囚われし者たちの解放 ― 侯爵邸地下の救出作戦 ―
いつも『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をお読みいただき、ありがとうございます。
囚われた若者たちを救出するため、グラディウス侯爵邸の地下へ転移したクラリスたち五人。
そこには、鉄製のケージに閉じ込められ、傷ついた七人の若者たちの姿がありました。
救出を開始しようとする五人でしたが、思わぬ出来事から傭兵たちに侵入を知られてしまいます。
果たして、七人全員を無事に救い出すことができるのでしょうか。
第八章の続きをお楽しみください。
転移魔法の淡い光が消えると、クラリス、レオネリア、メルキオラ、エリス、マリンの五人は、グラディウス侯爵邸の地下室に立っていた。
薄暗い地下室には、壁に取り付けられた魔法灯がいくつか灯されている。
湿った石壁と冷たい床。
そして、その奥には鉄製のケージが並んでいた。
「ここが……」
初めて訪れたエリスは、目の前の光景に言葉を失った。
ケージの中には、若い男女が閉じ込められている。
薄汚れた服を着た者や、床に座り込んでいる者。
中には、横になったまま動こうとしない者もいた。
「ひどい……」
隣にいたマリンも、思わず呟いた。
「本当に人が閉じ込められているなんて……」
クラリスは二人の様子を確認すると、小さく頷いた。
「私たちが調べた時と変わっていないわね」
レオネリアが周囲を見渡す。
「今のところ、近くに傭兵の気配はないわ。ただし、上の階には複数の反応がある」
「分かったわ。まずは七人の救出を優先しましょう」
クラリスの言葉に、エリスが頷いた。
「お母さん、その前に怪我をしている人がいないか確認してもいい?」
「ええ、お願い」
エリスはケージの前へ近づいた。
アビスシャドーによって姿を隠しているため、中にいる人々にはエリスの姿は見えていない。
彼女は一人ずつ、その身体の状態を確認していった。
腕に大きな痣がある青年。
足首が腫れ上がっている少女。
手首に擦り傷が残っている者もいた。
おそらく捕らえられた際に抵抗したのだろう。
さらに奥のケージには、胸を押さえながら苦しそうに呼吸している青年がいた。
エリスはその様子を注意深く観察した。
「……この人、肋骨が折れているみたい」
「本当?」
マリンが心配そうに尋ねる。
「うん。呼吸するたびに痛そうにしている」
ほかにも、足を痛めて立ち上がれない者がいた。
幸い、今すぐ命に関わるような状態の者はいないようだったが、このまま放置するわけにはいかない。
「お母さん、やっぱり怪我人が多いよ」
「そう……。それなら、救出と同時に治療もお願いできる?」
「うん。任せて」
クラリスはメルキオラへ視線を向けた。
「メルキオラ、準備はいい?」
「はい。七人全員を転移させることは可能です」
「それじゃあ、始めましょう」
五人はケージの前に集まった。
「まずは姿を見せて、私たちが助けに来たことを説明するわ」
クラリスの言葉に全員が頷いた。
メルキオラが隠匿魔法を解除する。
アビスシャドーとアビスサイレントの効果が消え、五人の姿が地下室に現れた。
その瞬間だった。
「うわああっ!」
「きゃあああっ!」
ケージの中にいた若者たちが、一斉に悲鳴を上げた。
先ほどまで誰もいなかった場所に、突然五人もの人間が現れたのだ。
驚くのも無理はない。
「ま、魔法!?」
「誰だ、お前たちは!」
「お願い! もう何もしないから!」
一人の少女は怯えたように身体を縮め、青年の一人は鉄格子に背中を押し付けた。
クラリスは慌てて声を掛けた。
「落ち着いて! 私たちはあなたたちを助けに来たの!」
しかし、突然の出来事に混乱した若者たちには、その言葉がすぐには届かなかった。
「助けに……?」
「本当に……?」
エリスも優しく声を掛ける。
「大丈夫です。皆さんをここから連れ出します。怪我も治しますから、安心してください」
その時だった。
「おい! 今の声は何だ!」
地下室へ続く通路から、荒々しい声が響いた。
続いて、金属製の鎧が擦れる音と足音が近づいてくる。
「誰か来るわ!」
レオネリアが振り返った。
現れたのは、剣を腰に下げた二人の傭兵だった。
「なっ……!?」
一人が目を見開く。
「お前ら、何者だ!」
もう一人も剣の柄に手を掛けた。
「どうやってここに入った!」
クラリスは二人の前に立った。
「ここに閉じ込められている人たちを助けに来たのよ」
「何だと!?」
傭兵たちは互いに顔を見合わせた。
そして、一人が胸元から小さな笛を取り出した。
「侵入者だ!」
鋭い笛の音が地下室に響き渡る。
ピィィィィィッ!
