森 — 静かな朝 —
エリスは“境界の子”、別名――聖女。
そして同時に、元・魔族の女王。
誰も辿らなかった第三の道を、彼女は選ぶ。
森に、朝が訪れる。
木々の間から差し込む光が、
夜の闇をゆっくりと押しのけていく。
鳥のさえずり。
冷たい空気が、少しずつ和らいでいく。
焚き火の前では、カイルが一人座っていた。
手にはマグカップ。
湯気の立つお茶を、静かに口に運ぶ。
最後の見張り。
夜は何事もなく終わった。
——そのはずだった。
テントの中。
エリスとマリンは、ほぼ同時に目を覚ました。
「……おはよう」
「おはよう」
小さく笑い合う。
「ちゃんと寝れた?」
「うん……
マリンは?」
「私も」
少しだけ間を置いて、マリンが言う。
「……一人じゃなかったからかな」
エリスも、柔らかく頷く。
「うん、安心できた」
初めての野営。
不安はあった。
でも——
隣に誰かがいるだけで、それは少し軽くなる。
二人は身支度を整え、
テントの外へ出る。
朝の光が、まぶしい。
「お、起きたか」
カイルが振り向く。
「「おはようございます」」
二人が挨拶をすると、カイルは軽く手を上げた。
「特に異常はなかった
いい朝だ」
穏やかな声。
だが——
エリスの胸には、昨夜の出来事が残っていた。
(……レオネリア)
(……メルキオラ)
そして——
(グリムヴァル……)
この平穏の裏で、確実に何かが動いている。
それを知っているのは——
今は、エリスだけだった。
暫くして
エリスとマリンが、お茶の用意をしていると——
「……ふぁ……」
ルシアンが、大きくあくびをしながらテントから出てきた。
それを見たカイルが、すかさず笑う。
「おいおい、一番遅いな」
ルシアンは、少し不機嫌そうに眉をひそめた。
「最後の見張りのあと、寝たのはついさっきだ
仕方ないだろ」
「はいはい」
カイルは軽く肩をすくめる。
そんなやり取りに、マリンとエリスは小さく笑った。
全員が揃うと、すぐに朝食の準備が始まる。
「じゃあ、水汲んでくるね」
エリスがそう言うと、マリンも続く。
「私はキノコと木の実探してくる!」
「じゃあ俺も行くか」
カイルも立ち上がる。
「薪は昨日ので足りるしな」
「頼む」
ルシアンは一人、野営地に残った。
エリスは、川へ向かって歩き出す。
朝の空気は澄んでいて、
水の音が心地よく響いていた。
だが——
(……どう話そう)
昨夜の出来事が、頭から離れない。
レオネリアとメルキオラ。
そして——
グリムヴァル。
(全部は、話せない)
それは、はっきりしていた。
でも——
「危険があること」は伝えなければならない。
(名前は出さない……)
(でも、内容は伝える)
しばらく考え、ひとつの結論にたどり着く。
(……やっぱり)
「セレネ様からのお告げ」
それが一番自然だった。
小さく息を吐く。
「……よし」
水を汲み終え、立ち上がる。
仲間の待つ場所へと、戻っていった。
エリスが野営地に戻ると、
鍋に水を張り、火にかけた。
しばらくして——
「ただいまー!」
マリンとカイルが戻ってくる。
手には、木の実やキノコ。
そして——
「見て見て!」
マリンが誇らしげに掲げたのは、山菜だった。
「これも食べられるんだって!
カイルさんに教えてもらったの!」
得意げな笑顔。
エリスはそれを見て、少し目を丸くする。
「すごい……
ちゃんと見分けられるの?」
マリンは胸を張った。
「もちろん!
葉っぱの形とか、匂いとかでわかるんだよ!
