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魔族の女王が転生したら聖女になっていた  作者: 白神 エル
第八章 王都に潜む影 ― 姿なき敵を追って ―

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夜の貧民街に仕掛ける罠 ― 闇に潜む者の気配 ―

いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。


貧民街での聞き込みを終えたクラリスたちは、相次ぐ失踪事件の真相を探るため、新たな作戦を実行することにした。

その準備を進める中、クラリスは騎士団長シリウスへ連絡を取る。

侯爵邸で捕らえた傭兵たちへの尋問は、どこまで進んでいるのだろうか。

そして、失踪した人々の行方について、新たな手掛かりは得られているのだろうか。

事件の背後に潜む影を追い、クラリスたちが動き出す。


第八章の続きをお楽しみください。

宿屋『白銀の月亭』


王都グランヴェイルの空が茜色に染まり、夜の訪れが近づいていた。

クラリスたちは、貧民街で行うおとり作戦に向けて準備を進めていた。

今回の目的は、貧民街の住人たちを攫っている実行犯を捕まえることではない。

たとえ実行犯を捕らえたとしても、黒幕に切り捨てられてしまえば、事件の全容を解明することは難しい。

そこでクラリスたちが考えたのは、メルキオラをおとりにして、あえて相手に捕まるという作戦だった。

これまでの調査で、誘拐された人々がグラディウス侯爵邸の地下室へ運び込まれていたことは判明している。

しかし、そこから先の行方は分かっていなかった。

侯爵邸から姿を消した人々は、いったいどこへ運ばれているのか。

そして、その先には何が待ち受けているのか。

メルキオラがあえて誘拐されることで、これまで途絶えていた足取りを追い、事件の黒幕へと迫る。

それこそが、今回の作戦の本当の目的だった。


「そういえば、シリウスたちの尋問はどうなったのかしら?」


準備を進めていたクラリスが、ふと思い出したように呟いた。


「侯爵邸で捕らえた傭兵たちのこと?」


レオネリアが尋ねる。


「ええ。何か新しい情報が得られているかもしれないわ」


「それなら、出発前に確認しておいた方が良さそうですね」


メルキオラも頷いた。クラリスは通信機を取り出した。


「少し連絡してみるわね」


通信機に魔力を流す。しばらくすると、通信機から聞き慣れた声が響いた。


『こちらシリウスです』


「シリウス、クラリスよ。今、少し話せるかしら?」


『クラリスさん! もちろんです。何かありましたか?』


「これから貧民街へ向かうところなの。その前に、捕らえた傭兵たちの尋問で何か分かったことがないかと思って」


『ちょうど良かったです。実は、少し興味深い情報が得られました』


その言葉に、クラリスの表情が引き締まった。


「興味深い情報?」


『はい。傭兵たちの話によると、グラディウス侯爵邸には、定期的に捕らえた人間を受け取りに来る者がいたそうです』


「……受け取りに来る者?」


『ええ。毎週のように現れていたそうです』


クラリスは近くにいた仲間たちへ視線を向けた。

エリスとマリンも、会話に耳を傾けている。


「その人物について、何か分かっているの?」


『それが、少し妙なのです』


シリウスは一度言葉を区切った。


『その人物は、いつも黒いフード付きの服を着ていたそうです。顔はほとんど隠れていたようですが、目だけは見えたらしく……』


「目?」


『はい。人間とは思えないような、不気味な目つきをしていたと』


クラリスは眉をひそめた。


「……なるほどね」


『それと、もう一つ奇妙なことがあります』


「何かしら?」


『その人物は、屋敷へ来るときは必ず玄関から入ってくるそうです。しかし、帰るところを見た者が一人もいないのです』


「……帰るところを?」


『はい。地下室へ向かった後、いつの間にか姿を消しているそうです』


クラリスは思わず通信機を握り直した。


『しかも、その人物が地下へ向かった後には、捕らえていた人間たちもいなくなっているのです』


「それは……」


『傭兵たちにも、どうやって運び出したのか分からないそうです。大勢の人間を連れ出したはずなのに、誰もその姿を見ていないというのです』


クラリスは黙り込んだ。屋敷へ入るところは見られている。しかし、出ていくところは誰も見ていない。

それにもかかわらず、地下室に閉じ込められていた人々は姿を消している。

普通に考えれば、あり得ない話だった。

しかし、クラリスには、そのようなことを可能にする者に心当たりがあった。

彼女はゆっくりと顔を上げ、レオネリアとメルキオラへ視線を向けた。

二人はすでに、何かを察したような表情をしていた。レオネリアが静かに頷く。


「……想像していたとおりね」


メルキオラも頷いた。


「ええ。おそらく、間違いないかと」


クラリスは通信機へ向き直った。


「シリウス、ありがとう。とても重要な情報だわ」


『何か心当たりがあるのですか?』


「ええ。ただ、まだ確証はないから、もう少し調べてみるつもりよ」


