授けられた力
エリスは“境界の子”、別名――聖女。
そして同時に、元・魔族の女王。
誰も辿らなかった第三の道を、彼女は選ぶ。
エリスは、確かに眠りについた。
だが——
次の瞬間。
視界は、白に包まれていた。
「……ここは」
見覚えのある、境界のない世界。
そして——
「来たわね、エリス」
女神セレネ。
その隣には、アテナの姿。
エリスは、静かに頷いた。
「……旅立ちの前、ですね」
「ええ」
セレネの表情は、どこか引き締まっていた。
「魔族の動きが活発になっている
そして——」
アテナが言葉を継ぐ。
「魔物を改造し、人界へ送り込んでいる」
エリスの目が大きく開かれる。
「……改造?」
「通常の魔物とは別物よ
より強く、より凶暴に
意図的に作られた存在」
その言葉は重く、静かに胸に落ちた。
セレネは、そんなエリスを見つめる。
「あなたはまだ未熟
それでも——進む覚悟はある?」
エリスは迷わず答えた。
「……はい」
その答えに、セレネはわずかに頷く。
「ならば、少しだけ手を貸すわ」
白い光が、エリスの前に集まる。
やがて現れたのは——
自分より少し大きな白銀の獣。
「聖獣フェンリルの子よ」
その瞳は澄み、静かな力を宿している。
エリスの元へと歩み寄り、そっと寄り添った。
「……この子に、名前を」
セレネの言葉に——
エリスは自然と口を開いた。
「……セラフィス」
フェンリルは、小さく鳴いた。
その名を受け入れるように。
「いい名前ね」
セレネが微笑む。
その瞬間——
エリスの腕に、淡い光の腕輪が現れた。
「その子は、普段はそこにいる
必要な時、呼びなさい」
エリスは、腕輪に触れる。
温もりのような感覚があった。
だが——
セレネの声が、少しだけ厳しくなる。
「ただし、制限がある」
エリスは顔を上げる。
「……制限?」
アテナが静かに答える。
「聖獣が人界で姿を維持するには
あなたの魔力を消費する
それも、かなりの量を」
エリスは息を呑む。
セレネが続けた。
「長時間の戦闘には向かない
むしろ——
使えば使うほど、あなた自身が危険になる」
その言葉は、はっきりとしていた。
「だから——
本当に危機の時だけ、使いなさい」
エリスは、ゆっくりと頷いた。
「……分かりました」
セラフィスが、静かに寄り添う。
力。
そして——
その代償。
セレネが最後に告げる。
「いよいよ始まるわ
境界の子としての旅が」
白い世界が、ゆっくりと崩れていく。
その中で——
エリスは、新たな力を胸に刻んだ。
やがて、白い世界が消え——
エリスは、自室のベッドの上に戻っていた。
「……夢、じゃない」
ゆっくりと、右腕に視線を落とす。
そこには——
確かに、今までなかったはずの腕輪があった。
淡く、静かな光を宿している。
「……本当に」
小さく呟く。
エリスは、そっとその腕輪に触れた。
すると——
『……やっと気づいた?』
「っ!?」
突然、頭の中に響いた声。
エリスは思わず身を起こした。
「だ、誰……!?」
一瞬の沈黙。
そして——
『ひどいなぁ
さっき名前、つけてくれたじゃん』
どこか楽しそうな声。
「……セラフィス?」
『正解』
クスッ、と笑う気配。
その声音は、どこか幼くて——
無邪気だった。
「……びっくりした」
エリスは、胸に手を当てる。
『そりゃするでしょ
いきなり話しかけたし』
どこかイタズラっぽい調子。
思わず、エリスの口元が緩む。
「……あなた、こんな感じなんだ」
『なにそれ
もっと神々しいと思ってた?』
「ちょっとだけ」
『失礼だなぁ』
でも——
その声には、怒りはなかった。
むしろ楽しんでいるようだった。
『あ、そうだ
名前、長いでしょ
セラでいいよ』
エリスは少し考えて、頷く。
「……うん
セラ」
その名前を呼ぶと——
腕輪が、ほんの少しだけ温かくなった気がした。
『うん、それでいい
よろしくね、エリス』
その一言は、とても自然だった。
まるで——
ずっと前から一緒にいたかのように。
「……こちらこそ」
エリスは、静かに答える。
それからしばらく——
エリスとセラは、言葉を交わした。
これからの旅のこと。
セラのこと。
断片的な会話。
けれど——
それは確かに、繋がりだった。
『無理はしないでね
ボクも、長くは出てられないからさ』
ふと、セラがそう言う。
エリスは、静かに頷いた。
「……分かってる
ちゃんと考えて使う」
『うん、それなら安心』
その声は、少しだけ柔らかかった。
やがて——
会話は途切れ、静寂が戻る。
エリスは、再びベッドに横になった。
腕輪に触れる。
そこには、確かな存在があった。
「……一人じゃない」
小さく呟く。
その言葉とともに——
安心が、胸に広がる。
エリスは目を閉じた。
今度こそ——
深い眠りへと落ちていった。
エリスが、静かな眠りに落ちていく頃——
家の中には、まだ小さな灯りが残っていた。
居間のテーブル。
そこに向かい合うように、クラリスとエノクが座っている。
「……寝たみたいね」
クラリスが、小さく呟く。
エノクは、静かに頷いた。
「ああ」
しばし、沈黙。
外は静かで、風の音だけがかすかに聞こえる。
「……あの子が来た日のこと、覚えてる?」
クラリスが、ふと口を開いた。
「忘れるわけがない」
エノクは、少しだけ微笑む。
「教会に、突然現れて
あんなに小さくて……
泣きもせず、ただこっちを見てた」
クラリスも、懐かしむように目を細める。
「不思議な子だと思ったわ
でも……」
少しだけ、言葉を切る。
「今では——
あんなに大きくなって」
声が、わずかに揺れた。
エノクは、静かに言う。
「自分で考えて
自分で決めて
自分で進もうとしている」
その言葉には、誇りがあった。
クラリスは、ゆっくりと頷く。
「……ええ
ちゃんと、育ってくれたわね」
そして——
少しだけ、視線を落とした。
「……でも」
小さなため息。
「やっぱり、寂しいわね」
エノクも、同じように目を伏せる。
「ああ……
しばらくは、あの子の声も聞けなくなる
食卓も、静かになるな」
二人は、少しだけ苦笑した。
それでも——
クラリスは、顔を上げる。
「でも、止める気はないわ」
はっきりとした言葉。
「あの子が、自分で選んだ道だもの」
エノクも、ゆっくりと頷く。
「ああ
……信じるしかない」
短い言葉。
だが、それがすべてだった。
「無事で帰ってくるわ」
クラリスが、静かに言う。
「あの子は、そういう子よ」
エノクは、少しだけ笑った。
「……ああ
俺たちの娘だからな」
二人は、静かにグラスを持ち上げる。
誰に向けるでもなく——
小さく、触れ合わせた。
「……無事を
……祈ってるわ」
夜は、静かに更けていく。
その中で——
二人は、ただ願っていた。
愛しい娘の、無事な帰りを。
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次回の更新は明日は祝日の為、4月30日18時を予定してます