「しまった!」
マリンが声を上げた。
笛を吹いた傭兵は、さらに大声で叫んだ。
「地下室に賊が侵入したぞ! 応援を呼べ!」
その声に呼応するように、上の階から慌ただしい足音が響き始めた。
「何事だ!」
「地下だ! 地下室に侵入者がいる!」
「全員、武器を持て!」
複数の男たちが叫ぶ声が聞こえる。
レオネリアは通路の奥へ視線を向けた。
「かなりの人数が向かってくるわね」
クラリスはすぐに判断した。
「メルキオラ、七人を先に逃がして!」
「分かりました」
「エリス、怪我人の治療をお願い。マリンはケージを開けるのを手伝って!」
「うん!」
「はい!」
エリスはすぐに肋骨を折っている青年の前へ向かった。
「少しだけじっとしていてくださいね」
青年が不安そうにエリスを見上げる。
「な、何を……?」
「怪我を治しますから、安心してください」
エリスは青年の胸元へそっと手をかざした。
そして、小さく呟く。
「――元に戻って」
その瞬間、淡い光が青年の身体を包み込んだ。
境界の子の力が働き、折れていた肋骨が怪我をする前の状態へと戻っていく。
やがて光が消えると、青年は驚いたように目を見開いた。
「あ、あれ……?」
恐る恐る胸に触れる。
「痛く……ない?」
先ほどまで呼吸するだけで激痛が走っていた胸が、嘘のように軽くなっていた。
「すごい……。本当に治った……」
「もう大丈夫ですよ」
エリスは微笑むと、続いて足を痛めていた少女の前へ移動した。
「あなたの足も治しますね」
少女が小さく頷く。
エリスは腫れ上がった足首へ手をかざした。
「――治って」
再び淡い光が広がり、少女の足首は瞬く間に元の状態へ戻った。
「えっ……痛くない!」
少女は驚きながら、自分の足を動かしてみせた。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。もう大丈夫ですよ」
エリスは優しく微笑んだ。
その間に、レオネリアがケージの錠前を確認していた。
「こんなもの、わざわざ鍵を探す必要もないわね」
剣を抜くと、錠前を一閃する。
ガキンッ!
金属音とともに錠前が砕け落ちた。
「開いたわ。順番に出てきなさい」
マリンも別のケージの扉を開け、若者たちを誘導する。
「慌てなくて大丈夫です。こちらへ来てください!」
七人は戸惑いながらも、次々とケージから出てきた。
その頃、通路では最初の二人の傭兵が剣を抜いていた。
「貴様ら! 勝手な真似をするな!」
一人がクラリスへ斬りかかる。
しかし――
キィンッ!
クラリスは軽く剣を振り、相手の攻撃を弾いた。
「悪いけど、今はあなたたちに構っている暇はないの」
次の瞬間、剣の柄で傭兵の腹部を打つ。
「ぐはっ!」
傭兵はその場に崩れ落ちた。
もう一人もレオネリアへ向かおうとしたが、彼女の動きを捉えることすらできなかった。
「遅いわね」
一瞬で間合いを詰めたレオネリアが、傭兵の剣を弾き飛ばす。
続けて首筋へ手刀を叩き込み、男を気絶させた。
二人の傭兵が倒れるまで、ほんの数秒だった。
「お母さん、治療が終わったよ!」
エリスが声を上げた。
「こっちも全員、ケージから出られました!」
マリンも報告する。
七人は互いに寄り添うようにして、メルキオラの周囲に集まっていた。
クラリスは頷いた。
「メルキオラ、お願い!」
「はい。皆さん、私の近くから離れないでください」
メルキオラが七人へ声を掛ける。
「これから安全な場所へ移動します。少し驚くかもしれませんが、心配はいりません」
「ど、どこへ……?」
一人の青年が不安そうに尋ねた。
「冒険者ギルドの訓練所です。そこで皆さんを保護してもらいます」
「冒険者ギルド……?」
「はい。ギルドマスターにも話は通してあります」
その説明を聞き、若者たちの表情が少しだけ和らいだ。
メルキオラは全員が揃っていることを確認した。
「それでは、行きます」
足元に淡い光が広がる。
「――転移」
次の瞬間、
メルキオラと七人の若者たちは、地下室から姿を消した。
◇◇◇
「これで七人は無事に避難できたわね」
クラリスが安堵の息を吐いた。
「ええ。あとは私たちだけね」
レオネリアが剣を構え直す。
その時、通路の奥から再び足音が響いた。
今度は先ほどの二人とは比べものにならない人数だった。
「いたぞ!」
「侵入者だ!」
「囲め! 逃がすな!」
武装した傭兵たちが次々と地下室へなだれ込んできた。
剣や槍を構えた男たちは、四人の姿を確認すると、一斉に身構えた。
「女が四人だと?」
「たった四人でここへ侵入したのか?」
一人の傭兵が嘲るように笑った。
「ずいぶん舐められたものだな」
クラリスは静かに剣を構えた。
「レオネリア、エリス、マリン。なるべく殺さずに制圧しましょう」
