事件解明への一歩 ― 七人の保護と傭兵たちの処遇 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
グラディウス侯爵邸の地下に囚われていた七人の若者たちを、無事に救出したクラリスたち。
さらに、侯爵に雇われていた傭兵たちも制圧し、事件の真相を知る手掛かりを確保します。
冒険者ギルドへ戻ったクラリスたちは、ギルドマスターのランスと今後の対応について相談することに。
捕らえた傭兵たちをどう扱うのか。そして、侯爵の関与を明らかにするためには、誰の協力が必要なのか。
救出作戦は終わりを迎えますが、事件の真相を追うための新たな動きが始まります。
第八章の続きをお楽しみください。
グラディウス侯爵邸の地下。
先ほどまで騒がしかった地下室には、静けさが戻っていた。
床には、クラリスたちによって制圧された傭兵たちが転がっている。
その手足はマリンの風魔法『ウィンドバインド』によって拘束され、身動き一つ取れない状態だった。
「これで全員かしら?」
クラリスが周囲を見渡しながら尋ねる。
「ええ。少なくとも、この地下へ駆けつけた者たちは全員拘束したわ」
レオネリアが答えた。
傭兵たちは、それなりに腕の立つ者たちだったのだろう。
装備も整っており、動きにも多少の訓練の跡が見られた。
しかし、かつて白銀の剣姫と呼ばれたクラリスや、魔族の女王に仕えていたレオネリア、そしてエリスとマリンを相手にするには、あまりにも力不足だった。
四人の連携によって傭兵たちは次々と制圧され、戦闘はほとんど一方的なものとなっていた。
「お母さん、怪我はない?」
エリスがクラリスに声を掛ける。
「もちろんよ。あの程度の相手なら問題ないわ」
クラリスは微笑みながら答えた。
「それより、エリスたちも大丈夫だった?」
「うん。私もマリンも平気だよ」
「はい。私も怪我はありません」
マリンも頷いた。
「それにしても、マリンの拘束魔法は便利ね」
クラリスが傭兵たちに視線を向ける。
「ありがとうございます。でも、みなさんが傭兵たちを抑えてくれたおかげですよ」
マリンは少し照れくさそうに答えた。
「ふふっ。そうね。みんなが無事で何よりだわ」
クラリスは安心したように微笑むと、改めて地下室を見渡した。
「さて、この人たちをどうするかだけど……」
「メルキオラが戻るまで、ここで待つしかないわね」
レオネリアが答える。
七人の若者たちを冒険者ギルドへ送り届けるため、メルキオラは一足先に転移していた。
彼女が戻ってくれば、拘束した傭兵たちも異空間へ収容できる。
「それまでは、逃げられないように見張っていましょう」
クラリスの言葉に、三人は頷いた。
そのときだった。
「お、お前たち……いったい何者なんだ……」
床に転がされていた傭兵の一人が、震える声で尋ねてきた。
クラリスは、その男へ視線を向ける。
「それを聞いてどうするの?」
「俺たちは、侯爵様に雇われていただけだ……。こんなことになるなんて聞いていない!」
「そう」
クラリスは静かに答えた。
「だったら、誰に雇われて、ここで何をしていたのか。あとで詳しく話してもらうことになるわね」
「なっ……!」
男は何かを言い返そうとしたが、クラリスの落ち着いた視線に気圧され、口を閉じた。
レオネリアが小さく肩をすくめる。
「随分と威勢が良かったのに、もう静かになったわね」
「仕方ないわよ。自分たちが敵わない相手だと分かったんでしょう」
クラリスはそう言うと、壁際に視線を向けた。
地下室には、先ほどまで七人が閉じ込められていた鉄製のケージが並んでいる。
その光景を見たクラリスの表情が、少しだけ険しくなった。
「……こんな場所に人を閉じ込めていたなんて」
「しかも、あの子たちだけとは限らないわね」
レオネリアの言葉に、クラリスは頷いた。
「ええ。だからこそ、きちんと調べてもらわないと」
そのためにも、捕らえた傭兵たちは重要な証人になるかもしれない。
クラリスは、改めて全員の拘束を確認した。
それからしばらくして。
地下室の一角に、淡い光が浮かび上がった。
光が収まると、そこにはメルキオラの姿があった。
「お待たせしました」
「メルキオラ!」
