炎の証明 ― もう一人の力
森の中。
マリンはエリスと話した終わったあと。
今度は——マリンが意を決して口を開いた。
「……次、私」
そう言って、少しだけ真剣な表情になる。
エリスは驚いたように目を瞬かせた。
「マリンも何かあるの?」
マリンは軽く頷く。
「うん
私だって……ちゃんと使えるようになってるか、確かめたい」
その目には、決意があった。
二人は森の奥へと進む。
やがて——
ガサガサと音がした。
茂みの向こうに現れたのは、ゴブリンの群れ。
六体。
決して少なくない数。
だがマリンは、一歩も引かなかった。
「……ここでいい」
その場で立ち止まり、ゆっくりと右手を前に出す。
目を閉じ、集中する。
周囲の空気が、わずかに揺らぐ。
「——燃えろ」
その一言と共に。
ドンッ——
地面を中心に、炎が広がった。
「ファイヤーウォール!」
炎の壁が、一気に展開される。
逃げ場はない。
六体のゴブリンは、そのまま炎に包まれた。
断末魔の声と共に、
次々と消滅していく。
そして——
炎が消えた後には、
六つの魔石だけが残っていた。
静寂。
マリンはゆっくりと息を吐いた。
「……どう?」
少しだけ不安そうに、エリスを見る。
エリスは、目を見開いたまま立ち尽くしていた。
「……すごい」
素直な感想だった。
「一気に全部……」
マリンは少し照れたように笑う。
「前はこんなのできなかったんだよ?
最近やっと、ちゃんとコントロールできるようになってきて」
その言葉には、確かな成長があった。
エリスは、ふっと笑った。
「……すごいよ、マリン
私だけじゃないんだね」
その言葉に、マリンも笑い返す。
「当たり前でしょ
エリスばっかり強くなられたら困るもん」
二人の間に、軽やかな空気が戻る。
だが——
その力は、確実に“普通”ではなかった。
そしてそれは、
もうこの世界の流れの中に組み込まれ始めている。
————視点を変えて
森の奥。
光の届かない場所。
木々の影と同化するように、
一つの存在が静かに佇んでいた。
——シャドウウォーカー。
気配はない。
呼吸すら感じさせない。
ただ、そこに“在る”影。
その視線は、ずっと二人を捉えていた。
エリスの剣
マリンの魔法。
どちらも、見逃してはいない。
(……異常だ)
心の中で、冷静に分析する。
人族の戦闘力は、これまでに何度も調査してきた。
だが——
(このレベルは、聞いていない)
一人は、異質。
存在そのものを消す力。
もう一人は、洗練された広域魔法。
どちらも、単なる冒険者の域を超えている。
(もし、これが標準なら——)
その結論は一つ。
——脅威。
魔族にとって、看過できない存在。
シャドウウォーカーは、わずかに体勢を変えた。
(ここで仕掛けるか……)
一瞬だけ、戦闘を想定する。
直接交戦すれば、より正確な戦力が測れる。
だが——
(……いや)
すぐに、その考えを切り捨てた。
任務は斥候。
情報収集が最優先。
無用な戦闘は、任務違反。
(まだ観察する)
影は、再び静止した。
ただひたすらに。
二人の動きを見つめ続ける。
その瞳の奥で、
一つの確信が形になり始めていた。
——この二人は、いずれ排除すべき対象になる。
————シャドウウォーカーが暫く偵察をしてると
森の空気が、わずかに揺れた。
ほんの一瞬。
だが——
エリスは、それを見逃さなかった。
「……っ!」
反射的に振り向く。
視線は、木々の奥。
何も見えない。
だが確かに——
(いる)
気配。
“境界の子”としての感覚が、はっきりと告げていた。
「誰かいる!」
叫びと同時に、駆け出す。
その瞬間。
影が、わずかに動いた。
(気づかれたか)
シャドウウォーカーの判断は速かった。
——任務優先。
交戦は不要。
即座にスキルを発動する。
「——逃走」
次の瞬間。
その存在は、霧のように薄れていった。
気配が、急速に遠ざかる。
「待って!」
エリスはさらに踏み込む。
だが——
追えない。
速さではない。
“存在の消し方”が違う。
まるで最初からそこにいなかったかのように、
痕跡が消えていく。
「……っ」
足を止めるしかなかった。
静寂。
そこにはもう、何もない。
「……逃げられた」
小さく呟く。
その声には、悔しさが滲んでいた。
マリンも駆け寄ってくる。
「今の……何?」
エリスは少しだけ考え、答える。
「分からない……けど
普通じゃない」
その言葉は、確信だった。
(感じたことのない気配)
人でも、魔物でもない。
エリスは静かに拳を握る。
「……追いつけなかった」
それが、今の自分の限界。
だが同時に——
“何かが動き始めている”ことも、確かだった。
————シャドウウォーカーは全速力でその場を離れ
森を抜けたその先。
影は、完全に姿を消していた。
シャドウウォーカーは、一定の距離を取ると足を止める。
「……逃げ切ったか」
小さく呟く。
任務としては成功。
交戦せず、生還。
だが——
「……なぜだ」
その声には、わずかな疑念が混じっていた。
思い返す。
気づかれた瞬間。
あれは偶然ではない。
(完全に、こちらを捉えていた)
シャドウウォーカーは、自身のスキルを再確認する。
——アビスステルス(隠蔽魔法)
魔力によって存在感そのものを希薄化し、
気配、視線、魔力反応すら遮断する。
完全隠密。
これを見破られた例は、これまで一度もない。
