森の中 ー 初めての野営 ー
エリスは“境界の子”、別名――聖女。
そして同時に、元・魔族の女王。
誰も辿らなかった第三の道を、彼女は選ぶ。
戦いを終えたエリスたちは、
セントポルを目指して森の中を進んでいた。
やがて日が傾き始める。
木々の隙間から差し込む光が、
徐々に赤みを帯びていく。
ルシアンが足を止めた。
「……ここまでだな」
周囲を見渡しながら言う。
「暗くなる前に、野営の準備をする」
エリスとマリンは同時に頷いた。
(……野営)
二人にとっては初めての経験だった。
ルシアンは手際よく場所を見極める。
「ここにする」
・周囲が見渡せる
・背後に大木
・水場が近すぎない
その条件を満たした場所だった。
「テントはここ。火は風下に」
カイルはすぐに動き、周囲の警戒に入る。
エリスとマリンは、ぎこちなくテントの準備を始めた。
「えっと……ここ持ってて」
「こ、こう?」
不慣れな手つき。
だがどこか楽しそうでもある。
「初めてだもんね」
マリンが小さく笑う。
「うん……ちょっとワクワクする」
エリスも笑い返した。
その様子を見て、ルシアンがわずかに口元を緩める。
「最初はそんなもんだ。すぐ慣れる」
やがて簡素ながらも野営の形が整っていく。
焚き火に火が入り、ぱちぱちと音を立て始めた。
その温かい光が、四人を包む。
だが、森の奥はすでに暗い。
何が潜んでいるか分からない。
エリスは、ふとそちらへ目を向けた。
(……気を抜けない)
初めての野営。
それはただの休息ではなく、
“冒険の現実”を知る時間でもあった。
⸻
テントを張り終えると、次は食事の準備だった。
野営の食事は簡素だ。
だが、それもまた旅の一部。
「水、汲んでくるね」
エリスは近くの川へ向かった。
木々の間を抜け、水辺へ辿り着く。
静かな水面に、夜の気配が近づいていた。
『……エリス』
セラの声が優しく響く。
『初めての野営、頑張ってるね』
「ふふ……ちょっとだけね」
水を汲みながら小さく笑う。
『大丈夫だよ。エリスが寝てる間も、僕は起きてる。見張りは任せて』
「……いいの?」
『うん。姿を出さなければ魔力は使わないし、心配いらないよ』
その言葉に、エリスの表情が少し柔らぐ。
「……ありがとう、セラ」
水を汲み終え、仲間の元へ戻る。
すでにマリンは、森から戻ってきていた。
「見て、キノコと木の実!」
嬉しそうに見せる。
「すごい……」
エリスも笑顔になる。
カイルは黙々と薪を集めていた。
ルシアンは火の準備を整えている。
それぞれが、自然に役割をこなしていた。
エリスは鍋に水を入れ、
干し肉と木の実、キノコを入れる。
やがて——
ぐつぐつと、優しい音が響き始めた。
「できたよ」
木の器に取り分ける。
湯気の立つ、簡素なスープ。
「……うまいな」
ルシアンがぽつりと呟く。
「ほんとだ……」
マリンも嬉しそうに笑う。
特別な料理ではない。
だが——
外で食べるそれは、どこか格別だった。
食事を終える頃には、空はすっかり暗くなっていた。
見上げれば——
無数の星。
「……きれい」
マリンが、ぽつりと呟く。
エリスも同じように空を見上げた。
「うん……」
焚き火の音。
静かな夜。
その中で、四人は自然とこれからのことを話し始めた。
王都への道。
魔族の動き。
そして——
自分たちにできること。
不安はある。
だが——
仲間がいる。
それだけで、少しだけ前を向けた。
焚き火の火が、静かに揺れる。
その光の中で——
“新たな星座”は、確かに形を成し始めていた。
やがて、食事を終えた四人は、後片付けを済ませると
見張りの順番を決めた。
マリン、エリス、ルシアン、カイル。
その順で夜を回すことになる。
「最初は私ね」
マリンがそう言って、焚き火のそばに腰を下ろした。
「気をつけてね」
エリスはそう声をかけると、テントへ入る。
横になり、目を閉じる。
焚き火の音が、遠くなる。
——そして。
再び。
白い世界が広がった。
静寂。
何もないはずの空間に、
二つの気配が現れる。
セレネ。
そして、アテナ。
「……また、ここに」
エリスは静かに呟く。
セレネが、穏やかな表情で言った。
「時間がないから、手短に伝えるわ」
その声には、いつもよりわずかな緊張があった。
「あなたに接触しようとしている者がいる」
「……魔族?」
「ええ
あなたの“前世”に関わりのあった者たち」
その言葉を聞いた瞬間——
エリスの胸が、わずかにざわつく。
(……誰?)
