夜の森 ー 忠誠の再開 ー
エリスは“境界の子”、別名――聖女。
そして同時に、元・魔族の女王。
誰も辿らなかった第三の道を、彼女は選ぶ。
森の奥。
静寂の中に、もう一つの気配が現れる。
木々の影から姿を現したのは——
メルキオラ。
レオネリアと、視線を交わす。
言葉はいらなかった。
次の瞬間——
二人は同時に、エリスの前に跪いた。
片膝をつき、頭を垂れる。
完全なる敬意の姿勢。
「……っ」
エリスは、その光景に息を呑む。
初めて見るはずの光景。
——なのに、胸の奥が熱くなる。
(……懐かしい)
胸の奥が、強く揺れた。
そして——
二人の声が、重なる。
「「——エルシア様
おかえりなさいませ」」
その言葉は、静かに。
しかし、確かに響いた。
エリスは、戸惑いながらも口を開く。
「……やめて
私は……」
言葉に詰まる。
だが——
目の前の二人を見て、はっきりと告げた。
「……全部は思い出せていない
でも
あなたたちのことは……少しだけ、わかる気がする」
レオネリアとメルキオラが、顔を上げる。
その目に、強い光が宿る。
エリスは続ける。
「私は、エルシアの転生者……
でも今は、“エリス”として生きてる」
夜の静寂の中、その言葉が落ちる。
「まだ、全部の記憶は戻ってない
だから……完全に同じ存在じゃない」
一瞬、間を置く。
そして——
「でも
目指しているものは、同じだと思う」
真っ直ぐに、二人を見る。
「人族も魔族も関係なく、
一緒に生きられる世界を作りたい」
その言葉に——
空気が変わる。
レオネリアの肩が、わずかに震えた。
メルキオラは、目を伏せる。
そして——
二人の瞳に、涙が滲む。
「……変わっていない」
レオネリアが、かすかに呟く。
「あの頃と……何も」
メルキオラも、小さく笑った。
「ほんと……
あなたらしいわ」
再び、深く頭を垂れる。
それは、過去の主への忠誠ではない。
“今を生きるエリス”への敬意だった。
レオネリアは、静かに頭を垂れたまま言った。
「その言葉が聞けただけで、十分です
またあなたと、理想のために進めると思うと——
胸が、いっぱいです」
メルキオラも、小さく頷く。
「ええ……私も同じ気持ちです」
エリスは、その二人を見つめながら、少しだけ迷った。
だが——
(……もう、隠さなくていい)
静かに口を開く。
「……実は
あなたたちが現れることは、知ってたの」
「「……!」」
二人の目が見開かれる。
「今の私は、“境界の子”として
女神から……旧知の者が現れるって、知らされていたの」
一瞬、沈黙。
「……女神?
会った……ということですか?」
レオネリアの声に、わずかな動揺が混じる。
メルキオラも、珍しく真剣な表情をしていた。
エリスは頷く。
「うん
だから……
さっき、レオネリアが斬りかかってきた時も
懐かしい気配だったから、本気では反撃しなかった」
レオネリアは、わずかに息を呑む。
そして——
小さく、笑った。
「……やはり、あなたはエルシア様だ」
エリスは首を横に振る。
「今はエリスだよ
でも——やることは同じ」
少しだけ前を見据える。
「私は今、人界をまとめようとしてる
そのために、王都に向かってるの
まずは……サントス国をまとめたいの」
その言葉に、二人は真剣に耳を傾けた。
エリスが話し終えると——
今度はレオネリアが口を開く。
「では、こちらの状況を
現在、魔界では——
魔物の改造が進められています」
メルキオラが続ける。
「グリムヴァルという研究者が中心です
キメラの生成……
かなり危険な領域に踏み込んでいます」
エリスの表情が、わずかに引き締まる。
(……やっぱり)
レオネリアは続けた。
「我々としては——
今すぐあなたと行動を共にしたいと思っています
それが本心です」
一瞬の間。
「ですが
今はそれよりも
魔族側の動きを把握することが優先と判断しました」
メルキオラも頷く。
「内部にいないと、わからないことも多いと思います」
エリスは、静かに微笑んだ。
「……ありがとう
すごく、頼りになる」
その言葉に、二人はわずかに目を細める。
メルキオラが、懐から小さな魔道具を取り出した。
「これ、持っていてください
通信できる魔道具です
距離が離れてても、連絡が取れます」
エリスはそれを受け取る。
小さく、しかし確かな繋がり。
「……うん
これで、繋がっていられるね」
夜の森に——
新たな“同盟”が結ばれた。
レオネリアは、周囲に目を配りながら静かに言った。
「……あまりエルシア様の戻りが遅いと、不審に思われます
今日は、この辺りで失礼いたします」
メルキオラも軽く頷く。
「また連絡します」
次の瞬間——
二人の姿は、闇の中へと溶けるように消えていった。
静寂が戻る。
エリスは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
(……本当に、会えた)
胸の奥に残る、温かな感覚。
それを抱えたまま、野営地へと戻る。
『ねぇ、今のって……知り合い?』
セラの声が、すぐに響いた。
エリスは少しだけ考えてから答える。
「……うん
はっきりとは思い出せないけど
前世の私が、信頼していた配下の人たち
前世の私が考えてた、魔族と人族が
ともに争いなく暮らせる世界を
一緒に目指していた仲間」
『へぇ……』
セラは、どこか感心したように言った。
『魔族側にも味方がいるってことだね』
「……うん」
エリスは静かに頷く。
「記憶は曖昧だけど……
あの二人は、信頼できる」
その言葉に、迷いはなかった。
だが——
一つだけ、引っかかることがある。
(……グリムヴァル)
魔物の改造。
キメラ。
明らかに、放置できる話ではない。
(……どう3人に伝える?)
