンのギルドマスターだった
「座れ」
アルバインは短く言い、四人を見渡した。
促されるまま、四人は椅子に腰を下ろす。
その視線は鋭く、まるで値踏みするようだった。
「まずは自己紹介だ。名前と所属、ランクもな」
一瞬の間。
ルシアンが口を開く。
「ルシアン。“新たな星座”のリーダーだ。今はランクはA」
“今は”という一言。
それを聞いた瞬間――
アルバインの視線が、わずかに鋭さを増した。
カードを受け取り、目を落とす。
「……ほう」
短い声。
だが、その目は単なるランク以上の何かを探っているようだった。
「この年でAか……いや——」
一瞬、言葉を切る。
ルシアンを見上げる。
「“それだけ”には見えんな」
ルシアンはわずかに口元を緩めるだけで、何も答えない。
アルバインはカードを返した。
「……事情持ちか。まぁいい」
短く切り捨てるように言うが、完全には納得していない様子だった。
⸻
続いて、カイル。
「カイル。同じく“新たな星座”。ランクはAだ」
軽い調子でカードを差し出す。
アルバインはそれを受け取り――
一瞬だけ、眉をひそめた。
「……お前もか」
小さく呟く。
カードとカイルの顔を見比べる。
「この動き、立ち方……Aにしては完成されすぎている」
「褒めてくれてんのか?」
カイルは肩をすくめる。
アルバインは鼻で笑う。
「違うな。“隠している”側の人間だ」
その言葉に、空気がわずかに張る。
だがカイルは、あえて軽く流した。
「さぁな。どうだろうな」
アルバインはカードを返す。
「……面倒なのを抱えてるな」
視線がルシアンとカイルの間を往復する。
「元上位か、あるいは——それ以上」
断定はしない。
だが、見抜いている。
カイルは苦笑しつつカードを受け取る。
三人目――マリン。
「マリンです!“新たな星座”で、えっと……ランクはCです」
少し緊張しながらカードを差し出す。
アルバインの視線が、ほんのわずか柔らぐ。
「魔術師か。……年齢の割に悪くない」
「え、ほんとですか?」
「調子に乗るな。実戦で死ぬタイプだ」
「うっ……」
肩を落とすマリンに、アルバインは小さく息を吐いた。
そして最後に――
エリス。
椅子に座ったまま、静かにカードを差し出す。
「エリス。“新たな星座”」
それだけの簡潔な名乗り。
アルバインは無言でカードを受け取る。
――そして、止まった。
「……は?」
低く、押し殺した声。
もう一度、カードを見直す。
目の奥の色が、明らかに変わる。
「……これは、どういうことだ」
ゆっくりと顔を上げ、エリスを見据える。
「このランク……あり得ん」
部屋の空気が張り詰めた。
誰も口を開かない。
エリスはただ静かに、その視線を受け止めている。
「誰が、これを付けた」
短く、鋭い問い。
一瞬の沈黙の後――
「バルガスだ」
ルシアンが答えた。
その名を聞いた瞬間、
アルバインは片手で額を押さえた。
「……あいつは……」
深く、長いため息。
「何を考えているんだ、あの男は……」
呆れと苛立ちが混じった声が、静かな部屋に落ちた。
「……そのランクの理由、説明してもらおうか」
アルバインの低い声が、部屋の空気をさらに張り詰めさせる。
一瞬の沈黙。
やがて、ルシアンが口を開いた。
「――これから話すことは、ここだけの話にしてほしい」
視線を真っ直ぐに向ける。
試すような間。
アルバインはわずかに目を細めた。
「内容次第だな。だが……聞くだけは聞いてやる」
ルシアンは小さく頷いた。
「ギルド登録の際、水晶が異常な反応を示した」
その一言で、アルバインの表情がわずかに変わる。
「……異常、だと?」
「ああ。明らかに通常とは違う反応だった」
ルシアンは一拍置き、続ける。
「バルガスは、その反応を文献と照らし合わせた」
「……」
「その結果――エリスが“境界の子”だと判断した」
静寂。
空気が、凍りつく。
アルバインは何も言わず、エリスを見た。
次に、テーブルの上のカード。
そして、ゆっくりと目を閉じる。
「……なるほどな」
短く、吐き出すような声。
しばらくの沈黙の後、アルバインは深く息を吐いた。
「……あいつは、それでランクそうしたのか」
呆れと苛立ちが混じる。
「そんなことをすれば、この子が目立つのは分かりきっているだろうに」
頭を押さえ、低く吐き捨てる。
「何を考えている……バルガスの奴は」
重い空気が落ちる。
だが――
アルバインはすぐに顔を上げた。
視線は、まっすぐエリスへ。
数秒。
何かを測るような沈黙。
そして――
「……まあいい」
短く言い切る。
「それはお前の問題じゃない」
視線を外し、椅子に深く腰掛け直す。
「エリスだったな」
名前を確認するように呼ぶ。
「余計なことに巻き込まれるかもしれんが――今は関係ない」
言葉を切り替える。
空気が、少しだけ現実に戻る。
「まずは報告を聞く」
鋭い視線が、四人全員に向けられた。
「異常個体の件だ。最初から、順に話せ」
そう言われて、ルシアンは魔石を荷物から取り出した
「これが、回収した魔石だ」
黒く濁った魔石を取り出し、テーブルの上に置く。
アルバインの視線が鋭くなる。
「……見せてもらおう」
手に取り、じっと観察する。
その間に、ルシアンが続けた。
「まず、ゴブリンだが——
統制が取れていた
動きも連携も、通常の個体とは明らかに違う」
カイルが補足する。
「知能が上がってる感じだったな」
アルバインは無言で頷く。
「次にトレント」
ルシアンの声が低くなる。
「あれは本来、こちらから手を出さなければ襲ってこない
だが——今回は違った
待ち伏せし、包囲してきた」
マリンも思い出すように言う。
「森に擬態して、逃げ道を塞いできたよ」
アルバインの指が、わずかに止まる。
「……異常だな」
そして——
ルシアンは最後に言った。
「極め付けが、キメラだ」
空気がさらに重くなる。
「剣でも、魔法でも——
ダメージを与えても、すぐに再生する」
エリスが静かに続ける。
「でも……コアを壊したら、倒せた
偶然、弱点を見つけられたから」
アルバインは視線を上げる。
「コア、か」
一言、呟く。
そして——
ゆっくりと魔石をテーブルに戻した。
「……なるほど」
しばしの沈黙。
思考を巡らせているのが、空気で伝わる。
やがて、アルバインは口を開いた。
「結論から言う」
視線が四人を捉える。
「これは自然発生ではない」
その声は、はっきりとしていた。
「何者かの手によって——
魔物が“作られている”可能性が高い」
部屋の空気が、一段と重くなる。
それは、ただの異変ではなく——
“意図された脅威”だった。
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