『分かりました。こちらも引き続き尋問を進めます』


「お願いね。それと、これから私たちは貧民街で罠を仕掛けてみようと思っているの」


『罠……ですか?』


「ええ。行方不明になる人たちは、夜に一人でいるところを狙われている可能性が高いの。だから、こちらからおとりを用意して、相手の動きを探ってみようと思って」


『……なるほど。しかし、相手が何者か分かっていない以上、危険ではありませんか?』


「もちろん、その点は考えているわ。仲間たちと協力して、慎重に行動するつもりよ」


『クラリスさんの実力は存じていますが、どうか無理だけはなさらないでください』


「ふふっ。分かっているわ。無理はしないから安心して」


『何かありましたら、すぐに連絡をお願いします』


「ええ。シリウスも引き続きよろしくね」


『承知しました』


クラリスは通信を切った。


◇◇◇


「……やはり、シャドウウォーカーかしら?」


通信を終えたクラリスが尋ねると、レオネリアが頷いた。


「その可能性が高いわね」


「私もそう思います」


メルキオラが続けた。


「黒いフードに、人間離れした目つき。それに、地下室から誰にも見られずに人間を運び出しているという点も気になります」


「やっぱり、魔族の仕業なの?」


エリスが尋ねた。


「まだ断定はできませんが、シャドウウォーカーなら十分に可能です」


メルキオラが答える。


「彼らは隠密行動を得意とする魔族ですから。姿を隠して屋敷を出ることもできるでしょう」


レオネリアも腕を組んだ。


「それに、捕らえた人間を運び出す手段も持っているはずよ。魔道具を使っている可能性もあるわね」


「なるほど……」


クラリスは考え込んだ。


「そうなると、グラディウス侯爵と魔族が繋がっている可能性は、ますます高くなったということね」


「ええ。ただ、今の情報だけでは証拠としては不十分でしょうね」


レオネリアが答えた。


「そうね。だからこそ、今夜の作戦が重要になるわ」


クラリスは全員を見渡した。


「改めて確認しておくけれど、今回の目的は誘拐犯を捕まえることではないわ」


全員が頷いた。


「相手がどこへ人々を連れて行くのか。それを突き止めたいの」


「はい。そのためには、私が実際に捕まる必要がありますね」


メルキオラが静かに答えた。


「ええ。ただし、危険だと判断したら、すぐに作戦を中止すること。いいわね?」


「承知しました」


メルキオラが頷く。

すると、レオネリアが口を開いた。


「でも、相手が魔族だった場合、こちらの正体に気づく可能性もあるわ」


「その点は考えています」


メルキオラは微笑んだ。


「魔力もできる限り抑え、普通の住人に見えるようにします。それに、万が一の場合には、すぐに対応で

きるよう準備しておきます」


「分かったわ。でも、無理だけはしないでね」


レオネリアが真剣な表情で言った。


「ええ。ありがとう」


エリスもメルキオラを見つめた。


「メルキオラ、気をつけてね」


その言葉に、メルキオラは優しく微笑んだ。


「はい。エルシア様、ご心配には及びません」


「私たちも近くにいるからね!」


マリンも声を掛けた。


「ありがとうございます」


クラリスは全員を見渡した。


「それじゃあ、行きましょう」


◇◇◇


夜の王都グランヴェイル。

昼間は多くの人々で賑わっていた大通りも、すでに人通りが少なくなっていた。

街灯代わりの魔道具が、道を淡く照らしている。

クラリスたちは周囲を警戒しながら、貧民街へ向かって歩いていた。


「昼間とは、ずいぶん雰囲気が違うね」


マリンが小声で言った。


「そうだね。人もほとんど歩いていないし……」


エリスも周囲を見渡した。貧民街に近づくにつれ、街灯の数も少なくなっていく。

古びた建物の間には暗い路地が伸び、昼間とは違った不気味さを感じさせた。

やがて、クラリスたちは昼間に炊き出しを行った広場の近くへ到着した。

周囲はすっかり静まり返っている。

昼間、食事を求めて集まっていた住人たちの姿もない。

ほとんどの家では明かりが消え、人々はすでに眠りについているようだった。


「ここなら、良さそうね」


クラリスが小声で言った。

メルキオラは周囲を見渡す。


「ええ。近くに路地もありますし、身を隠す場所にも困りません」


「それじゃあ、作戦を始めましょうか」


クラリスが頷いた。

メルキオラは四人へ向き直った。


「まずは皆さんに、隠匿魔法を施します」


そう言うと、静かに魔力を集中させた。


「アビスシャドー」


次の瞬間、クラリス、レオネリア、エリス、マリンの四人の身体が、薄い闇に包まれた。

やがて、その闇は周囲の景色に溶け込むように消えていく。


「……あれ?」


マリンが不思議そうに周囲を見渡した。


「みなさんの姿、普通に見えていますけど……」


「そうだね。私もみんなの姿が見えるよ」


エリスも頷いた。

そんな二人を見て、クラリスが微笑んだ。


「大丈夫よ。私も以前、この魔法を使ってもらったことがあるけれど、魔法をかけられた者同士には互いの姿が見えるの」


「そうなんだ!」