エリスが声を掛ける。
「七人は無事に送り届けられた?」
「はい。全員、冒険者ギルドの訓練所へ送り届けました。ランスさんも来てくださっています」
「良かった」
エリスは安心したように微笑んだ。
クラリスも、ほっと息をつく。
「ありがとう、メルキオラ。こちらも片付いたわ」
そう言って、床に転がる傭兵たちを示した。
メルキオラは周囲を見渡すと、納得したように頷く。
「なるほど。全員、拘束されたのですね」
「ええ。思ったほど手間は掛からなかったわ」
「そうでしょうね」
メルキオラは特に驚いた様子もなく答えた。
クラリスとレオネリアの実力を知っている彼女にとって、この結果は予想どおりだった。
「それじゃあ、この人たちをお願いできる?」
「承知しました」
メルキオラは傭兵たちの前へ進み出た。
そして、床に手をかざす。
「アビスゲート」
次の瞬間、傭兵たちの足元に黒い魔法陣が広がった。
「な、何だこれは!」
「おい! 何をするつもりだ!」
傭兵たちが慌てて声を上げる。
しかし、拘束された身体では逃げることもできない。
「安心してください。命を奪うつもりはありません」
メルキオラは淡々と告げた。
「少しの間、別の場所で大人しくしていてもらうだけです」
「別の場所って、どこだよ!」
男の叫び声が地下室に響く。
その問いに答えることなく、メルキオラは魔法を発動させた。
黒い魔法陣が一瞬だけ輝き、拘束された傭兵たちの姿が次々と消えていく。
やがて、地下室にはクラリスたち五人だけが残された。
「これで全員収容しました」
メルキオラが振り返る。
「ありがとう。じゃあ、私たちもランスのところへ行きましょう」
クラリスの言葉に、全員が頷いた。
メルキオラは周囲を確認すると、再び転移魔法を発動させた。
五人の足元に魔法陣が浮かび上がる。
そして次の瞬間、クラリスたちの姿は地下室から消えた。
◇◇◇
冒険者ギルドの訓練所。
淡い光とともに、クラリスたち五人が姿を現した。
そこには、ランスと救出された七人の若者たちがいた。
七人は訓練所の片隅に用意された椅子に座り、毛布を肩に掛けたり、水を飲んだりしていた。
まだ不安そうな表情を浮かべている者もいたが、侯爵邸の地下にいたときと比べれば、幾分落ち着きを取り戻しているようだった。
「おお、戻ってきたか!」
ランスが五人に気づき、歩み寄ってきた。
「七人とも無事だ。今のところ、大きな問題はなさそうだぞ」
「それは良かったわ」
クラリスは安心したように答えた。
すると、若者の一人が立ち上がった。
「あ、あの……!」
クラリスが振り返る。
「どうしたの?」
「助けていただいて、本当にありがとうございました!」
若者は深々と頭を下げた。
その姿を見て、ほかの六人も次々と頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「もう、あそこから出られないと思っていました……」
涙を浮かべる者もいた。
クラリスは優しく微笑む。
「もう大丈夫よ。ここは冒険者ギルドだから、安心して」
「はい……!」
エリスとマリンも、七人の様子を見て笑顔を浮かべた。
「みんな、無事で良かったね」
「うん。本当に」
二人は小さく頷き合った。
その様子を見届けると、クラリスはランスへ向き直った。
「ランス、少し相談があるの」
「何だ?」
「実は、あの地下にいた傭兵たちも全員捕らえてきたのよ」
「何だと?」
ランスは驚いた表情を浮かべた。
「傭兵たちまで捕まえたのか?」
「ええ。侯爵に雇われていた連中よ。地下室へ駆けつけてきたから、その場で制圧したの」
「……全員か?」
「少なくとも、私たちの前に現れた者は全員よ」
ランスは思わず額に手を当てた。
「まったく……。お前さんたちは、とんでもないな」
「そんなことないわよ。私たちにとっては、それほど強い相手じゃなかったもの」
クラリスは何でもないことのように答えた。
その言葉に、ランスは苦笑する。
「お前さんにとっては、そうなんだろうな」
かつて白銀の剣姫と呼ばれたクラリスの実力を、ランスもよく知っている。
普通の冒険者なら苦戦するような相手でも、彼女にとっては大した脅威ではないのだろう。