「ええ。分かったわ」
「うん!」
「はい!」
四人はそれぞれ頷いた。
傭兵たちは、そんな彼女たちの態度に苛立ったようだった。
「ふざけるな!」
「やれ!」
数人の傭兵が一斉に襲いかかってきた。
しかし、その実力差はあまりにも大きかった。
最初に動いたのはクラリスだった。
正面から振り下ろされた剣を受け流し、そのまま相手の懐へ踏み込む。
「はっ!」
剣の柄で顎を打ち抜くと、傭兵は声も上げられずに倒れた。
続けて迫ってきた男の足を払い、床へ転がす。
「ぐあっ!」
一方、レオネリアは三人の傭兵を相手にしていた。
「このっ!」
左右から振り下ろされる剣。
しかし、彼女は軽く身体をひねるだけで攻撃をかわした。
「その程度なの?」
レオネリアの剣が閃く。
一人の剣が宙を舞い、もう一人は足を払われて転倒した。
最後の一人も、剣の柄で腹部を打たれてその場に崩れ落ちる。
「ば、馬鹿な……!」
後方にいた傭兵が後ずさった。
その隣では、エリスが襲いかかってきた男の剣を受け止めていた。
「くそっ! 何なんだ、この娘は!」
男は力任せに剣を押し込もうとする。
しかし、エリスの剣はびくともしない。
「もう抵抗しないでください!」
エリスは相手の剣を弾くと、素早く踏み込んだ。
そして、剣の柄で男のみぞおちを打つ。
「ぐっ……!」
男は膝から崩れ落ちた。
その横では、マリンが魔法を発動していた。
「――ウィンドバインド!」
風が渦を巻き、傭兵たちの手足を拘束する。
「な、何だこれは!」
「動けない!」
必死に身体を動かそうとする傭兵たちだったが、風の拘束から逃れることはできなかった。
「そのまま大人しくしていてください!」
マリンが声を掛ける。
しかし、後方にいた傭兵の一人が槍を構えた。
「魔法使いから倒せ!」
槍を突き出そうとした瞬間――
「させないわ!」
クラリスが横から踏み込み、槍を弾き飛ばした。
「ぐあっ!」
続く一撃で男は床に倒れ込む。
その後も傭兵たちは次々と襲いかかってきた。
しかし、クラリスとレオネリアの剣技を突破できる者はいない。
エリスも二人に劣らぬ動きで敵を制圧し、マリンは風魔法で逃げ道を塞ぎながら傭兵たちを拘束していった。
やがて――
「ま、待て!」
最後まで立っていた傭兵が、震える声を上げた。
周囲には、すでに仲間たちが倒れている。
剣を失った者。
風魔法で拘束された者。
気絶して動かない者。
地下室へ駆けつけた傭兵たちは、ほとんど抵抗らしい抵抗もできずに制圧されていた。
「こ、降参する!」
男は慌てて剣を床に落とした。
クラリスはその様子を確認すると、静かに剣を下ろした。
「最初からそうしてくれれば良かったのに」
レオネリアも剣を収める。
「思ったより早く終わったわね」
「うん。みんな無事で良かった」
エリスが答えた。
マリンは拘束した傭兵たちを確認しながら、ほっと息を吐いた。
「これで地下室は落ち着きましたね」
クラリスは周囲を見渡した。
鉄製のケージはすべて空になっている。
先ほどまで閉じ込められていた七人の若者たちは、メルキオラによって安全な場所へ運ばれた。
そして、地下室へ駆けつけた傭兵たちも制圧した。
「ええ。ひとまず、七人の救出は成功ね」
クラリスは静かに頷いた。
しかし、ここはまだグラディウス侯爵邸の地下。
失踪事件の全容も、侯爵が何を企んでいるのかも分かっていない。
さらに、メルキオラが発見した転移魔法の痕跡も気になるところだった。
クラリスは地下室の奥へ視線を向けた。
「さて……」
彼女の表情が引き締まる。
「ここから先、どう動くか考えないといけないわね」
レオネリア、エリス、マリンの三人も、静かに頷いた。
七人の救出には成功した。
しかし、グラディウス侯爵邸に隠された謎は、まだ何一つ解き明かされていなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
グラディウス侯爵邸の地下に囚われていた七人の若者たち。
エリスの力によって怪我人は治療され、メルキオラの転移魔法によって無事に救出することができました。
さらに、駆けつけた傭兵たちもクラリスたちによって制圧され、救出作戦はひとまず成功を収めました。
しかし、失踪事件の全容や、グラディウス侯爵と魔族との関係は、いまだ謎に包まれています。
次回は、救出した七人をシリウス騎士団長に引き合わせることに。
七人の証言から、失踪事件の真相に迫る手掛かりは得られるのでしょうか。
そして、シリウス騎士団長はこの事件にどう動くのか。
次回も『魔族の女王が転生したら聖女になっていた』をよろしくお願いいたします。
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