エリスが納得したように頷く。


「それなら、外からは見えなくても、私たちはお互いの位置が分かるんだね」


「ええ。だから、こうして一緒に行動する時にも便利なのよ」


クラリスが答えると、マリンも感心したように頷いた。


「なるほど。これなら安心して動けますね」


レオネリアは三人のやり取りを聞きながら、周囲に視線を向けた。


「それじゃ、そろそろ行きましょう。あまり長居するわけにもいかないわ」


四人は互いの姿を確認しながら、静かに歩き始めた。


「はい。ただし、こちらから大きな音を立てたり、相手に触れたりすれば、気づかれる可能性がありますので注意してください」


メルキオラが説明する。


「分かったわ」


クラリスが答えた。

メルキオラは静かに微笑んだ。


「それじゃあ、私たちは近くで待機するわね」


「はい。お願いします」


メルキオラは頷いた。

そして、今度は自分自身へ魔法を掛けた。

淡い魔力が全身を包み込む。

すると、メルキオラの服装が徐々に変化していった。

上質な旅装から、貧民街の住人が着ているような、古びた服へ。

色褪せた上着に、使い古されたスカート。

髪も少し乱れたように見え、遠目には貧民街で暮らす普通の女性と変わらない姿になった。


「……すごい」


エリスが感心したように呟いた。


「本当に別人みたいですね」


マリンも頷いた。

メルキオラは軽く微笑んだ。


「見た目だけを変えている魔法です。実際の服装は変わっていません」


「なるほど。これなら怪しまれにくそうね」


クラリスが言った。

レオネリアは周囲を警戒しながら、メルキオラへ声を掛けた。


「でも、油断はしないでね」


「ええ。分かっているわ」


メルキオラは頷いた。


「相手が現れても、すぐには抵抗しないつもりよ」


「そうね。連れて行かれる先が分かるまでは、慎重に行動しましょう」


クラリスが答えた。


「ただし、危険を感じたらすぐに知らせること。それだけは忘れないでね」


「承知しました」


メルキオラは静かに頷いた。

四人は近くの路地へ移動し、周囲の様子を確認した。

姿を隠しているため、普通に歩いている者が見ても気づくことはない。

ただし、今回の目的は、襲撃者をその場で取り押さえることではない。

メルキオラが連れ去られた場合、どのような方法で運ばれるのか、そしてどこへ向かうのかを見極める必要がある。

そのため、クラリスたちは不用意に姿を現さず、状況に応じて動けるよう待機することにした。

一方、メルキオラは一人、広場の近くに残った。

古びた建物の壁際に腰を下ろし、疲れ切った貧民街の住人を装う。

周囲には、ほとんど人影がない。

時折、遠くから犬の鳴き声が聞こえてくる程度だった。

メルキオラは目を伏せながら、周囲の魔力の動きへ意識を向けた。

相手が普通の人間なのか。

それとも、魔族なのか。

あるいは、何らかの魔道具を使っているのか。

まだ何も分からない。

それでも、相手に怪しまれないよう、できる限り気配を抑えていた。

少し離れた場所では、クラリスたち四人が息を潜めて様子を見守っている。


「……始まったわね」


クラリスが小さく呟いた。レオネリアも静かに頷く。


「ええ。あとは、相手が現れるかどうかね」


エリスとマリンも、メルキオラの姿を見つめていた。


夜の貧民街

静まり返った広場に、一人の女性が座っている。

その姿は、誰が見ても貧民街で暮らす普通の住人にしか見えなかった。

こうして、クラリスたちによるおとり作戦が始まった。

メルキオラが誘拐犯に連れ去られ、その先に潜む黒幕へと辿り着けるのか。

すべては、これからの相手の動きにかかっていた。

王都の夜は、静かに更けていった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、シリウス騎士団長から新たな情報がもたらされました。

毎週のようにグラディウス侯爵邸を訪れる、黒いフードをまとった謎の人物。

屋敷へ入る姿は目撃されているものの、出ていく姿を見た者はおらず、その人物が地下室を訪れた後には、捕らえられていた人々も姿を消していました。

レオネリアとメルキオラは、その特徴からシャドウウォーカーの関与を疑います。

そしてクラリスたちは、誘拐された人々が侯爵邸から先のどこへ運ばれているのかを突き止めるため、メルキオラを囮とした作戦を開始しました。

実行犯を捕まえるのではなく、あえて捕まり、その先に潜む黒幕へと迫る危険な作戦です。


次回は、わざと誘拐犯に捕まり、潜入に成功したメルキオラの視点から物語が進みます。

果たして、彼女は侯爵邸のさらに奥に隠された秘密へと辿り着けるのでしょうか。

そして、誘拐された人々の行方に繋がる新たな事実を発見できるのでしょうか。


次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。


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次回の更新は、10月27日18時を予定してます

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