覚醒 ― 守る者へ
「標的を最優先」
セレドの声が、戦場に響く。
「——一点集中」
次の瞬間。
戦術が、切り替わった。
「ヴァルク
邪魔な魔導士を排除しろ」
「了解」
——ヒュンッ
矢が放たれる。
一切の無駄がない軌道。
まっすぐに、マリンの急所へ。
「っ……!」
だが——
「ウィンドシールド!」
風の膜が展開される。
——ガンッ!
矢は弾かれ、軌道を逸らした。
「……やるな」
ヴァルクの目がわずかに細まる。
その間に——
「行くぞ」
ゼル。
ノクス。
そしてセレド。
三方向から、一斉に動く。
速度、角度、間合い。
完璧に計算された同時攻撃。
「エリス!」
クラリスが前に出る。
「下がりなさい!」
エノクも盾を構える。
「ここは俺たちが——」
だが。
——押される。
重い。
速い。
そして正確すぎる。
「くっ……!」
二人の体勢が、わずかに崩れる。
その瞬間。
エリスの中で、何かが弾けた。
(……違う)
いつまでも——
「守られてばっかりじゃ……!」
一歩、踏み出す。
「……いられない!」
クラリスとエノクの前に出る。
二人を押しのけるように。
「エリス!?」
だが、その背中は——
もう、守られる側ではなかった。
三人の攻撃が迫る。
同時。
死角なし。
完璧な連携。
——だが。
「遅い」
エリスが、静かに言った。
剣が動く。
一撃目を弾く。
二撃目を受け流す。
三撃目を、踏み込みで回避する。
すべてが——
“見えている”。
「な……」
ゼルの目がわずかに見開かれる。
「……あり得ない」
ノクスの声が低く漏れる。
エリスはそのまま踏み込む。
「はっ!」
一閃。
三人の陣形が、一瞬で崩れた。
セレドが距離を取る。
その表情が、初めて変わった。
「……戦力再評価」
エリスは、静かに構える。
その瞳には——
かつての女王の影が、はっきりと宿っていた。
セレドの声が、低く落ちる。
「全力で当たれ」
その一言で、空気が変わった。
「了解」
ゼルの姿が、消える。
——いや。
最初から“いなかった”かのように。
次の瞬間。
エリスの死角。
「——っ!」
振り下ろされる刃。
だが——
「そこ」
エリスは振り向きもせず、剣で受け止めた。
——ギィンッ!
完全な防御。
「……なに?」
ゼルの動きが、わずかに止まる。
(読まれている……?)
その様子を見ていたシャドウウォーカーが、動いた。
(……単独では無理だ)
判断は速い。
影から抜け出し、戦線に加わる。
「四対一だ」
ゼル。
ノクス。
セレド。
そしてシャドウウォーカー。
一斉に動く。
完全包囲。
「……っ」
さすがのエリスも、表情を引き締める。
(多い……!)
攻撃が、止まらない。
方向も、速度も、間合いもバラバラ。
だがそれが——
“完璧に噛み合っている”。
「エリス!」
その時。
クラリスが踏み込んだ。
「一人で抱え込まない!」
剣が閃く。
ゼルの軌道をずらす。
ノクスの動きを止める。
「母さん……!」
エリスの視界が広がる。
二人で受ける。
二人で捌く。
「まだいける……!」
その瞬間——
「そこだよ!」
マリンの声。
「ファイヤーボール!」
炎が一直線に走る。
狙いは——セレド。
「……っ!」
直撃は避ける。
だが——
完全には避けきれない。
——ドンッ!
衝撃と共に、セレドの体が揺れる。
「……くっ」
負傷。
軽くはない。
一瞬。
戦場の流れが、止まる。
セレドは静かに状況を整理する。
(想定外が多すぎる)
標的は予想以上。
さらに援護。
そして——
自身の負傷。
「……撤退する」
淡々とした判断。
「これ以上の損耗は無意味だ」
ゼルが一瞬だけ動きを止める。
ノクスも、静かに引く。
シャドウウォーカーは、すでに後退に入っていた。
「次は——」
セレドが、エリスを見据える。
「確実に仕留める」
その言葉を残し——
魔族たちの気配が、完全に消えた。
森に、ようやく静寂が戻る。
「……はぁ……」
誰かが、大きく息を吐いた。
張り詰めていた空気が、一気に緩む。
「終わった……のか」
エノクが静かに呟く。
その言葉に、全員がようやく現実を受け入れた。
クラリスはすぐにエリスのもとへ駆け寄る。
「エリス……!」
そのまま強く抱きしめた。
「無事で……よかった」
声が、わずかに震えている。
エリスも、そっと抱き返した。
「うん……」
その隣では、ミリアがマリンを抱きしめていた。
「無茶をして……」
叱るようでいて、どこか安堵している声。
「でも、よくやったわ」
マリンは少し照れながら頷いた。
温かい空気。
だが——
その様子を、静かに見ている男が一人いた。
ルシアン。
(……おかしい)
彼の思考は、戦いの中に残っていた。
幻覚。
あれは、明確に発動していた。
そして——
二人が現れた瞬間、消えた。
(偶然じゃない)
だが。
魔法の発動は見ていない。
詠唱も、魔力の高まりもなかった。
(どうやって……?)
