旅立ちの準備 ー それぞれの想い
マリンから話を聞いたあと——
ミリアは、すぐに行動に移していた。
「……やっぱり、そうなるのね」
小さく呟く。
境界の子。
王都。
そして——均衡。
すべてが、繋がった。
「なら……時間はないわね」
ミリアは外套を羽織り、家を出た。
向かう先は——教会。
リンドルの中心に建つ白い教会。
静寂に包まれたその場所に、
ミリアの足音だけが響く。
奥の書斎へと入り、
迷うことなく机に向かう。
羊皮紙を広げ、ペンを取る。
一瞬だけ、手が止まる。
だが,すぐに、書き始めた。
王都グランヴェル。
教会本部。
教皇へ宛てた書簡。
そこに記されるのは——
境界の子の存在。
そして——
エリスという少女のこと。
「……これで、動かざるを得ないはず」
書き終えると、
封を施し、印を押す。
「速文を使うわ」
近くにいた神官に手紙を渡す。
教会独自の伝達手段——速文。
通常では考えられない速度で、
王都へと届けられる。
「至急、教皇へ
最優先よ」
神官は無言で頷き、
手紙を携えてその場を去った。
ミリアは、それを見送る。
「……これで、道は開ける」
小さく息を吐いた。
だが——
それで終わりではない。
「次は……こちらね」
ミリアは踵を返し、
教会の奥へと進む。
そこには——
エノクの姿があった。
「来ると思っていた」
落ち着いた声。
ミリアは軽く頷く。
「話は聞いたわね?」
「ああ
エリスが動く
そして、世界も動く」
二人の間に、無駄な言葉はなかった。
ミリアは、静かに本題を告げる。
「お願いがあるの」
エノクは、すぐに理解したように頷く。
「リンドルに残れ、だろう?」
ミリアは、わずかに目を細める。
「話が早くて助かるわ
教会のサポートが必要になる場面が必ず来る
その時、この町に信頼できる人が必要なの」
エノクは、静かに考え——
小さく頷いた。
「……引き受けよう
ここは、私が守る」
その言葉に、ミリアはわずかに安堵する。
「ありがとう」
そして——
ふっと視線を遠くへ向けた。
王都グランヴェル。
そこへ向かう、二人の少女。
「……無事で帰ってきなさいよ」
それは、神官としてではなく——
一人の母としての願いだった。
———— 一方、ルシアンとカイルはその頃
宿の一室。
ルシアンとカイルは、戻ってきてすぐに腰を下ろす。
しばし、無言。
「……とんでもない話だな」
先に口を開いたのは、ルシアンだった。
カイルは、静かに頷く。
「ああ
普通なら、信じない」
だが——
二人とも、否定はしなかった。
「……だが、見たからな」
ルシアンが、低く呟く。
「あの力を」
魔物が、跡形もなく消えた光景。
幻覚が、理由もなく消えた瞬間。
あれは——
魔法では説明がつかない。
カイルが、ゆっくりと口を開く。
「納得は、している
理解は……しきれていないが」
それが、二人の正直な感覚だった。
ルシアンは、軽く息を吐く。
「問題はそこじゃない
あの力が……制御できなくなった時だ」
空気が、わずかに重くなる。
カイルも、静かに続けた。
「俺たちでは……止められない」
それは、はっきりとした事実だった。
二人の間に、短い沈黙が落ちる。
やがて——
ルシアンが苦笑した。
「正直、怖くないと言えば嘘になるな」
カイルは否定しなかった。
「同意だ」
だが——
それでも。
「……あの子は」
ルシアンが、ゆっくりと言う。
「ああいう力を振り回すタイプじゃない」
クラリスを通して知っている。
エリスという少女の人となりを。
カイルも、短く言った。
「信じるしかない」
その言葉で——
二人の結論は、出ていた。
「……行くか」
「ああ」
ルシアンは、机の上に地図を広げた。
サントス国の地図。
リンドルから王都グランヴェルまでの道のり。
