グラディウス侯爵の野望 ― 魔族との密約と危険な決断 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
グラディウス侯爵邸から、捕らえていた七人の若者と警備を任せていた傭兵たちが姿を消した。
魔族との約束を果たせなくなることに焦りを募らせるグラディウス侯爵。
その胸の内には、王族を排除し、王国の実権を自らの手に収めようとする野望が隠されていた。
シャドウウォーカーから提供された魔道具を切り札に、クーデターを企てる侯爵。
しかし、魔族との約束の期日が迫る中、計画は思わぬ事態に陥ってしまう。
追い詰められた侯爵が下した決断とは……
第八章の続きをお楽しみください。
グラディウス侯爵邸の執務室。
アルベルト・グラディウス侯爵は、執務机に座ったまま、苛立たしげに指先で机を叩いていた。
「……忌々しい」
地下室に閉じ込めていた七人の若者たちが、忽然と姿を消した。
それだけではない。
警備を任せていた傭兵たちまでもが、一人残らずいなくなっていたのである。
屋敷の者たちには、傭兵たちが金欲しさに若者を連れ出し、どこかへ売り払った可能性があると報告されていた。
しかし、侯爵にとって重要なのは、傭兵たちが裏切ったかどうかではなかった。
問題は、魔族との約束を果たせなくなることだった。
「……このままでは、まずい」
侯爵は低い声で呟いた。
魔族のシャドウウォーカーと交わした約束。
それは、指定された人数の人間を集め、決められた期日までに引き渡すというものだった。
これまでは、金で雇った傭兵たちを使い、貧民街から若者を攫わせていた。
身寄りのない者や、行方不明になっても大きな騒ぎになりにくい者を狙わせていたのである。
しかし、今回の一件で、その計画は大きく狂ってしまった。
「よりによって、引き渡しが近いというのに……」
侯爵は拳を握り締めた。
約束を守れなければ、シャドウウォーカーからの信用を失うかもしれない。
最悪の場合、魔族から見限られる可能性すらある。
それだけは、何としても避けなければならなかった。
なぜなら、グラディウス侯爵には、魔族の協力なしでは実現できない野望があったからだ。
◇◇◇
グラディウス侯爵は、執務室の椅子に深く腰掛けると、壁に飾られた王国の紋章へ視線を向けた。
「……いつまで、あの連中に従わねばならんのだ」
その声には、隠しようのない憎悪が込められていた。
グラディウス侯爵の本当の目的。
それは、王国の実権を自らの手に収めることだった。
現在の王族を排除し、自分が王国を支配する。
そのために、彼は密かにクーデターを計画していたのである。
しかし、侯爵という地位にあるとはいえ、王国の正規軍を自由に動かせるわけではない。
王国騎士団も王族への忠誠を誓っており、侯爵の命令で動くような組織ではなかった。
もちろん、侯爵家にも私兵は存在する。
しかし、その程度の戦力で王国騎士団を相手にすることなど、不可能に近かった。
「このままでは、私は一生侯爵のままだ……」
グラディウス侯爵は吐き捨てるように言った。
彼が不満を抱いていたのは、自分の地位だけではない。
現在の王国の在り方そのものだった。
今の王族は、貴族による平民への不当な扱いを認めず、貴族であっても法に従うことを求めていた。
侯爵にとって、それは到底受け入れられるものではなかった。
「平民など、我々貴族のために存在しているに過ぎんというのに……」
彼は本気でそう考えていた。
生まれながらにして高い地位を与えられた貴族こそが、国を支配するべき存在。
平民は貴族に仕え、その命令に従っていればよい。
それが、グラディウス侯爵の考える理想の国家だった。
しかし、今の王族は違う。
平民の権利を守り、貴族の横暴を抑えようとしている。
侯爵からすれば、それは王族が貴族の特権を奪っているようにしか見えなかった。
「王族さえいなくなれば、すべてが変わる……」
侯爵は薄く笑みを浮かべた。
王族を排除し、自らが実権を握ることができれば、誰にも邪魔されずに国を動かせる。
貴族が望むものを手に入れ、平民を自由に使役する。
そんな国を作ることができると、彼は信じていた。
そして、その野望を実現するための切り札こそが、シャドウウォーカーから提供された魔道具だった。
◇◇◇
グラディウス侯爵は立ち上がると、執務机の引き出しから小さな鍵を取り出した。
そして、部屋の奥に置かれた頑丈な保管箱へ向かう。
鍵を差し込み、慎重に蓋を開けた。
その中には、黒い金属で作られた魔道具が収められていた。
表面には見慣れない紋様が刻まれ、わずかに不気味な魔力を漂わせている。
それは、シャドウウォーカーから密かに提供されたものだった。
侯爵は、その魔道具を見つめた。
「……これさえあれば」
魔族から渡された魔道具。
それは、王族を排除するための計画に欠かせないものだった。
侯爵は、その魔道具の存在を知ったとき、自分の野望が現実になると確信した。
ただし、シャドウウォーカーの協力を得るためには、相応の代償が必要だった。
それが、人間の提供である。