問いかけるより先に——
二つの名前が、脳裏に浮かんだ。
レオネリア。
メルキオラ。
「……っ」
自分でも理由はわからない。
だが——確信があった。
セレネは、それを見て静かに頷く。
「思い出し始めているのね
……あなたの中にある記憶が」
アテナは、エリスをまっすぐ見つめていた。
「どう向き合うかは、あなた次第
敵として斬るのか
それとも——」
言葉は、途中で途切れる。
セレネが、ふっと微笑んだ。
「……時間ね
そろそろ、あなたの番みたい」
その瞬間——
エリスの体が、揺れた。
「……エリス、起きて」
声が聞こえる。
白い世界が、薄れていく。
目を開けると——
そこには、マリンの顔があった。
「交代の時間だよ」
焚き火の光が、揺れている。
エリスはゆっくりと体を起こした。
(……今のは)
夢ではない。
確かな“告げ”だった。
エリスは静かに頷き、
「初めての見張りどうだった?」
と、マリンに聞くと
「ちょっと怖かったけど、
皆んながすぐそばに居ると思うと
少し安心した」
と、マリンは苦笑しながら言った。
「じゃあ、見張り交代するね
マリンはゆっくり休んでね」
「ありがとう
じゃあ、悪いけど寝るね
おやすみ」
「おやすみ、マリン」
と短い言葉を交わし、
マリンは寝袋に入り
横になった
一方、エリスはテントを出て
焚き火の近くに行った。
焚き火の火が、静かに揺れていた。
夜は深く、森はほとんど音を失っている。
そして——見張りの時間。
エリスは焚き火のそばに立っていた。
夜は深く、森は静まり返っている。
『ねぇ、エリス』
「どうしたの?」
『どうせ暇でしょ?少し話そうよ』
「……そうだね」
静かな夜の中、二人は言葉を交わす。
穏やかな時間だった。
だが——
『……エリス』
「うん」
『……来たね』
エリスも気づいていた。
(……この気配)
森の奥。
微かに感じる、異質な存在。
隠れている気配ではない。
むしろ——
「……わざと?」
『うん。隠す気ないね、これ』
セラの声はどこか楽しげだ。
だがエリスの胸には、別の感情が広がる。
(……懐かしい?)
初めてのはずなのに。
知っているような感覚。
『どうする?』
「……私が行く」
迷いはなかった。
⸻
闇の中へ踏み出す。
焚き火の光が遠ざかる。
気配を辿り、慎重に進む。
剣を抜く。
——その瞬間。
「っ!」
影が閃く。
迷いのない斬撃。
金属がぶつかる音。
(速い……!)
だが、防いだ。
反撃に移ろうとした、その時——
相手の動きが止まる。
剣が地面に落ちた。
「……敵意はない」
低く、落ち着いた声。
月明かりに照らされる姿。
魔族の女。
その顔を見た瞬間——
「……レオネリア」
思わず、名前がこぼれた。
「……!」
女が目を見開く。
「なぜ……その名を」
エリス自身も驚いていた。
(……どうして?)
レオネリアは静かに言う。
「あなたの剣を見て、確信した」
一歩、近づく。
「私の斬撃を防げる者は、ほとんどいない」
そして——
「あなたは……エルシア様、なのですか?」
その名が、夜に落ちる。
エリスは繰り返す。
「……エルシア」
懐かしい感覚。
胸の奥が熱くなる。
だが——
「……わからない」
静かに答える。
「でも、その名前……嫌じゃない」
少し間を置いて——
「……大事だった気がする」
レオネリアの瞳が揺れた。
その言葉だけで——十分だった。
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