「……あり得ない」
だが現実に、気づかれた。
それも——
“正確に”。
(あの少女……)
剣を振る存在。
そして、もう一人の魔導士。
どちらも異常。
だが特に——
(あの感知能力)
明らかに、人族の領域を逸脱している。
「……報告が必要だ」
即断だった。
この情報は、個人で抱えるものではない。
魔族全体に関わる問題。
「ディアゼル様に伝えねばならない」
シャドウウォーカーは、踵を返す。
影の中へと溶け込みながら——
そのまま魔界へと帰還を開始した。
彼の報告がもたらすもの。
それは——
ただの偵察結果では終わらない。
“例外の存在”の発見。
そしてそれは、
戦の流れを変える可能性を秘めていた。
シャドウウォーカーは魔王城に戻ると
報告のためディアゼルのいる場所に向かった。
ディアゼルの執務室に着くと、ノックをし
ディアゼルからの応答があることを確認し
重厚な扉を開け、中に入ると、その扉は静かに閉まっていった。
そこに立つ影は、一つ。
——シャドウウォーカー。
「報告します」
低く、簡潔な声。
森での出来事。
観測した戦闘。
二人の少女の戦力。
そして——
「……剣士の少女は、アビスステルスを感知した可能性が高いと判断します」
その一言で、空気が変わった。
ディアゼルの目が、わずかに細められる。
「確かか」
「はい。偶然ではなく、明確にこちらを捉えていました」
即答だった。
ディアゼルはしばし沈黙する。
思考は早い。
そして——
「……面白い」
その口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「その少女、ただの人族ではないな」
次の瞬間。
「捕らえろ」
迷いのない命令だった。
「生きたままでだ」
その価値を見抜いている。
「はっ」
シャドウウォーカーは即座に応じる。
「特例として、特殊隠密部隊の同行を許可する
精鋭を五名、選べ」
それは異例の戦力。
一人でも国を揺るがしかねない部隊。
それを——
一人の少女に向ける。
「必ず連れてこい」
「はっ」
シャドウウォーカーは一礼すると、
そのまま影の中へと消えた。
向かう先は——
ノクスヴェール山脈の向こう側。
そして、リンドル近郊の森。
——シャドウウォーカーは精鋭達の招集を終えた
光の届かない空間に、六つの影が集まっていた。
その中心に立つのは——
シャドウウォーカー。
「……揃ったか」
低い声が、静かに響く。
一歩前に出た五つの影。
それぞれが、ただならぬ気配を纏っていた。
◆ゼル:影刃アサシン
無言のまま立つ。
その存在は、すでに“気配がない”。
◆リシア:幻惑(撹乱)
くすりと笑いながら、周囲を見回す。
「今回は、どんな遊びになるのかしら?」
◆ヴァルク:狙撃(遠距離)
壁にもたれたまま、何も言わない。
ただ、すでに“狙っている”ような気配だけがある。
◆ノクス:追跡トラッカー
静かに地面を見つめている。
まるで、まだ見ぬ標的の痕跡を追うように。
◆セレド:指揮(戦術支配)
すべてを俯瞰する位置に立ち、無駄な動きは一切ない。
「で、任務は?」
感情のない声。
シャドウウォーカーは、ゆっくりと口を開いた。
「標的は二名
人界、リンドル近郊の森にて確認
うち一名——剣士の少女」
一瞬、間を置く。
「アビスステルスを感知した」
空気が、変わった。
リシアの笑みが深くなる。
「あら、それは面白い」
ヴァルクの目が、わずかに細められる。
ノクスは静かに顔を上げた。
セレドだけが、変わらない。
「……例外か」
冷静に結論を出す。
シャドウウォーカーは頷く。
「ディアゼル様より命令
——生け捕り」
その一言で、全員の役割が決まる。
「抵抗する場合は?」
セレドが確認する。
「排除は最終手段
可能な限り無傷で確保する」
ゼルが、わずかに前へ出た。
「位置は」
短く、それだけを問う。
「ノクスヴェール山脈を越えた先」
「森の中だ」
ノクスが静かに呟く。
「……痕跡は、すでに捉えている」
まだ見ぬ標的を、すでに追っているかのように。
セレドが、全員を見渡した。
「任務確認
標的捕縛
迅速・無駄の排除
失敗は許されない」
淡々とした声。
だが、その言葉には絶対があった。
「……問題ないな」
誰も答えない。
それが答えだった。
シャドウウォーカーは静かに頷く。
「では、開始する」
次の瞬間——
六つの影は、同時に消えた。
向かう先は——
人界。
そして、
一人の少女。
——一方、リンドルの町では
エリスは、自宅でクラリスと向き合っていた。
「……それで
確かに、何かいたの?」
クラリスの表情は真剣だった。
エリスは頷く。
「うん
見えなかったけど……確実にいた
普通じゃない」
クラリスは目を閉じ、少しだけ考える。
そして——
「……分かった」
静かに言った。
「これは、私だけで判断することじゃない」
すぐに行動に移る。
エノク。
ミリア。
信頼できる者たち。
三人で話し合い——
一つの結論に至った。
「……守るわ」
クラリスの声は、揺るがなかった。
「何が来ても」
その決断は——
やがて訪れる衝突を、避けないことを意味していた。
最後まで読んで頂きありがとうございます
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