指でなぞりながら、ルートを確認する。
「ここを抜けて……この街道に出る
問題は、このあたりだな」
カイルが、別の地点を指す。
「魔物の出現報告が多い
迂回するか?」
「いや……時間がかかる
突破する方が現実的だ」
淡々としたやり取り。
やがて、ルシアンがまとめる。
「順調に行けば……二週間
遅れれば、それ以上」
カイルは頷く。
「補給地点も確認が必要だ」
ルシアンは地図をたたみながら言った。
「となると……情報が足りんな」
カイルが短く答える。
「冒険者ギルドだな」
最新の情報。
魔物の動き。
街道の状況。
それを知るには、最適な場所。
ルシアンは立ち上がった。
「行くか」
カイルも無言で立ち上がる。
扉を開け、外へ出る。
夕暮れの街。
その中を——
二人は、迷いなく歩き出した。
これから始まる旅のために。
———— エリスとマリンは
エリスとマリンは、顔を見合わせていた。
「……で
何から準備すればいいんだろうね」
マリンが、少し困ったように笑う。
エリスも、同じように苦笑した。
「……わからない」
当然だった。
二人とも——
このリンドルの町から出たことがない。
旅というもの自体が、未知だった。
「……お母さんに聞こう」
エリスがそう言うと、
二人はすぐにクラリスの元へ向かった。
「旅の準備?」
クラリスは、少しだけ考えるように目を細める。
「そうね……まずは基本からね」
指を折りながら、一つ一つ挙げていく。
「武器と防具
これは言うまでもないわね
それから、野営用の装備
テント、寝袋、簡単な調理器具
食器も必要よ」
マリンが、少し目を丸くする。
「そんなにいるんだ……」
クラリスは、小さく笑った。
「旅はね、戦うだけじゃないの
生きること、そのものだから」
その言葉に、二人は少しだけ真剣な顔になる。
クラリスは続けた。
「それと——ポーション類
回復、解毒、簡単な補助系
これがあるかないかで、生死が分かれることもあるわ」
エリスは、小さく頷く。
「……うん」
そして、クラリスは少しだけ表情を引き締めた。
「あと、もう一つ
これは……絶対に必要よ」
二人が、同時に首をかしげる。
「……何?」
クラリスは、はっきりと言った。
「身分証」
「「え?」」
思わず、二人の声が重なる。
「身分証って……?」
クラリスは説明する。
「自分が何者かを証明するものよ
どこの街でも、必要になることがあるけど——
特に王都グランヴェルは厳しいわ」
その言葉に、エリスが反応する。
「……やっぱり」
クラリスは頷いた。
「王族がいる都市だからね
入るだけでも、身分の提示は義務よ
素性が分からない人間は、基本的に入れないと思った方がいい」
マリンが、少し困ったように言う。
「じゃあ……私たち、どうすればいいの?」
エリスも、同じ疑問を口にした。
「身分証って……どこで手に入れるの?」
クラリスは、迷いなく答える。
「冒険者ギルドよ
冒険者登録をすれば、身分証が発行されるわ
それは、どこの街でも通用する」
二人の表情が、少し明るくなる。
「登録って……難しいの?」
「いいえ」
クラリスは首を振った。
「基本的には簡単な手続きだけ
登録すれば、その場で発行されるはずよ」
そして——
優しく言った。
「まずは、それを済ませなさい
準備は、それからでも遅くないわ」
エリスとマリンは、顔を見合わせる。
そして——
同時に頷いた。
「……うん」
「行こう」
二人は立ち上がる。
向かう先は——
冒険者ギルド。
初めて、自分たちの意思で踏み出す場所。
それは——
ただの手続きではなく。
「旅の始まり」そのものだった。
最後まで読んで頂きありがとうございます
次回の更新は4月23日18時を予定してます