仲間に話す必要がある。
だが——
「魔族から聞いた」とは言えない。
少しだけ考え、結論を出す。
(……お告げ、でいい)
境界の子としての立場なら、自然だ。
『……難しい顔してるね』
セラが、少しだけからかうように言う。
「うん……ちょっとね」
エリスは小さく笑った。
その時——
焚き火の方から、かすかな気配。
交代の時間だった。
エリスはルシアンのテントへ向かい、
静かに声をかける。
「……交代の時間だよ」
ルシアンはすぐに目を覚ました。
「異常は?」
「……うん、大丈夫」
短いやり取り。
それだけで、十分だった。
自分のテントに戻る。
横になり、目を閉じる。
(……レオネリア)
(……メルキオラ)
思い出そうとする。
だが——
ぼんやりとした輪郭しか浮かばない。
信頼していた。
それだけは、はっきりしている。
けれど——
どんな時間を共に過ごしたのかは、まだ見えない。
(……いつか、思い出せるのかな)
その問いを胸に抱いたまま——
エリスは、ゆっくりと眠りへ落ちていった。
———— 一方、魔界では
レオネリアとメルキオラは、それぞれの領域へと戻っていた。
だが——
その胸の内は、これまでとは明らかに違っていた。
「……蘇った、か」
レオネリアが、ぽつりと呟く。
完全ではない。
だが確かに——
エルシアは、そこにいた。
メルキオラは、軽く笑う。
「まさか、あんな形でね
でも……間違いないわ
あの人よ」
二人の間に、確かな確信があった。
「また——」
レオネリアが静かに続ける。
「あの理想を、共に追える」
その言葉に、わずかな熱が宿る。
メルキオラも、柔らかく頷いた。
「ええ
やっと、ね」
だが——
すぐに表情を引き締める。
「浮かれてばかりもいられない
ゼルヴァーグたちの動き……
しっかり見ておかないと」
レオネリアは頷いた。
「ああ
監視は強化する
些細な変化も見逃すな」
「了解」
そして、メルキオラは続ける。
「それと——グリムヴァル
あいつは要注意よ」
その名に、空気がわずかに重くなる。
レオネリアも同意する。
「……確かに
あの研究は、危険すぎる」
だが——
レオネリアの視線は、どこか遠くを見ていた。
「……それよりも」
ぽつりと呟く。
「あの方と……剣を交えられたこと
あれは——
楽しかった」
メルキオラが、少し呆れたように笑う。
「出たわね、それ」
レオネリアは構わず続ける。
「あの一瞬でわかった
やはり……あの方だ
あの剣
あの間合い
あの気配
すべてが——懐かしかった」
あの感覚は、戦いではない。
剣士だけが理解できる、
懐かしく、満たされる感覚だった。
メルキオラは、肩をすくめる。
「ほんと、戦闘狂ね
でも……わかる気はするわ」
少しだけ、表情が柔らかくなる。
「あの人と並んでいた頃を思い出したもの」
二人の間に、静かな共感が流れる。
そして——
レオネリアが、ゆっくりと前を向いた。
「……行くぞ
やるべきことは、山ほどある」
メルキオラも頷く。
「ええ
今度こそ——
あの理想を、現実にするために」
闇の中。
二人は、それぞれの道へと歩き出す。
その胸に宿るのは——
再び灯った、確かな希望だった。
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