ね、カイルさん!」
カイルは軽く頷く。
「まあ、慣れればな
毒草もあるから、そこはちゃんと覚えろよ」
「はーい!」
元気な返事。
エリスは、少しだけ悔しそうに笑った。
「……先越されちゃったなぁ」
「えへへ」
マリンが嬉しそうに笑う。
そんなやり取りに、場の空気が和らぐ。
エリスは鍋に材料を入れていく。
木の実。
キノコ。
山菜。
そこに干し肉を加え、軽く味を整える。
やがて、湯気と共に香りが立ち上った。
「できたよ」
それぞれ器に取り分ける。
「いただきます」
四人の声が重なる。
「……うまいな」
ルシアンが短く言う。
「昨日より美味しいかも!」
マリンが嬉しそうに言った。
「山菜のおかげだな」
カイルも頷く。
エリスは、その様子を見ながら小さく微笑んだ。
(……いい感じだな)
初めての旅。
初めての野営。
少しずつ——
“パーティ”になっていくのを感じていた。
だが——
(……話さないと)
胸の奥にある、もう一つの現実。
この穏やかな時間の後に、
伝えなければならないことがある。
エリスは、そっと視線を落とした。
そして——
朝食を終えた四人は、手際よく後片付けを済ませた。
エリスとマリンは、お茶を淹れる。
湯気の立つカップが、それぞれの手に渡った。
ほっと一息ついた、その時。
「じゃあ、今日の——」
ルシアンが口を開こうとした瞬間。
「……あの」
エリスが、少しだけ真剣な声で割り込んだ。
「話したいことがあるの」
その空気に、三人の視線が集まる。
エリスは一度、息を整えてから話し始めた。
「……昨日の夜
夢の中で、セレネ様が現れて——
魔族が、もっと強力なキメラを作っているって……
それを、この森のどこかに潜ませるって聞いた」
一瞬、空気が張り詰める。
「……キメラ?」
マリンの声が、少しだけ不安を含む。
カイルは腕を組み、表情を引き締めた。
そして——
ルシアンは、黙って考えていた。
(強力な個体……)
(奇襲前提で来る可能性が高い)
視線を上げる。
「……今の戦力でも、対応はできる
だが——
奇襲を受けた場合は別だ」
エリスとマリンを見る。
「お前たちは強い」
だが、まだ戦場に慣れていない
不意を突かれると厳しい」
その言葉に、二人は静かに頷いた。
ルシアンは地面に簡単な地図を描く。
「だから——
森の奥を最短で抜けるルートは取らない
見晴らしのいい場所を選んで進む
多少遠回りになっても、安全を優先する」
カイルが頷く。
「……妥当だな」
マリンも少し安心したように言った。
「そっちの方が安心かも……」
だが、問題もある。
「遠回りって、どれくらいになるの?
食料、足りるかな……」
エリスの言葉に、ルシアンは少し考える。
「……数日分は余裕がある
だが、無駄はできないな」
カイルも口を開く。
「途中で補給できる場所はない
狩りと採取は継続だな」
しばらく、四人で意見を交わす。
そして——
結論は、自然とまとまった。
「……よし」
ルシアンが、静かに言う。
「このルートで行く
安全優先だ」
三人は、頷いた。
それぞれの不安はある。
だが——
同じ判断を共有したことで、
その不安は少しだけ軽くなっていた
遥か上空——
人界を見下ろす、静かな白の世界。
二つの影が、森の中の一行を見つめていた。
アテナが、ふっと口元を緩める。
「……あなたからのお告げ、になってるわよ?」
その言葉に、セレネは少しだけ困ったように笑った。
「あれくらいは、許しましょう
……でも
何でもかんでも“お告げ”にされるのは、少し困るわね」
アテナは肩をすくめる。
「仕方ないじゃない
魔族から直接聞きました、とは言えないでしょうし」
セレネも、軽くため息をついた。
「……ええ
それは、そうね」
半ば諦めたような表情。
だが、その視線はすぐに鋭さを帯びる。
「それにしても——
キメラの生成
均衡を崩す、明確な要因の一つね」
アテナは、静かに頷く。
「ええ
力の偏りは、必ず歪みを生む」
一瞬、沈黙が流れる。
だが——
アテナはふっと微笑んだ。
「でも、あの子は違う
私とは違って、“調和”を選ぶ子」
セレネも、優しく目を細める。
「ええ
だからこそ——
どう動くのか、楽しみね」
森を進む、小さな一行。
その歩みはまだ、か細い。
だが——
確実に、世界を変えようとしている。
二人は、それを静かに見つめていた。
介入することなく。
ただ——
その行く末を、楽しむように。
最後まで読んで頂きありがとうございます
次回の更新は、5月11日18時を予定してます