魔族が何のために人間を必要としているのか。
侯爵は詳しい事情まで知らされていなかった。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
貧民街に住む者たちが何人いなくなろうと、自分には関係のないことだったからだ。
「平民の命など、いくらでも代わりがいる」
侯爵は冷たく言い放った。
自分が王国の実権を握るためなら、多少の犠牲は仕方がない。
いや、そもそも犠牲だとすら考えていなかった。
彼にとって貧民街の住人たちは、魔族との取引に使うための道具に過ぎなかったのである。
しかし、その取引が今、危機に瀕していた。
「……何としても、約束を守らねば」
侯爵は魔道具を保管箱へ戻し、鍵を掛けた。
そして、執務机へ戻ると、呼び鈴を鳴らした。
しばらくして、部屋の扉が開く。
「お呼びでしょうか、侯爵様」
入ってきたのは、侯爵家の私兵を取りまとめる男だった。
「お前に、急ぎで命じたいことがある」
「はっ。何なりとお申し付けください」
侯爵は椅子に腰掛けたまま、男を見据えた。
「貧民街へ向かい、若い男女を集めてこい」
「……若い男女、でございますか?」
「ああ。できるだけ多く、だ」
男は一瞬、戸惑った表情を浮かべた。
「それは……本人たちの意思に関係なく、ということでしょうか?」
「当然だ」
侯爵は平然と答えた。
「必要なら力ずくでも構わん。ただし、騒ぎはできる限り小さく抑えろ」
「し、しかし侯爵様……」
男は言葉を詰まらせた。
「これまでは、そのような仕事は傭兵たちに任せていたはずでは……」
「その傭兵どもが使い物にならなくなったのだ!」
侯爵は苛立たしげに机を叩いた。
「今は一刻を争う。余計なことを考えている暇はない!」
「はっ!」
男は慌てて姿勢を正した。
グラディウス侯爵は、これまで貧民街での拉致に自分の私兵を直接関わらせることを避けていた。
万が一、事件が表沙汰になった場合、侯爵家との関係を疑われることを恐れていたからだ。
金で雇った傭兵なら、何か問題が起きても切り捨てることができる。
しかし、侯爵家の私兵となれば話は別だった。
彼らの行動が発覚すれば、侯爵自身の責任を追及される可能性がある。
その危険性は、グラディウス侯爵も十分に理解していた。
それでも、今は時間がなかった。
「人数は、失った分を補えるだけ確保しろ」
「承知しました」
「それと、この件は絶対に外部へ漏らすな。私兵の中でも、信用できる者だけを使え」
「はっ!」
「もし騎士団に知られれば、面倒なことになる。十分に注意するのだ」
「かしこまりました」
男は深々と頭を下げた。
「直ちに人員を選び、準備に取り掛かります」
「急げ。時間がない」
「はっ!」
男が部屋を出ていくと、侯爵は大きく息を吐いた。
これまで慎重に進めてきた計画。
その一部を、自ら危険にさらすことになる。
しかし、魔族との関係を失うことに比べれば、その程度の危険は受け入れるしかなかった。
「……必ず、成功させてみせる」
侯爵は窓の外へ視線を向けた。
王都グランヴェイルの街並みが、夕日に照らされていた。
その向こうには、王族が暮らす王城がそびえている。
「待っていろ……。いずれ、あの城は私のものになる」
侯爵の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
しかし、彼はまだ気づいていなかった。
自分が捕らえていた若者たちは、すでにクラリスたちによって救出されていることを。
そして、王国騎士団長シリウスまでもが、この事件の調査に協力し始めていることを。
魔族との約束を守るために下した今回の命令。
それは、グラディウス侯爵自身を追い詰める、新たな火種となるかもしれなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回、グラディウス侯爵が魔族と手を組んだ本当の目的が明らかになりました。
平民を貴族のための存在としか考えず、現在の王族による統治に強い不満を抱く侯爵。
その野望を実現するため、シャドウウォーカーから提供された魔道具を使い、クーデターを起こそうと企んでいたのです。
しかし、魔族へ引き渡すはずだった若者たちが姿を消したことで、計画は大きく狂い始めました。
侯爵はついに、これまで関与を避けてきた自らの私兵を使い、再び貧民街の住人を拉致するという危険な決断を下します。
一方、クラリスたちはシリウス騎士団長の協力を得て、事件の真相へ迫ろうとしています。
次回は、クラリスたちとシリウスの動きに焦点を当てます。
救出した七人の証言と、捕らえた傭兵たちを手掛かりに、クラリスとシリウスはどのような行動を取るのでしょうか。
そして、グラディウス侯爵の野望を阻止することはできるのでしょうか。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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次回の更新は、10月22日18時を予定してます