「なあ」
ルシアンが、口を開いた。
「さっきの幻覚……」
その言葉に、空気がわずかに変わる。
「どうやって消えた?」
一瞬の沈黙。
エリスは、クラリスを見る。
ほんの一瞬。
視線が交わる。
クラリスは、静かに口を開いた。
「……神の加護、かもしれないわね」
柔らかな声。
だが、その奥には意図があった。
「あの子は……特別だから」
ルシアンの眉が、わずかに動く。
納得は——できない。
だが。
「……うん、私もそう思う」
マリンが続ける。
その言葉で、流れが決まった。
ルシアンは、しばらく二人を見つめていた。
そして——
「……そうか」
短く、それだけを言った。
それ以上は、踏み込まない。
理由は分かっている。
(……今は、聞くべきじゃない)
森の中に、再び静かな空気が戻る。
だがその奥で——
それぞれが、違う思いを抱えていた。
体力が回復すると
森を抜ける道を
七人は、並んで歩いていた。
誰もが、それぞれに考えている。
だが——
誰も、それを口にはしなかった。
「そういえばさ」
カイルが、あえて軽い話題を出す。
「久しぶりに組んだ割には、悪くなかったな」
「悪くなかった、じゃないわよ」
クラリスが少し笑う。
「ちゃんと息合ってたでしょ」
何気ない会話。
だがそれは——
“核心に触れないため”の選択だった。
やがて、街が見えてくる。
日はまだ高い。
いつも通りの、穏やかな光景。
だがその裏で、何かが確実に動いている。
やがて街に着くと
「俺たちはギルドだな」
ルシアンが言う。
「ああ、報告は急いだ方がいい」
カイルも頷く。
二人はそのまま、冒険者ギルドへと向かった。
「じゃあ、私たちは帰るね」
マリンが軽く手を振る。
ミリアとともに、自宅へ。
「私は教会に戻る」
エノクが静かに言う。
「少し整理したいことがある」
そうして、それぞれが別れていく。
エリスは、マリンに小さく近づいた。
「……さっきは、ありがとう」
小声で。
「ごまかしてくれて」
マリンは、少しだけ笑う。
「いいよ
友達でしょ」
その言葉に、エリスも少しだけ安心した。
そして、お互いに手を振りながら
エリスはマリンたちと別れた
やがて——
クラリスとエリスは、自宅へと戻る。
玄関を開けると、いつもの空気。
だが——
今日は、少しだけ違う。
クラリスは静かにお茶を淹れた。
湯気が、ゆっくりと立ち上る。
テーブルを挟み、向かい合って座る二人。
「……エリス」
優しい声。
だが、逃がさない声でもあった。
「さっきの力
どういうものなの?」
エリスは、少しだけ目を伏せる。
隠すこともできる。
でも——
(母さんには……)
ゆっくりと顔を上げる。
「……あれはね」
静かに、口を開いた。
「魔法じゃないの」
部屋の空気が、わずかに変わる。
「“そうなれ”って思うと……
……そうなる」
それは——
この世界の理から、少し外れた力だった。
エリスの言葉を、クラリスは静かに聞いていた。
「……魔法じゃない
思えば……そうなる力」
その説明を聞いて——
クラリスは、目を細めた。
「……やっぱり」
小さく、そう呟く。
驚きはあった。
だが、理解もしていた。
——どこかで、気づいていた。
(あの子は、普通じゃない)
それでも。
とっくに、答えは出ている。
クラリスは、まっすぐにエリスを見た。
「……エリス」
優しく。
でも、迷いなく。
「心配しないで」
その一言に、すべてが込められていた。
「あなたは——
私の大切な娘よ
それ以外の何ものでもないわ」
断言だった。
一切の迷いも、疑いもない。
エリスの胸の奥で、何かがほどける。
「……うん」
小さく頷く。
(やっぱり……)
(母さんが、大好きだ)
その想いが、自然と溢れる。
少しの沈黙。
そして——
エリスは、ゆっくりと口を開いた。
「……まだ、あるの」
クラリスは黙って頷く。
「全部、聞くわ」
エリスは、深く息を吸った。
「私……女神セレネに会ったの」
空気が、わずかに変わる。
だがクラリスは、表情を変えない。
「それで……
“境界の子”だって言われた」
静かな告白。
クラリスの目が、わずかに見開かれる。
「……そう」
驚きはあった。
だが——
それでも。
次の瞬間。
クラリスは立ち上がり、
エリスを強く抱きしめた。
「……関係ないわ」
その声は、優しくて——
強かった。
「どんな運命でも
どんな役目でも
あなたは、私の娘よ」
エリスも、そっと抱き返す。
その温もりは——
どんな真実よりも、確かなものだった。
最後まで読んで頂きありがとうございます
次回の更新は4月15日18時を予定してます




