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魔族の女王が転生したら聖女になっていた  作者: 白神 エル
第八章 王都に潜む影 ― 姿なき敵を追って ―

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消えた若者たちと再会の騎士団長 ― 侯爵邸の混乱、白銀の剣姫と元部下の再会 ―

いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。


グラディウス侯爵邸の地下室から、捕らえられていた七人の若者と警備の傭兵たちが姿を消した。


争った形跡すら残されていない不可解な状況に、侯爵邸では混乱が広がっていた。

魔族との約束を果たせなくなることを恐れ、焦りを募らせるグラディウス侯爵。


一方、冒険者ギルドでは、クラリスがかつての部下であり、現在は王国騎士団長を務めるシリウスと再会する。


七人の救出と傭兵たちの拘束、そして魔族が関与している可能性を知ったシリウスは、事件の解明に協力することを約束する。


第八章の続きをお楽しみください。

グラディウス侯爵邸。

その地下室では、朝から異様な騒ぎが起きていた。


「いないだと!? どういうことだ!」


地下室を管理していた男が、部下の報告を聞いて声を荒らげた。


「は、はい! 何度も確認しましたが、捕らえていた者たちが一人も見当たりません!」


「傭兵たちはどうした!」


「そ、それが……傭兵たちも全員姿を消しています!」


「何だと!?」


男は慌てて地下室へ向かった。

そこには、つい先ほどまで七人の若者たちが閉じ込められていた鉄製のケージが並んでいた。

しかし、その中はすべて空になっている。

それだけではなかった。

床には血痕もなく、壁や家具にも争ったような形跡は見当たらない。

まるで、最初から誰もいなかったかのように、地下室は綺麗に片付いていた。


「……どういうことだ?」


男は呆然と周囲を見渡した。


「傭兵たちが裏切ったのではありませんか?」


部下の一人が恐る恐る口を開いた。


「裏切った?」


「はい。捕らえていた者たちを連れ出して、どこかへ売り払ったのではないかと……」


「人身売買か?」


「可能性はあります。あの連中は金で雇われた傭兵ですから、より高い金を提示する相手がいれば……」


男は腕を組んだ。

確かに、考えられない話ではない。

傭兵たちは侯爵に雇われていたものの、忠誠を誓っていたわけではない。

金のためなら、雇い主を裏切る者がいても不思議ではなかった。


「それにしても、争った形跡がまったくないというのは妙だな……」


「自分たちで連れ出したのなら、争う必要もありませんから」


「……確かに」


男は険しい表情で頷いた。

しかし、彼らは知らなかった。

この地下室では、つい先ほどまでクラリスとレオネリアが傭兵たちを相手に戦っていたことを。

そして、全員を制圧した後、メルキオラが傭兵たちを異空間へ収容していたことを。

さらに、彼女は転移する直前、ある魔法を使っていた。


『アビスクリーン』


その魔法によって、地下室に残されていた戦闘の痕跡は綺麗に消し去られていたのである。

床に残った足跡や血痕、戦闘によって生じた汚れなども、すべて取り除かれていた。

そのため、侯爵邸の者たちは、ここで戦闘があったことすら気づいていなかった。


「とにかく、侯爵様に報告しなければ……」


男は青ざめた顔で地下室を後にした。


◇◇◇


グラディウス侯爵の執務室。


「何だと!? 全員いなくなっただと!」


報告を受けたアルベルト・グラディウス侯爵は、勢いよく椅子から立ち上がった。


「は、はい……。地下室に閉じ込めていた七人だけでなく、警備に当たっていた傭兵たちも姿を消しております」


「馬鹿な! そんなことがあるか!」


侯爵は机を強く叩いた。


「地下室の出入口はどうなっていた!」


「異常はありませんでした。扉が破壊された形跡もなく、争った痕跡も見つかっておりません」


「では、なぜ全員いなくなったのだ!」


「それが……傭兵たちが金欲しさに、捕らえていた者たちを売り払った可能性があるのではないかと……」


「傭兵どもが裏切ったというのか!」


侯爵の顔が怒りで赤く染まった。


「ふざけおって……!」


しかし、その怒りの奥には、別の感情があった。

焦りである。

侯爵にとって、捕らえていた若者たちは単なる人質ではなかった。

魔族との取引に必要な存在だったのだ。

魔族側から求められていた人数を揃え、約束した期日までに引き渡す。

その見返りとして、侯爵は魔族から協力を得ることになっていた。

その約束が果たせなくなれば、魔族との関係に亀裂が入る可能性がある。

それだけは避けなければならなかった。


「……まずい」


侯爵は小さく呟いた。


「侯爵様?」


「いや、何でもない」


侯爵は慌てて表情を取り繕った。

魔族との関係を知っている者は、ごく一部に限られている。

目の前の部下にまで、その事情を明かすわけにはいかなかった。


「すぐに傭兵たちの行方を捜せ!」


「はっ!」


「それと、捕らえていた者たちがどこへ消えたのかも調べろ。街の出入口や裏通り、怪しい商人の動きも確認するのだ!」


「承知しました!」


部下が慌ただしく部屋を出ていく。


一人になった侯爵は、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。


「……よりによって、この時期に」


侯爵は額に手を当てた。

魔族との約束は、決して軽いものではない。

もし相手が約束を破られたと判断すれば、今後の協力を拒まれるかもしれない。

それどころか、自分自身が何らかの報復を受ける可能性すらあった。


「何としても、取り戻さなければ……」


侯爵は拳を握り締めた。

しかし、彼はまだ知らなかった。

自分の屋敷に侵入した者たちが、かつて王国騎士団で白銀の剣姫と呼ばれたクラリスたちであることを。

そして、捕らえた傭兵たちが、すでに冒険者ギルドの協力を得て騎士団へ引き渡されようとしていることを...