「それで、その傭兵たちは今どこにいる?」
「メルキオラの異空間に収容してあるわ」
「なるほどな」
ランスは頷いた。
「それなら、すぐに逃げ出す心配はなさそうだ」
「ええ。ただ、いつまでも預かっておくわけにはいかないでしょう?」
「そうだな……」
ランスは腕を組み、少し考え込んだ。
「侯爵に雇われていた傭兵となると、扱いは慎重に考えた方がいい」
「私もそう思うわ」
クラリスは頷く。
「それに、あの人たちなら何か知っているかもしれないでしょう?」
「若者たちが、どうしてあの地下に閉じ込められていたのか……ということか」
「ええ。侯爵の命令で動いていたのなら、何かしら事情を知っている可能性はあるわ」
ランスは真剣な表情になった。
「確かにな。だとすれば、傭兵たちは重要な証人になるかもしれん」
「だから、騎士団に引き渡すのがいいと思うの」
クラリスが提案する。
ランスは、しばらく考えてから頷いた。
「俺も、それが一番だと思う」
「ただし、相手は侯爵よ。引き渡す相手は選ばないと」
「分かっている」
ランスは声を落とした。
「下手な相手に渡せば、証言を取る前に侯爵の耳に入る可能性もあるからな」
「そうなのよね」
クラリスも表情を引き締める。
グラディウス侯爵は、王都でも大きな影響力を持つ貴族の一人だ。
その侯爵に雇われていた傭兵を捕らえたとなれば、慎重に動く必要がある。
「となると……やはりシリウス騎士団長か」
ランスが呟いた。
「ええ。私もそう考えていたところよ」
クラリスは頷く。
シリウス騎士団長なら、侯爵の影響を受けずに対応してくれるはずだ。
少なくとも、アイリーナ王女とセレフィーナから聞いた話では、信頼できる人物であることに間違いはなさそうだった。
「ランス、シリウスにはもう連絡した?」
「いや、まだだ。お前さんたちが戻ってから、改めて相談しようと思っていた」
「そう。それなら、ちょうど良かったわ」
ランスは頷く。
「七人の保護に加えて、傭兵たちまで捕らえたとなれば、騎士団の協力が必要だろう」
「ええ。私たちだけで、いつまでも抱えておくわけにはいかないもの」
クラリスはそう言うと、訓練所の隅にいる七人へ視線を向けた。
若者たちは、ようやく安心できる場所へ辿り着いたばかりだ。
これ以上、余計な不安を与えたくはない。
「まずは、あの子たちを安全な場所で保護してもらうことが先ね」
「ああ。その点も含めて、シリウス騎士団長に相談しよう」
ランスは力強く頷いた。
「俺から連絡を取ってみる」
「お願いするわ」
クラリスは微笑んだ。
侯爵邸から七人を救出し、傭兵たちの拘束にも成功した。
しかし、これで事件が終わったわけではない。
若者たちがなぜ攫われたのか。
グラディウス侯爵は、何のために彼らを地下へ閉じ込めていたのか。
そして、あの場所に残されていた魔法の痕跡は、何を意味しているのか。
解き明かさなければならないことは、まだ数多く残されていた。
クラリスは七人の若者たちを見つめながら、静かに決意を新たにした。
――この事件の真相を、必ず突き止める。
そのための次の一歩は、シリウス騎士団長との接触だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
クラリスたちは、七人の若者たちの救出に成功し、侯爵に雇われていた傭兵たちも捕らえることができました。
冒険者ギルドへ戻った一行は、ランスと相談した結果、傭兵たちを騎士団へ引き渡す方針を固めます。
しかし、相手は王都でも大きな影響力を持つグラディウス侯爵。
事件の真相を明らかにするためには、信頼できる人物の協力が欠かせません。
次回は、いよいよシリウス騎士団長が登場します。
かつてクラリスと同じ騎士団に所属していたシリウス。
久しぶりの再会となる二人は、どのような言葉を交わすのでしょうか。
そして、シリウスはグラディウス侯爵が関わる事件に、どのような対応を見せるのでしょうか。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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