◇◇◇


一方、その頃

王都グランヴェイルの冒険者ギルドでは、ランスからの連絡を受けた一人の騎士が訪れていた。

王国騎士団長、シリウスである。

シリウスは、周囲に余計な注目を集めないよう、護衛を連れずに単身でギルドを訪れていた。

「わざわざ来てもらって悪かったな、シリウス騎士団長」

ランスが声を掛ける。


「いえ。ランス殿からの連絡ですから。それに、急ぎの話があるとのことでしたので」


「詳しい話は、本人たちから聞いてもらった方が早いだろう」


「本人たち?」


シリウスが不思議そうな顔をする。


「誰かが私を待っているのですか?」


「ああ。お前さんもよく知っている人物だ」


ランスは意味ありげに笑った。


「……私の知っている人物?」


「まあ、会えば分かるさ」


そう言って、ランスはシリウスをギルドの訓練所へ案内した。

訓練所の扉を開けると、そこにはクラリスたちが待っていた。


「……!」


シリウスは、その中にいる一人の女性を見た瞬間、足を止めた。

銀色の髪。

凛とした立ち姿。

そして、かつて何度も見た懐かしい顔。


「だ、団……!」


思わず口から出かけた言葉を、シリウスは慌てて飲み込んだ。

クラリスは、そんな彼の様子を見て微笑んだ。


「久しぶりね、シリウス」


「ク、クラリスさん! お久しぶりです!」


シリウスは少し慌てた様子で頭を下げた。

その姿を見て、クラリスは小さく笑った。


「ふふっ。相変わらずね」


「す、すみません。つい昔の癖が……」


「いいのよ。もう私は騎士団を辞めているんだから、そんなに畏まらなくても」


「そう言われましても……」


シリウスは苦笑した。

かつてクラリスが王国騎士団を率いていた頃、シリウスは彼女の部下だった。

当時のクラリスは、その圧倒的な剣技と統率力によって、多くの騎士たちから尊敬を集めていた。

シリウスもまた、そんな彼女を慕う騎士の一人だった。

現在は自分が騎士団長という立場になっているものの、クラリスを前にすると、どうしても昔の感覚が戻ってしまう。


「まさか、クラリスさんが王都に戻っていらっしゃるとは思いませんでした」


「少し事情があってね。今は娘たちと一緒に旅をしているの」


「娘さんですか?」


シリウスが驚いたように尋ねる。

クラリスは隣にいるエリスへ視線を向けた。


「ええ。この子が娘のエリスよ」


「初めまして。エリスです」


エリスが丁寧に頭を下げる。


「これはご丁寧に。私は王国騎士団長のシリウスと申します」


シリウスも軽く頭を下げた。


「クラリスさんのお嬢様ですか……。なるほど、どことなく面影がありますね」


「そうかしら?」


クラリスが嬉しそうに微笑む。


「ええ。特に目元がよく似ています」


エリスは少し照れくさそうに笑った。

その様子を見ていたランスが、軽く咳払いをした。


「積もる話もあるだろうが、まずは本題に入ろう」


「そうですね」


シリウスは表情を引き締めた。


「ランス殿、急ぎの話というのは?」


ランスはクラリスへ視線を向けた。


「クラリス、説明を頼めるか?」


「ええ」


クラリスは頷くと、シリウスへ向き直った。


「実は、グラディウス侯爵の屋敷について調べていたの」


「グラディウス侯爵……ですか?」


シリウスの表情が険しくなる。

王都でも大きな影響力を持つ貴族の名前だった。


「ええ。そして、あの屋敷の地下で、七人の若者たちが閉じ込められているのを見つけたの」


「何ですって!?」


シリウスは思わず声を上げた。


「侯爵邸の地下に、人が閉じ込められていたのですか?」


「ええ。鉄製のケージに入れられていたわ」


「……信じられません」


シリウスは眉をひそめた。


「それで、その七人は?」


「全員助け出したわ。今はこの訓練所で保護してもらっているの」


クラリスが訓練所の片隅へ視線を向ける。

そこには、毛布を肩に掛けた七人の若者たちが座っていた。

シリウスは、その姿を見て表情を引き締めた。


「……なるほど」


「それだけじゃないの」


クラリスは続けた。


「地下室には、何らかの魔法が使われた痕跡も残っていたわ」


「魔法の痕跡?」


「ええ。詳しいことはまだ分からないけれど、普通の誘拐事件とは違う可能性があるの」


クラリスは一度言葉を区切った。


「それに、魔族が関わっている可能性もあるわ」


「魔族……ですか?」


シリウスの表情がさらに険しくなった。


「まだ確証はないわ。でも、これまでの出来事を考えると、その可能性は否定できないのよ」


「……そうですか」


シリウスは腕を組み、しばらく考え込んだ。


「もし魔族が関わっているのなら、これは単なる誘拐事件では済みませんね」


「ええ。だからこそ、慎重に調べる必要があると思っているの」


クラリスは頷いた。


「それと、もう一つ」


「何でしょう?」


「地下室を警備していた傭兵たちも、全員捕らえてあるわ」


「……傭兵たちまで?」


シリウスは驚いたように目を見開いた。


「ええ。侯爵に雇われていた連中よ。私たちが地下にいたところへ駆けつけてきたから、全員制圧したの」


「全員……ですか?」


「ええ。少なくとも、私たちの前に現れた者は全員ね」


シリウスは一瞬言葉を失った。


しかし、すぐに小さく息を吐いた。


「……さすがですね、クラリスさん」


「そんな大したことじゃないわよ」


クラリスは何でもないことのように答えた。


「その傭兵たちは、今どこに?」


「安全な場所に拘束してあるわ」


クラリスはメルキオラへ視線を向けた。

メルキオラは静かに頷く。


「全員、逃げられない状態で収容しています」


「なるほど……」


シリウスは真剣な表情になった。


「彼らが侯爵の命令で動いていたのなら、事件について何か知っている可能性がありますね」


「ええ。だから、あなたに引き渡したいと思っているの」


クラリスはまっすぐシリウスを見つめた。


「ただし、相手はグラディウス侯爵よ。下手に動けば、証拠を隠される可能性もあるわ」


「分かっています」


シリウスは力強く頷いた。


「私が責任を持って対応します」


クラリスは、その言葉を聞いて安心したように微笑んだ。


「ありがとう、シリウス」


「いえ。これも騎士団長としての務めですから」


シリウスはそう答えると、改めて七人の若者たちへ視線を向けた。

侯爵邸の地下から救出された七人。

そして、拘束された傭兵たち。

さらに、魔族が関与しているかもしれないという疑惑。

これらが事実であれば、王都を揺るがす大きな事件へ発展する可能性があった。

シリウスは静かに拳を握り締めた。


「……必ず、真相を明らかにしましょう」


クラリスは、その言葉に頷いた。


「ええ。私たちも協力するわ」


王都の裏側で進められていた謎の失踪事件。


その真相へ近づくため、クラリスたちは新たな協力者を得たのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


グラディウス侯爵邸では、七人の若者と傭兵たちが忽然と姿を消したことで、大きな騒ぎとなっていました。


メルキオラの魔法『アビスクリーン』によって戦闘の痕跡が消されていたため、傭兵たちによる裏切りまで疑われる事態に。

一方、クラリスはかつての部下であるシリウスと再会し、騎士団の協力を得ることに成功しました。

しかし、グラディウス侯爵にとって、若者たちの失踪は魔族との約束に関わる重大な問題です。


次回は、グラディウス侯爵の動きに再び焦点を当てます。

魔族へ引き渡すはずだった貧民街の住人たちが姿を消してしまった今、グラディウス侯爵はどう動くのでしょうか?

魔族との関係を維持するため、侯爵が次に取る行動とは……


次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。

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次回の更新は、10月21日18時を予定してます

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